出会いは人を変えるのだろうか──。これは、おれが何度も繰り返し見てきた『ひだまりが聴こえる』を通して紡がれる大きな問いだ。
「行ってきます」景のいない家を出る。今日から夏休み中の夏期修練講座だ。景は昨日の夜、出て行った。長期休みの間、ほぼ同棲のような感じだったおれたちの関係も昨日で終わったのかと思うと淋しい気持ちが胸に押し寄せる。だけどこれは仕方のないことだ。それに目をやるのではなく、今できることを考えなくちゃ。ずっと俯いて下ばかり見ていたって、おれは何も変えられない。今、おれにできることは何か。それだけを考えればいい。それは他でもない景が全てを諦めかけていたおれに熱心に教えてくれた大切なこと。
───よし、いける。いや、行くんだ。行かなければいけない理由が、ここにある。熱く滾る心臓に手を当て、目を瞑る。傍から見たらすげえおかしなヤツとして目に映るだろう。それでもいい。そんなことはどうでもいい。季節は残酷に移ろいでいく。春、おれたちがした約束を果たすために。
「他の誰にも言えないことは、包み隠さずに全部話す。お互いが、お互いの一番の相談者になる」指切りげんまんをして、「約束な!」と煌びやかな笑顔で言った景のあの嬉しそうな表情が今でも忘れられない。景がゲイだと伝えてきた時、おれはどうしようもない切なさに心を苛まれた。だって、やっぱり景もおれと同じだったのだと再確認できたから。人に恋することの意味も、理由も、どうすればそれができるのかも知らなかった。
「景、大丈夫だ。おれも同じだから」力強く言った。景は、おれがゲイだということを受け入れてくれた。だから、おれも受け入れたかった。泣きたかった。だけど、君がおれと同じくらい泣きたそうな苦しい顔をしていたから。今度はおれが景を慰める番だ、と思った。おれたちはいつまでもWIN-WINな関係なまま、時の流れに身を任せ、今を一生懸命に生きていく。偽りの仮面を剥がして、ありのままの自分で。足掻いて藻掻いて、その先にあるものは。
「響。はよ」きっと、君と迎えられる美しい朝だから。
ずっと考えてた。高校にいる内は、『スクールカウンセリング』という金のかからない制度を利用してみようかと。ようやく、その時がやってきたようだ。響もその考えに賛同してくれている。
「じゃあ、やってみるか」
「だなー」俺達は肩を並べて歩く。どこまでも続く金木犀薫る並木道は今朝のにわか雨に濡れて、朝露を反射している。小さな綺麗に、俺はいとも簡単に目を奪われた。響といると、この残酷な世界にごまんと溢れている美しいものたちに気づく。独りでいた時には気づきもしなかったそれが、今では凄く愛おしい。
「響、それじゃあ、本番に向けて練習しようか」
「お、それいいな」
「ふふ、うん」俺は口元に手をやって笑った。響はそんな俺を目を細めて愛おしそうに見つめている。
「──それじゃあ、いくよ。君はなぜ、景という男の子を愛しいと思うのですか?」
甘酸っぱくて、少し切なくて、だけどそこにはいつも、泣きたくなるくらい幸せな想いがあった。ねえ、響。君は今、幸せですか───。
「よう」屋上に着くと、そこには先客がいた。自販機で買ったばかりのレモンスカッシュを掲げて、俺は響に声をかけた。大きく鼓動している心臓を抑えながら、そいつに近づいていく。響は少し眩しそうに目を細めている。
「おう、今日は早いな。遅刻魔にしては珍しい」
「ああ?言い方が悪いぞ」楽しくて、俺はキモい笑顔を浮かべた。自覚済みだ。
「でも、実際ほんとのことだろ」
マジレスしてくんなや。そう思うだけで別に本気ではない。
「まっ、そだなー。なあなあ、今日どうするー?門限までまだめちゃくちゃ時間あるぞ」
「景は何かしたいことあんの?なかったら連れていきたい場所あんだけど」何それ、超楽しみ。俺は弾けるような笑顔で言った。
響、これからもずっと、一緒にいような。俺達はきっとこれからも付き合うことはない。恋人のようで、そうじゃない。互いが互いにとってなくてはならないもの。ただ、それだけだ。一番星になれなくたって、きっと、大切な君を照らせる小さな星にはなれるから。
いつか、自分を『欠陥品』だなんて思わないで済むように、俺たちは陽に染まる金木犀の薫る道を歩き始める。幸せな未来は、もうすぐそこだ。
「行ってきます」景のいない家を出る。今日から夏休み中の夏期修練講座だ。景は昨日の夜、出て行った。長期休みの間、ほぼ同棲のような感じだったおれたちの関係も昨日で終わったのかと思うと淋しい気持ちが胸に押し寄せる。だけどこれは仕方のないことだ。それに目をやるのではなく、今できることを考えなくちゃ。ずっと俯いて下ばかり見ていたって、おれは何も変えられない。今、おれにできることは何か。それだけを考えればいい。それは他でもない景が全てを諦めかけていたおれに熱心に教えてくれた大切なこと。
───よし、いける。いや、行くんだ。行かなければいけない理由が、ここにある。熱く滾る心臓に手を当て、目を瞑る。傍から見たらすげえおかしなヤツとして目に映るだろう。それでもいい。そんなことはどうでもいい。季節は残酷に移ろいでいく。春、おれたちがした約束を果たすために。
「他の誰にも言えないことは、包み隠さずに全部話す。お互いが、お互いの一番の相談者になる」指切りげんまんをして、「約束な!」と煌びやかな笑顔で言った景のあの嬉しそうな表情が今でも忘れられない。景がゲイだと伝えてきた時、おれはどうしようもない切なさに心を苛まれた。だって、やっぱり景もおれと同じだったのだと再確認できたから。人に恋することの意味も、理由も、どうすればそれができるのかも知らなかった。
「景、大丈夫だ。おれも同じだから」力強く言った。景は、おれがゲイだということを受け入れてくれた。だから、おれも受け入れたかった。泣きたかった。だけど、君がおれと同じくらい泣きたそうな苦しい顔をしていたから。今度はおれが景を慰める番だ、と思った。おれたちはいつまでもWIN-WINな関係なまま、時の流れに身を任せ、今を一生懸命に生きていく。偽りの仮面を剥がして、ありのままの自分で。足掻いて藻掻いて、その先にあるものは。
「響。はよ」きっと、君と迎えられる美しい朝だから。
ずっと考えてた。高校にいる内は、『スクールカウンセリング』という金のかからない制度を利用してみようかと。ようやく、その時がやってきたようだ。響もその考えに賛同してくれている。
「じゃあ、やってみるか」
「だなー」俺達は肩を並べて歩く。どこまでも続く金木犀薫る並木道は今朝のにわか雨に濡れて、朝露を反射している。小さな綺麗に、俺はいとも簡単に目を奪われた。響といると、この残酷な世界にごまんと溢れている美しいものたちに気づく。独りでいた時には気づきもしなかったそれが、今では凄く愛おしい。
「響、それじゃあ、本番に向けて練習しようか」
「お、それいいな」
「ふふ、うん」俺は口元に手をやって笑った。響はそんな俺を目を細めて愛おしそうに見つめている。
「──それじゃあ、いくよ。君はなぜ、景という男の子を愛しいと思うのですか?」
甘酸っぱくて、少し切なくて、だけどそこにはいつも、泣きたくなるくらい幸せな想いがあった。ねえ、響。君は今、幸せですか───。
「よう」屋上に着くと、そこには先客がいた。自販機で買ったばかりのレモンスカッシュを掲げて、俺は響に声をかけた。大きく鼓動している心臓を抑えながら、そいつに近づいていく。響は少し眩しそうに目を細めている。
「おう、今日は早いな。遅刻魔にしては珍しい」
「ああ?言い方が悪いぞ」楽しくて、俺はキモい笑顔を浮かべた。自覚済みだ。
「でも、実際ほんとのことだろ」
マジレスしてくんなや。そう思うだけで別に本気ではない。
「まっ、そだなー。なあなあ、今日どうするー?門限までまだめちゃくちゃ時間あるぞ」
「景は何かしたいことあんの?なかったら連れていきたい場所あんだけど」何それ、超楽しみ。俺は弾けるような笑顔で言った。
響、これからもずっと、一緒にいような。俺達はきっとこれからも付き合うことはない。恋人のようで、そうじゃない。互いが互いにとってなくてはならないもの。ただ、それだけだ。一番星になれなくたって、きっと、大切な君を照らせる小さな星にはなれるから。
いつか、自分を『欠陥品』だなんて思わないで済むように、俺たちは陽に染まる金木犀の薫る道を歩き始める。幸せな未来は、もうすぐそこだ。