そう思い店を巡っていると、手書きで『今週のおすすめ』と記載されている文字が目に入る。
これは店長さんの奥さんが本を読み、良かったものを紹介する掲示板だった。
ここからの出会いも今までに多くあり、自分では手に取らないであろう本もあり、この掲示板には感謝している。
どれどれと眺めていると、一つの紹介文を見つけた。
『君と綴る未来 一 余命僅かな彼女と 一』
キャッチコピーは『余命僅かな彼女の願いは、自分の小説をこの世に出すこと。だから俺はその手を握り、共に戦うと決めた』。
紹介欄には、『直向きな彼女と、それを支える彼の物語。命を削りながら最後の作品を書き上げる姿に、生きる強さを感じました。二人の小説に向ける熱意、相手に対する敬意、最期の別れはあまりにも切なく、時が止まって欲しいと切に願いました。』
「小説……」
普段なら、人が病気で亡くなる話は読まないけど、今日は惹きつけられた。
この物語が読みたい。
その一心で書いてあった棚を探すけど、なかなか見つからず、売れきれてしまったのかと肩を落とす。
すると気付く。見下ろした先に、その題名と表紙。
桜の木の下に座っている、学生服を着た男子とセーラー服を着た女子。その二人が、一冊の文庫本と思われる本を広げて笑い合いながら読んでいる。
─── この二人が小説を書いていたの?
私の心臓がドクンと鳴る。
表紙の絵が美しくて、二人の笑顔があまりにも儚くて、キャッチコピーの五十三文字に魅了されてしまって、二人の最後を見届けたくて。
気付けば私は、その文庫本に手を伸ばしていた。
すると重なる、もう一つのしなやか手。
それは迷うことなく伸びており、この絵と物語に惹かれたのだとよく分かる。
一冊の本を取ろうとし、他人と手が当たる。
そんなこと恋愛小説の世界だけだと思っていたから思わず笑ってしまうと、その手の先からも聞こえる小鳥がさえずるような美しい笑い声。
やはり相手は女性で、ベタな展開である「異性との運命の出会い」ではないようだ。
だけどなんだか嬉しくて、まるで本が出会いを運んで来てくれたみたいで。
「どうぞ」
本をそっと持ち上げて、相手に差し出した私の声は弾んでいた。
「いえいえ、そんな」
そう言う女性は、ラフな半袖Tシャツとジーパンをカッコよく着こなしており、そこから伸びる細腕と細く長い脚。
ストレートの黒髪に整った目鼻立ち、透き通った肌。
大人びた声や仕草をし、大人の魅力を持ち合わせた女性は、女の私でも見入ってしまうほどの美貌の持ち主だった。
「私は取り寄せてもらうので」
そう言い、気を遣わせないようにと立ち去る。
あの本を読みたいと思っている気持ちは、充分伝わってきたからこそ、譲ることにした。
……そうは言ってもやっぱり内容は気になり、ウズウズとしてしまう。
だめだ。こんな気持ちで他の本を買うなんて、失礼だ。
そう思い、あの本の予約をしに行くとまさかのことが起きた。
「この本は予約は出来ないよ」
「え?」
店長さんの言葉にポカンとしてしまった私。
すると、その返事だと言わんとばかりに、ラッピングされた手のひらより少し大きな物を渡される。
「文ちゃんのお友達から、渡して欲しいと頼まれてね。お代はもらっているから、持って帰りなさい」
「え? うそ! どんな人でしたか?」
その人の特徴を聞いた私は、店から飛び出していた。まだ、居るような気がして。
だけど、止んだ雨と共に彼女の姿は消えてしまっていた。
その後にお店に戻り、店長さんに彼女は常連かを聞くが初めて会ったとのことだった。
「大丈夫。きっと会えるよ。近いうちに」
本を受け取った私は、雲の切れ目から日が差す中を傘と鞄に入れた大切な本を持ちながら帰る。
「あ」
空を見上げると七色の虹が大きく広がっており、彩りに輝いていた。
「綺麗」
だけど、この景色を一緒に見て喜んでくれる相手もおらず、私はまた俯きただ歩いていく。
あの人だったら、一緒に綺麗だと笑ってくれたのかな?
小説だったら、どんな場面に虹を出してくるのだろう? 私だったら……。
そんなことを考えながら家に着いた私は、早速彼女がくれた物語を読み始める。