「ありがとうございました」
 足の治療をしてもらった私は、保健室より出てくる。
 するとそこには、消えていく一つの影。
 鈍感な私でも分かる。心配して様子を見に来てくれたのだと。
 その姿に温かな気持ちになりながら、帰ろうと玄関に向かっていた時、うっかり者の私は「あ!」と声を出していた。
 その声に反応した周りの生徒に軽く頭を下げ、その場を去る。
 あの提出したノートに、私のは入っていない。提出する時に一緒に出そうとカバンに仕舞ったままだった。

 未提出にならなかったことに安堵の溜息を吐きながら、ゆっくり階段を登り二階の職員室に向かう。
 するとそこには長机が設置されていて、提出ノートがびっちり置かれていた。
 カバンからノートを出し、二年一組の一番上にポンと乗せる。
 役目を果たしてくれた麗華に感謝しつつ、ふうっと溜息を吐きノート置き場に背を向けると、カバンに当たる嫌な感触。
 バサバサバサという音は、また私がドジをしたと知らせる音だった。

 また、やってしまった。
 幸いと言って良いのか分からないけど、落ちたのは二年一組の理科のノートだけで、私は慌てて拾い集める。
 本当に鈍臭い。そんな自分が本気で嫌になる。

「……あれ?」
 一冊のノートを拾い上げた私は、また思わず声に出していた。
 そのノートには名前も教科名も書かれておらず、他の物に見比べて、明らかにボロボロだった。
 違うものを集めてしまった?
 また失敗してしまったのかと思った私は、そのノートを開け内容を確認する。
 すると、そこに書かれていたのは……。
 
 私は持ち主を特定するのも忘れ、ただノートの文章を読み続けていた。
 それは大学ノートで、一般的には縦長に使うものだがそれは横長に使用されており、また大学ノートは横書きが多いがこれは縦書きに文字が記入されていた。

 誰が書いたかなんて明白。だって、この文章を描けるのは。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 初めて聞く息遣いに顔を上げると、そこには血相を変えた麗華の姿。
 私はその表情に驚き、思わず声を出していた。
「これって……」
「返して!」
 すると私の声を掻き消し、ノートを取り上げてきた。
「痛っ!」
 一瞬だけ驚いたが、何てことない。紙で指が擦れただけだ。

「……あ」
 しかし麗華は私の指先からの血を見て目を泳がせていて、普段穏やかな性格からは想像出来ないぐらい、動揺していた。

「大丈夫だから」
 本当はヒリつく痛みを感じつつ、私は笑って見せる。
「それより、このノートって……」
 どうしても気になってしまいそのことに触れた途端、麗華はノートをギュッと抱きしめ走り去ってしまった。
 しまったと思った時には遅く、無神経に問いてしまった己を恥じた。

 あれって。あのノートの中身って。
 小説?
 麗華、小説書いていたの?