「普通」は、私を縛り付ける呪いの言葉だった。


「マジ、尊い!」
 スマホより流れる、テンポが速すぎて何言っているか分からない歌と、同じく振り付けが速すぎて目で追えないダンス映像。
 それを見て湧き上がる歓喜の声が、休み時間中である二年一組の教室に響き渡る。
 今流行りの若手男性アイドル「レイ」。
 歌って踊って、甘いマスクでデレる。そのギャップに、十代女性を中心に支持を得ていて、当然ながら高校生の私達の間でもファンが多い。

「やっぱ、最高だわ!」
「ダンスも決まってる!」
「新曲が生きがい!」

「カッコいいよね!」
 驚くほど中身がない言葉だから、せめてテンションだけは一緒にしてみる私。
 友達の莉乃(りの)紗枝(さえ)真希(まき)は、レイの新曲映像をリピート再生し続けて身軽に振り付けを真似るが、私はそれに合わせて揺れるピアスをただ眺めていた。
 すると気付く。カラコンにより彩られた目から発せられる、鋭い三つの視線。
 だから私も振り付けを真似てみるが、明らかに一人、熱の入り用が違う。それが私、斉藤(さいとう) (ふみ)
 それはそのはず。だって、ときめかないのだから。
 そんな心境でも見よう見まねで取り繕っていると、待ち望んだチャイムが鳴り、心の中で溜息を吐く。

 こうして今日が無事に終わり、放課後を迎える。
 窓から見上げた六月の空は、梅雨の時期にも関わらずカラッとした晴れやかな気候で、普通なら気分も晴れ上がるだろうが私の心はどんよりしていた。
 何故なら。

「さあ、天気も良いし。今から映え写真撮りに行こう!」
「いいね! 渋谷の映えスポットとか行っちゃう?」
「写真の後はレンのグッズ買いとか?」
「最高かよ!」
 やっぱり。嫌な予感は的中した。
 最近SNSの写真を見て、私らもこうゆうの撮りたいと話していたから、そろそろかと思っていた。
「じゃあ、渋谷に行こう!」
「うん!」
 私は必死に声を弾ませ、努めて口角を上げる。
 でも気付けば、教科書を鞄に入れる手は遅く、何か行けない理由はないかと脳内を巡らす自分もいた。
「文、早く〜!」
「ごめん!」
 力強くチャックを閉め、今考えていたことを鞄の中に封じ込める。
 いやいや。誘ってもらえるのだから良いよね。
 ハブられてないから良いよね。
 そう思いつつ、晴れ渡る太陽を睨み付けながらみんなの元に駆けてゆく。