しばらくした後、私は水色の傘を差して一人駅まで歩いて行く。
 そこで電車に乗り、いつもの最寄り駅で下車して改札を抜けると、朝からの雨が降り続けていた。
 周りが傘を差す様子を見た私は、ハッと気付く。
 電車を待っている時、ホームに傘を忘れてきてしまったと。
 今度は勘違いではなく、間違いなかった。
 あんな大きな傘、カバンに入る訳ないのだから。

 雨ザァザァ降る中、私はそのまま歩き始めた。
 別に濡れたって、通行人にどう見られたって、カバンの中がびしょびしょになったって、スマホが壊れたって、そんなのはどうでもいい。
 それよりも私の世界が壊れてしまうのが怖い。
 友達やクラスメイトに嫌われることが一番。

「あの頃に戻ってしまうのかな……?」
 そう呟き顔を見上げると、私はいつの間にか本屋さんの前に立っていた。

 私は、買った本を全て読み切らないと本屋さんには来ないというポリシーがあったけど、中学の頃は毎日通っていた。
 ここはただ本を買うだけの場所でなく、学校で辛いことや家の居心地が悪くて息苦しい時に立ち寄る、たった一つの居場所だった。
 だから自然と足が動いてたんだね。
 そう思い入店しようとするけど、髪や服からポタポタと落ちる水滴。
「あ……」
 だめだ。濡れてるから、お店には入れない。

 私、何やってるんだろう。傘を忘れるなんてバカなことを。
 大体、今更入店なんて出来ないでしょう?

 二学期に入って麗華が転校して来てから、私はこの本屋さんに来れていない。
 彼女を裏切った私が二人の大切な場所を穢すなんて、許されるはずもないのだから。

 そう思った私は、その場を離れて行くけど目的地なんてない。
 中学の時、傘を忘れて仕方がなく走って帰ったら、それを見たお母さんはいじめじゃないかと騒いでいた。
 また同じことが起きれば。
 だから、家に帰ることも出来ない。
 どうしよう。行くところないじゃん。
 気付けば私は、その場にしゃがみ込んで膝に顔を埋めていた。
 濡れた制服が、肌にピチャリと張り付いて気持ち悪い。
 寒い、冷たい、もう嫌だ。
 私の目から、雨に反して熱いものが溢れてきて、もう我慢出来なかった時、その異変に気付く。
 冷たい雨が体に当たらない。そんな不自然なことが。
 ゆっくりと顔を上げると、私の頭上には水色の傘が広がり、後ろを振り返る。
 すると、そこには。
 私の傘を広げて、差してくれていた麗華が居た。
「風邪引くから」
 そう言い、しゃがみ込んだ私を立ち上がらせてくれ傘を渡してくれる。
 その間、麗華は自分の傘を横に置き濡れてしまうけど、それより私を優先してくれた。
「……帰りたくない……」
 それなのに私はわがままを吐く。
 この状況でこの言い草。
 分かっているけど、私は。

「そうだよね。分かった、うちに来なよ。大丈夫。ここは学校から遠いから、私と一緒でも誰も見ていないし。親も妹も帰り遅いから」
 そんな言葉を呟きながら、手を引いて歩いてくれた。