十二月上旬。広がる淡い青空に薄い雲。
 あれから三週間が過ぎ、期末テストの期間が終わったクラスは解放感に包まれていた。
 推し活や、SNS映えの為にどこに出かけるの話で盛り上がっているが。そのクラスの雰囲気と相反し、私の心は外の気候のように凍り付きそうだった。

「やっと期末終わったー! じゃあカフェ行こう!」
 三人はあれからも変わらず話しかけてきて、もうレイの推し活には誘わないと言っていたけど、誘ってくる。
 テスト勉強しないとヤバイからと避けていたけど、これからはどうやって断ろうか?
 そう思い俯くと、また感じる視線。
 そこに目をやるとやはり麗華で、以前はこちらを見てくることなどなかったけど、最近は私をじっと見つめてくる。

 あれから、何度も話しかけようとしたけど行動に移せなかった。
 何故なら。
「うわ。また文を見てきてるじゃん! 怖っ!」
「相手しない方が良いよ」
「ウザイよね?」
 それに対し、ははっと笑う私。
 あんなに優しくしてもらったのに最低だな。
 どうして「麗華は良い子。雨に濡れた私の世話をしてくれた」と言わないの?
 それにあの日のことだって、どっちが悪いかなんて明白なのに。

「皆、席に座れー」
 ドアが開く音と担任の川越先生の声で話が終わり、一安心した私は席に座る。
 重い溜息を吐いた私は、流されていくばかりの自分に激しい嫌悪感を抱いていた。
 テスト後のショートホームルーム。
 それが終われば、後は自由時間。
 普通は高校生にとって一番嬉しい時なんだろうけど、私はそうでない。
 この先の冬休みも憂鬱だった。

「今日の日直……。鈴木、斉藤」
「はい!」
 突然名前を呼ばれ、思わず立ち上がってしまう。
 周りにクスクスと笑われ、思わず俯く。
 恥ずかしい! 何、やってるの私は?

「今日のテスト科目だったノートを集めて、職員室前の机に置いといてくれ。理科は斉藤、数学は鈴木な」
「あ、はい」
 私は恥ずかしさを抑えつつ、その場に着席する。

「じゃあ、今日はこれで終わり。皆、ハメを外さないように」
 先生の話で解散となった教室は、みんな和気あいあいとしていて、そして私もさっきよりは良い顔になっていただろう。

「ごめんね。ノート集めないといけないから先に行ってて。合流出来そうだったらメッセージ送るから」
「そう? カフェの後はレイのグッズ巡りで、渋谷のショップうろついてるからその時は連絡ちょうだい」
「うん。行けそうなら」

 三人のノートを預かって見送り、クラスメイト達が机に置いていったノートを集めていく。
 今日が日直で良かった。
 一緒に行っていたら、レイのグッズ買わないといけなかった。
 前にバカにしていると言っていたのに、変わらず誘ってくれる心理は分からないけど。私はあの日以降、誘いを断っている。
 勿論、テスト勉強の理由もあったけどそれだけではない。
 それは。
「ごめーん。まだだから、先持って行ってー」
 クラスメイトの何人かは、提出出来る程まとまっていないから後で自分で持って行くと言い、必死にノートに向き合っていた。
 その人達を除いたら残るのは一人。一番後ろの窓際の女子生徒。麗華だ。
「お願い出来る?」
「うん」

 理科のノートを受け取った私は麗華に話しかけようとするけど、カバンを持ってスッと立ち上がり教室より出て行ってしまう。
 そうだよね。許してくれる訳ないよね。
 助けてくれたのに。

 あの日、麗華に正論を告げられた私はそのまま家を飛び出した。
 私はよほど学習能力がないのか、傘もカバンも制服も何も持っておらず、ただ雨に濡れていた。
 そこに駆け寄って来てくれたのは、麗華だった。
 私にそっと傘を差してくれた。

 帰るのは良いから傘は差して帰れだって。
 明日、カバンも制服ないと困るだろうからちゃんと持って帰れだって。
 そう言って、自分の傘を持っていなかった麗華は雨に濡れながら帰って行った。
 ここまで身勝手で、わがままな私のことを気にかけてくれた人は今まで居ただろうか?

 貸してくれた服は、次の日に彼女の席に置いておいた。
 だけどそれ以来、私は話しかけることが出来なくて。ありがとうも言えなくて。ごめんなさいも言えなくて。今日まで来てしまっていた。

 謝りたい。
 そう思った私は、集めたノートを抱き締めるように両手でしっかり持ち、麗華を追いかけた。
 階段を降りて行くと、その先には一冊のノートを携えて一段一段と落ち着いた雰囲気で歩くその姿。
 追いついたことが嬉しく気が緩んでしまい、次の瞬間に体はふわっと浮く。
 それは背中から翼が生えたとかでは勿論なく、階段を踏み外してしまったからだった。
「ああ!」
 叫び声と共に、階段から滑り落ちてしまった。
 幸い五段ぐらいの高さだったから大したケガはなかったけど、問題は周辺に散らばってしまったノート。
 私の物ではない為やってしまったと思い、込み上げてくる痛みに耐えながら拾おうとした。その時。

「大丈夫!」
 階段を駆け上がりケガの有無を確認してくれたのは、やはり麗華だった。
「頭打ってないから大丈夫だよ」
「でも、足から血出てるじゃない!」
「平気だから」
 ヒリヒリ痛むのを我慢しながらノートを拾い始めると、麗華は黙々と拾ってくれた。

「ありがとう」
 集めてくれたノートを受け取ろうとすると、逆に私が集めたノートをヒョイと持ってくれる。
「え?」
「保健室、行った方が良いよ。大丈夫、職員室でしょ? 他のクラスに習って置いてくるから」
 スタスタと歩いて行くその背中に「ありがとう」と告げると、振り返らず手を振ってくれた。

「ありがとうございました」
 足の治療をしてもらった私は、保健室より出てくる。
 するとそこには、消えていく一つの影。
 鈍感な私でも分かる。心配して様子を見に来てくれたのだと。
 その姿に温かな気持ちになりながら、帰ろうと玄関に向かっていた時、うっかり者の私は「あ!」と声を出していた。
 その声に反応した周りの生徒に軽く頭を下げ、その場を去る。
 あの提出したノートに、私のは入っていない。提出する時に一緒に出そうとカバンに仕舞ったままだった。

 未提出にならなかったことに安堵の溜息を吐きながら、ゆっくり階段を登り二階の職員室に向かう。
 するとそこには長机が設置されていて、提出ノートがびっちり置かれていた。
 カバンからノートを出し、二年一組の一番上にポンと乗せる。
 役目を果たしてくれた麗華に感謝しつつ、ふうっと溜息を吐きノート置き場に背を向けると、カバンに当たる嫌な感触。
 バサバサバサという音は、また私がドジをしたと知らせる音だった。

 また、やってしまった。
 幸いと言って良いのか分からないけど、落ちたのは二年一組の理科のノートだけで、私は慌てて拾い集める。
 本当に鈍臭い。そんな自分が本気で嫌になる。

「……あれ?」
 一冊のノートを拾い上げた私は、また思わず声に出していた。
 そのノートには名前も教科名も書かれておらず、他の物に見比べて、明らかにボロボロだった。
 違うものを集めてしまった?
 また失敗してしまったのかと思った私は、そのノートを開け内容を確認する。
 すると、そこに書かれていたのは……。
 
 私は持ち主を特定するのも忘れ、ただノートの文章を読み続けていた。
 それは大学ノートで、一般的には縦長に使うものだがそれは横長に使用されており、また大学ノートは横書きが多いがこれは縦書きに文字が記入されていた。

 誰が書いたかなんて明白。だって、この文章を描けるのは。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 初めて聞く息遣いに顔を上げると、そこには血相を変えた麗華の姿。
 私はその表情に驚き、思わず声を出していた。
「これって……」
「返して!」
 すると私の声を掻き消し、ノートを取り上げてきた。
「痛っ!」
 一瞬だけ驚いたが、何てことない。紙で指が擦れただけだ。

「……あ」
 しかし麗華は私の指先からの血を見て目を泳がせていて、普段穏やかな性格からは想像出来ないぐらい、動揺していた。

「大丈夫だから」
 本当はヒリつく痛みを感じつつ、私は笑って見せる。
「それより、このノートって……」
 どうしても気になってしまいそのことに触れた途端、麗華はノートをギュッと抱きしめ走り去ってしまった。
 しまったと思った時には遅く、無神経に問いてしまった己を恥じた。

 あれって。あのノートの中身って。
 小説?
 麗華、小説書いていたの?
 十二月中旬。すっかり肌寒くなった冬本番。
 とうとう初雪が降って凍り付くような寒さから、教室のストーブに張り付く生徒多数の中。わざわざ寒い廊下に出て行こうとする女子生徒が一人居た。

「良かったね、ジロジロ見られることもなくなって」
「……うん」
 私はストーブにあたりながら、教室のドアを開けて出て行く麗華の背中を見ていた。

 あれから二週間。
 メッセージで「ケガをさせてごめんなさい」と送られてきたから、大丈夫だったことを伝えた。それに加え、「話したいことがある」と打ち込んだけど、返事はなく既読にもならなかった。
 どうしても伝えたいことがあった私は迷惑承知の上で、家に手紙を投函し家の住所を書いていたけど、返事がくることはない。
 やはりブロックされているのだと、よく分かった。

 あれから麗華は私を避けるようになり、授業が終われば必ず教室を出て行くようになった。
 それほど知られたくないことだったんだ。
 その気持ちは痛いほど分かるからこそ、話がしたかった。

 しかし、こうしている間にも時間が過ぎてゆき、終業式の放課後を迎えた。
 朝から冷たい雨が降り、それは雪に変わるだろうと予報が出ていた最中。三人のテンションは違った。
 今日はレイの新曲発表された日で、配信された曲をダウンロードしてその歌を口ずさみながら教室を後にする。
 今からグッズを買いに行こうと盛り上がっているが、私はその話に上の空で、ただ麗華を見ていた。

 すると、また逸らされる視線。
 結局、私は行動を起こせず階段を降りて行った。

 私はこのまま、ずっと変われないのかな?
 麗華と出会って、何かを変えられるんじゃないかと思って。
 でも結局何も変えられなくて、ウジウジして。
 大切な友達を裏切って。
 でもそんな私を見放さずに、泣いている時にそっと傘を差してくれる彼女の話聞かなくて、八つ当たりして。
 それでも、転けた私を心配して助けてくれた。

 なのに私は?
 一回、正論を言われただけで話聞かずに逃げたり、返事くれないからってすぐ諦めたりして。どうして私は、ここまでダメなんだろう?
 本当は気付いているよね? もう麗華に会えなくなるかもしれないって?
 だけど今なら、まだ。

「……私、用事があるの」
「え? でも、急がないと記念グッズが……」

「私、もっと大事なことがあるの! ごめん!」
 そう言い、私は階段を駆け上がって行く。

 そうだ私には、もっと大切なことがある。
 今、やらなければならないことが。
 麗華は、もしかしたら三学期から学校来なくなるかもしれない。
 なんとなくそんな気がしていた。
 だから、これが最後のチャンスかもしれない。
 私はこれ以上、大切な人を傷付けたくない。
 今、私が出来ることは。

「はぁはぁはぁ」
 教室に残っていたのは麗華一人だった。
 窓からの景色を眺めているその背中は儚く、やはり私の杞憂ではなかったのだと思い知らされる。

 だから、声をかけようとした。
 今更過ぎるけど、自分勝手過ぎるけど、どうしても話をしたくて。
 すると麗華は振り返ってきてこちらに目をやり、表情を歪めたかと思えば、スクールカバンを肩にかけて慌てて教室から出て行こうとする。
「待って! 話を聞いて!」
 そう言い引き止めようとするけど、麗華は足を止めず私の前をすり抜ける。

 やっぱりダメだ。話をする為には私の秘密を話さないといけない。
 だから、手紙にもメッセージにも書き綴らなかったことを言うと決めた。

「麗華!」
 私は廊下中に響く声でその名前を叫んだ。
 すると突如立ち止まり、こっちに駆け寄って来て一言。
「ちょっと、ここ学校……」
 周りをキョロキョロ見渡しながら私を教室に連れて行ってくれ、変わらず麗華は私の学校での立場を守ろうとしてくれていた。
 
「もういいよ。ごめんね、バカな考えに付き合わせて。こんなことでしか、自分の居場所を守れないと思っていた。だけど、本当に大切なものを失くして初めて気付いたの。虚言の自分を守って、大切なもの失くして、それを取り返すこともしない。何やっているんだろうって」

 そう言った私は、スクールカバンを漁り一つの物を取り出す。
「これ読んで」
 差し出したのはボロボロのノートで、表には「三年二組 さいとう 文」と名前が書いてあり。一見すると、小学生が使う国語のノートだった。

 それを見た麗華は、私の顔を訝しげな表情を浮かべて見つめてきたが、それを手に取り一ページから目を通してくれた。
 一枚、また一枚と捲っていくうちに私が見て欲しい場所まで辿り着いたみたいで、麗華は目を丸くし私を見つめてきた。
 それからすぐにノートに視線を戻して時間をかけてゆっくり読む姿に、私は顔から火が出るような心情だったが、知って欲しかった。昔の私を。変わりたいと思った私を。

「私も書いていたの小説……」
 読み終わった麗華に、やっと言えた一言だった。

 私が小説を書き始めたのは、小学校一年生の時だった。
 まあ小説と言ってもそんな凄いものではなく、大体の物語の流れや登場人物や世界を考えて、自由帳に書くぐらいだった。
 それぐらいなら子供のお遊びの範囲。友達もやっていたし、普通のことだった。
 だけど、その普通から外れたことをしたいと思ったのが小学三年の時。
 周りが習い事や、オシャレや、好きな男の子の話で盛り上がっている中。私は本を読み、本好きの友達と話していたけど、それだけでは飽き足らず設定や話の流れを書く次の段階、文章を書き始めていた。
 でも、ここまでする子は他にはおらず、本好きな友達にも話せていなかった。さすがにそこまでいくと、普通から外れてしまう。空気が読めない私にも、それぐらい分かっていた。
 だから家のいらない紙を全てもらって書いて、学年が上がったからと使わなくなったノートの余りを大事に使って。一人こっそり書いた小説を、ただ一人で眺める生活をしていた。
 そこに仲間などいない。だけど、それで良かった

 それを辞めたのは中学二年の時だった
 本ばかり読んでいる私に周囲がドン引きし、そして読書友達が去っていったから。
 そのうちに担任の先生が、「私がクラスで浮いている」とお母さんを呼び出して話したらしく、学校から帰ってきて開口一番に「お願いだから、みんなみたいに普通になって」と泣かれた。

 本を読むぐらいであれだけ引かれるなら、小説書いてると知られたらどうなるか。考えただけで、身震いを起こしていた。
 だから、私は筆を折った。
 高校ではもう失敗しないと本を好きな自分を封じて、自分を全て押し込めて、周りに合わせていく。その一心だった。
 息が出来なくなるぐらい辛くて、心が壊れてきていると分かっていても耐えるしかなくて、ただ叫びたかった。
 
 そんな時に麗華と出会った。
 あの夏休みは宝物だった。
 もし麗華が学校に来てくれたら辛い毎日を変えられるんじゃないかと、毎日毎日思っていた。叶う訳ないと思いつつ願っていた。
 だけど本当に麗華が目の前に現れてくれたのに、毎日は変わらなかった。違う、私が変えられなかった。
 それは私が弱いから。あの頃に戻りたくなかったから。

 でも麗華の小説読んで、やっと変わる決意をした。
 その物語が、今の私みたいだったから。
 この主人公みたいに、自分も変われるんじゃないかとか考えて。
 だけどその思いを言葉で言い表せない私は、思いを物語にして書き綴り、ノートの最後のページに貼り付けていた。
 それを麗華は何度も、何度も読んでくれた。

「私達は似た者同士だったんだね。私が書いていた小説、あれは私だよ」
「え? うそ!」
 そんな訳あるはずがない。
 誰とも群れることも、媚びることもないはずの麗華がそんなはず。
「本当、私も文と一緒で中学の頃はそうだったの」
 過去の自分を懐かしむように、麗華は話を始めた。

「中一で浮き始めた自分に気付いて、慌てて流行りに乗ったの。推し活や、SNS映えとかしてた。でも別に特別嫌とかの感情はなくて、一つの趣味になったらと思っていた。だけどね、私はハマれなかった。周りは煌めいているのに、私だけ置いてけぼり。辛くて辞めたかった。思い切って抜けようとした。でも……、そんな時に妹が登校拒否するようになって……」
 ははっと無理に笑う姿は、あまりにも切なかった。

「小六で。妹が漫画好きだと、前に話したよね? 私と同じで、創作にも興味あって書いてたんだよね。だけど、学校でクラスメイトにノート見られて、……キモい、とか言われたみたいで……」
「酷い」
 麗華の潤んだ瞳に、妹を案ずる姉の姿を見たような気がした。きっと自分のことのように、心を痛めたのだろうと。

「引きこもるようになった妹見て、怖くなったの。だから、グループ抜けられなくて。だけど好きじゃないものを好きなふりをしているうちに、どんどん心が擦り減っていって、本当の自分が分からなくなっていった」

 そうだったんだ。
 麗華も苦しんでいたんだね。
 だから、やめるように言ってくれたんだ。
 あの日の言葉が、私の中で響いてくる。

「妹さんは?」
「漫画描くのを辞めて一年引きこもってしまったけど、転機が訪れたの。私が周りに合わせる為に聞いていた、アイドルの歌を気に入ってね。それから少しずつ部屋から出てきて、元気になって、その歌を聞いていた。歌にはパワーがあると聞いたことあったけど、本当なんだなって。その姿に思ったんだ。私にとってはどうでもいいものでも、誰かにとってはかけがいのないものがあるんだって。それを適当に扱うのは、妹の趣味を馬鹿にした人と同じだって。だから推し活もSNSも辞めようと考えた。……だけど、やっぱり怖くて。勇気で出なくて。そんなの時にダウンロードしたアイドルの歌詞を見て、その言葉に励まされて行動に移せた。そのアイドルがレイだった」
「え?」
 思わぬ名前に、私は思わず声を出していた。

「そしたら孤立したけど、やっと息が吸えるような気がしたの。私は自由だって。妹も一学年遅れてもう一度学校通い始めて、そこでレイのことでみんなと話が合って学校楽しくなったみたいで、今ではすっかり元通り。全てはレイのおかげなの。私は大きな音や煌めく演出は苦手だけど歌詞は好きでね。作詞作曲もレイなんだよ?」
「そうなんだ。歌詞、見てみたいな……」
「あるよ。写メってるんだよね。見る?」
「見る!」
 そう言い、麗華のスマホを覗き込んだ。
 
『君は君のままでいい』
『合わせるなんてナンセンス』
『信じた道を貫き通せ』
『ぶちこわせ、くだらない価値観を』
 レイの歌詞にはそんなメッセージが溢れていて、こんな素敵な歌だと知らなかった。
 そっか。私は物事を表面しか見ていなかったんだ。みんなが共感する気持ちが、初めて分かったような気がした。

「ごめん。麗華が怒って当然だね」
「……あ、えらそうに言ったけど私も同じことしていたから。妹にグッズ渡せたから良かったけど、本当に最低だったと思ってる。それに小説執筆再開したけど、バレたら恥ずかしさから無視とかして最低だよね? 妹が言われたみたいに、キモいとか思われるのかなって……。ごめん、指大丈夫?」
「そんなの、勝手に言わせておいたら良いんだよ」
 そう言い切った私を見た麗華は、クスッと笑う。

「その通りだね。私……、みっともないな」
「それを言えば、取り繕って麗華を無視し続けていた私はどうなるの? 最低だよね?」
 互いの顔を見合わせて、苦笑いを浮かべてしまう私達。
 ああ。キラキラ輝いていたあの夏には、戻れないのだなって。

「……ねえ、文はこれからどうするの?」
 先に口を開いてくれたのは、麗華からだった。
「推し活もSNSもやめる。ハブられるだろうけど良いの。元々、私に居場所なんかなかったし」
 私はあの日のことを話した。辛かったあの日のことを。

「そっか。辛かったね。文、良かったらだけど。私が居るよ」
「え?」
「あの夏の続きをしようよ。またあの頃のように一緒に本屋さんに行って、カフェでお喋りして、パフェを食べる。本屋の店長さん、文が夏休み明けから来店しないと心配してくれていたよ? 今から一緒に行かない?」
 その顔も声もその提案も優しくて、私は全てを受け入れてくれる麗華の元に飛び込みたかった。
 だけど。

「ありがとう。……でもダメだよ。私は麗華を裏切った。だから友達には戻れない」
 そう。私は私が許せない。
 転校初日に嬉しそうに話しかけてくれたのに突き放すことをし、散々無視し、親身になってくれたのに八つ当たりしてしまう。最後まで保身に走り、麗華が悪く言われていたのにフォローもせず笑って聞いていた。
 そんな自分に吐き気がしていて、麗華が許してくれても、自分が許せない。
 だから、今更そんなこと叶うわけ。

「今まで本当にごめんね。だから三学期も学校に来て。小説書いていること絶対誰にも言わないから」
「え? ……もしかして小説書いてること告白してくれたのは、私の為? 私が不登校になるって思って」
「違うよ。麗華に知って欲しかっただけ。それじゃあ、三学期にね」
 私はスクールカバンを肩に掛け、教室を後にしようする。
 溢れそうな涙を、必死に抑えて。