響と初めて出会ったのは、桜が満開に咲く春の日。新たな環境に飛び込むことに不安を抱き、それと同時にこれからの高校生活に期待を抱いて参加した入学式。響とは教室ではなく、誰一人いない寂れた美術室で出会った。
「あれ……誰かいる?」
校内見学をしている途中、古びた扉が少しだけ拓かれたままになっているのが気になって、興味本位で中に入ってみると、そこには先客がいた。広い美術室に、難しい顔をして壁に飾られている卒業生たちの絵を順々に眺めている男子生徒が一人。その制服の胸ポケットに、桜色の花が付けられていたことから、すぐに相手は俺と同じ新入生なのだと分かった。
「誰?」
相手が侵入者である俺の存在に気づいたのか、訝しげな声を上げて扉の方を振り向いた。いきなりのことで、なんて反応したらいいか分からなかった俺は、とりあえず右手を上げて「よう」と軽く言った。我ながら、コミュ力ねえなと思った瞬間だった。
「絵なんか眺めてどうしたの?それに、こーんな難しそうな顔しながら」先程の相手の表情を大げさに真似てみた。すると、相手は不快に思ったのか眉をひそめ、俺から視線を逸らした。
「……ただ眺めてただけ。それに、おれそこまでおかしい顔浮かべてない」訂正するところはしっかり訂正する人なんだなと思った。
「はは、そっか。ごめんね、今のは俺も変顔すぎたって自覚してるから心配すんな」
「いや、心配も何もないんだけど……」
相手は俺にもう一度視線をやってから、興味を失ったのかすぐに逸らした。戻された視線の先には、変わらず絵画がある。水彩画や油絵、切り絵など様々な種類の美術作品が並んで飾られている。
「へえ、これ、ほんとに俺らと同じ高校生が書いた絵なのか?」感嘆とした声を上げながら彼の隣に並ぶと、「お前まだいるつもりか。早く目の前から消えろ」感が否めない面倒くさそうな視線が向けられたのを感じた。
「ああ、そうだよ。高校の美術室にあるものなんだから、そうに決まってるでしょ」
「うわお、正論きた」この時、こいつ強いな、なんて思ったっけ。ずっと居座る俺を響が鬱陶しく思っていたことはひしひしと感じていたけれど、それでもまだここにいたいなんていう謎の感情を抱いていた。
「絵、詳しくなさそうだなお前」
「あ、あ、あ、それは言わないで欲しいな~」
「だって、本当のことっぽいじゃん」
「まあ、本当だけどさ……。もう、分かったよ。すぐ出て行けばいいんでしょー?その代わり、俺のこともうお前って言わないで。そう呼ばれるの、苦手だから」
「……、じゃあ、なんて呼べばいいの」鬱陶しく思われているんだから、そんな返事が返って来るなんて当然思ってもみなかった。それにびっくりした俺は、暫し思考停止して返事に遅れて、また睨まれる羽目になった。厳しい睨みに急かされて、俺は口を開く。
「……景。景って呼んで」初対面で、仲も良くない奴に自分の下の名前を呼ばせるのはおかしいと思うが、これくらい別にいいだろう。
「分かった。──景」さっそく名前を呼ばれ、俺は少し緊張してしまった。自分から言い出したことなのに、情けない。響は、顔の整った高身長男子だった。男からみてもかっこいいと思う奴は、本当にかっこいいのだ。それだからか、心臓がドクン、と大きく鳴った。……まずい。瞬間的に思った。だけど、鳴り続けると思った心臓は、案外すぐに落ち着いて、一安心したけれど。
「景、何顔赤くしてんの?」
響が俺と距離を詰めた時、反射的に身を引いたのを覚えている。というか、景と過ごした時間すべて、俺の中に色濃く残り続けている。熱でもあるんじゃねえの、とやや心配した声音でおでこに響の大きな手が触れそうになった時はさすがに焦った。───暴かれる。瞬間的にそう思ってしまったから。
「……っ別に、なんでもねえよ」
だから俺は響に赤い顔を見られまいと背を向けた。後ろから「ほんとに大丈夫そ?」と心配する声を訊きながら、俺はあることを強く願っていた。どうか、響が気づいていませんように。初対面って、最初の印象が大事らしいからさ。絶対にここでバレる訳にはいかないんだ。もしバレたら、きっと……俺の高校生活は地獄になる。
「おれ、もう行くけど」
「あ、ああ」
「………」
「何、行かねえの?」
「いや、行くよ」
響が俺の横を通り過ぎる直前、何かを口走った。
「……、おれの名前は訊かないの」それはぼそりとしたとても小さな声で、普通なら聞こえないはずだけれど、閑散とした美術室では確かに聞こえた。
「……あ、」
思わず響を見る。その時の響の頬が、ほのかに赤くなっているように見えたのは俺の行き過ぎた思い込みだったのだろうか。
「教えて、名前」
俺は結構馬鹿だから、肝心なことを訊き忘れることが多い。だけど今日は、珍しく相手の方から切り出してくれた。響と目を合わせる。
「おれは、響」
「……響、な。おけ」
「……景の好きなように呼んでくれていいから」その言葉に、俺は目をまん丸くさせた。こいつ、俺のことを鬱陶しいと思ってるんじゃなかったのか?もしかすると、それは俺の杞憂で、本当はそこまで悪印象ではないんじゃ……。
「分かった。じゃあ、響って呼ぶわ。名前までかっけえなんて、ほんとズルい奴ぅー」ノリで言ってみたが、響にはその冗談が伝わらないらしく。顔を赤く染めた響を見て、ますます困らせたくなった。だけど、その欲望を何とか心の奥底に閉まって、「響、何顔赤くしてんのー。もしかして照れてる〜?」と茶化した。
「……っ別に照れてねえよ。ほんと、そういうこと言うのやめろ。そういうの、慣れてないんだよ」響は眉を八の字に下げ、心底困った顔で吐き捨てた。
「あはは、ごめんごめん。もう言わないからそんな怒んないでー」謝ってみても、響の機嫌は直らない。困ったな……響を怒らせると後々面倒だということが分かった。少しの時間を空けた後、ようやくイライラが収まったのか響の顔から先程までの不機嫌さが消えていた。それから二人無言で自分たちの教室に向かう。一年生の教室は校舎の二階にある。美術室からそこまでは少しだけ遠いけれど、お互い第二成長期を終えたので、長い脚での移動はそこまで時間はかからなかった。こういう時、中学の内に身長伸びてくれて良かったなと思ったりする。まあ、俺だけかもしんないけど。
「響って何組?」
「A組」
「えっ、まじ」
「何だよ。景は?」
「俺もA組ぃー!!」響に向かってにっと笑って、勢いで抱きつこうとした。けれど、そんな簡単に懐には入れさせてくれないようで、響の腕によって押し返された。
「抱きつこうとしてんな。距離近すぎ」
響が言う。たけど、そこまで嫌そうな顔をしていないから、本気で嫌がってる訳ではないと知り安心する。
「えー、ケチぃ。まっ、別にいいけど!」
「……ふん」
「それよりそれより!やったじゃん、俺ら同クラ!これはもうダチになる他なくね!?」盛り上がってきた、と一人勝手に喜んでいると、隣から聞こえてきたのは冷めた声だった。
「いや、ダチにはならない」無表情で一蹴されて、「え」と言葉に詰まる俺。思わずその場に立ち止まると、響は俺を待つことなくすたすたと先を行ってしまう。
『待てよ』
出かけた言葉は、何かが邪魔をして喉元の寸前で音を失った。その場に突っ立ったままでいたら、響の背中がどんどん小さくなるのが見えて、俺は我を取り戻して全力で響に追いつき、その隣に並んだ。
「なあ、なんでダチにはならねえの?やっぱ俺、鬱陶しかったとか?」
響の歩む足は止まらない。逆にさっきよりも速いくらいだ。
「……確かに鬱陶しかったってのは本当だけど、ダチにならない理由はそういうんじゃない」
「なら、どうして」
「別に知らなくていいだろ」
「いや、知りてえよ!なんでそんな寂しいこと言うんだよ。それに、ダチがいた方がきっと高校生活楽しいに決まって、」
「それは、あくまで景が思うことだろ。俺は別に、ダチがいなくたってどうってことねえよ」
響が突然立ち止まって、まっすぐに俺の目を射抜く。どこまでも強い瞳に見つめられて、俺は何も言えなくなった。響の意志の強さを知ったからだ。
「……でも、ちゃんと理由話してくれないと俺も引き下がれない」響が俺に視線をやる。
「……、とにかく、おれ、高校ではダチは作らないって決めてるんだ。そこにズカズカと土足で入り込まれても、正直困る」
響の言うことはどこまでも正しくて、俺は言い返すことができない。ここでそれをしたら、俺は身勝手な野郎になってしまう。相手を自分の思い通りにしようとするのは間違っている。それが俺を規制した。
「……そう、だよな。ごめんな、俺、自分のことしか考えてなかった。響の気持ちが第一優先なのにな」声が萎んで、暗い声しか出ない。こんなあからさまに落ち込んだ態度取ったら、響が気にすると分かっているのに。……俺って、こんなにズルい奴だったんだ。
「いや、まあ……そうだな」
案の定、響は俺をどう扱っていいか分からず困っている。それを目にして、また自分を不甲斐ないと思った。
気まずくて重い沈黙が教室に着くまで続く。教室に入ったら、きっともう俺たちは話すことはない。響から、そんな感じがひしひしと伝わってくるから分かる。響が先に教室に入り、それに続く。教室内は既に多くの生徒で賑わっていた。もうグループがいくつか出来上がっているみたいで、これは出遅れたなと思った。泣く泣く一人寂しく席に着こうとしたところに、背丈の低い男子生徒が話しかけてきたものだから驚いた。
「ねえねえ、君一人?」
「え、ああ。うん」質問の意図があまり読み取れないまま頷く。
「じゃあさ、僕と友達になってよ!」人懐っこい笑みでそんなことを言うものだから、俺は目を見開いた。だって、そんなことを言ってくれるなんて想像してさえいなかったから。
「……い、いいの?俺、つまんねえ奴だよ?」響との会話の後だったから、ここまでトントン拍子で友達になれるのかとにわかに信じ難かった。だけど、相手の男子はその笑顔を崩さずに、力強く頷いた。
「もちろん!だって僕が、君に友達になって欲しいから」
う、眩しい……。キラキラとした子犬みたいな目に見つめられ、俺は後ずさりたくなった。
「俺でいいなら、なるけど」
その結果、無愛想な返事しか返せなかったのに、相手の男子はやっぱり嬉しそうに微笑んだ。
ダチになろうと声をかけてくれた背の小さなチワワみたいな男子生徒、改め祐里と過ごす時間が最近は増えていた。そのお陰でと言っていいかは分からないけれど、響のことを考えることも今では自然となくなっていた。
「景ー!次芸術だよ〜!早く移動しよ」数Ⅰの授業を終え、ほっと一息ついた時。祐里がドタバタとやって来た。相変わらず、早いな。
「ああ。今準備するから」俺の言葉にうん、と頷く祐里を横目に、俺は机の引き出しから美術の教科書を取り出した。それと筆箱を持って、席を立つ。歩き始めると、祐里が俺の隣に並んだ。その足取りは軽やかだ。
「祐里って、ほんと芸術好きだよな」今にも鼻歌を歌い出してしまいそうなくらい機嫌の良い祐里に話しかけた。すると祐里は俺を見上げて、目を合わせ「うん、大好き」と言った。そう言う顔は本当にそのようで、好きなものがあるっていいな、と思った。特別好きなことも、特技もない俺にとってはただただ羨ましい。
「凄えよなあ〜、祐里みたいに大好きなものがある奴って」
「ええー、僕は別に凄くないよ。ただ芸術が好きなだけであって、特別絵が上手いって訳でもないし……」軽く自嘲する君の横顔は、やっぱりどこか輝いている。好きなことをしている時が、人間一番魅力的に目に映るからなー。
「いや、十分すげえよ。だって、好きなことがあるってことは、イコール自分をちゃんと持ってるってことだろ?」
「そうかなあ……景に言われると照れるな」頬をポリポリとかいて、照れを誤魔化そうとする祐里。そんな祐里を微笑ましい気持ちで見つめる。
「景は何かないの?好きなもの」
「んー、分かんね」
「えー、よく考えてみてよ。きっとあるはずだよ」祐里に促されて、俺は暫し考える素振りを見せる。好きなもの……か。唯一、大好きと言えるものならすぐに思い浮かぶけれど、それはあまりにも男子高校生が口にするには恥ずかしいことだ。
「……し」
だけど、それ以外何も思いつかないから、言うしかなかった。祐里には大人しそうな見た目にそぐわない諦めの悪さと強引さがある。俺が口を割るまで問い詰める気だろう。
「え、なんて?」
「……、かし」
「カシ?」どうやら簡単には通じないようだ。まあ、そうだよな。祐里は今俺に『好きなこと』、いわゆる趣味のようなものを訊いてるつもりだもんな。
「だーかーら、お菓子って言ってんの!!」もうどうにでもなれ!と投げやりに大声で発した。すると、それを聞いた祐里がぽかんとした表情になる。うん、だよな。その反応、期待してたぜ。
「お菓子……?」
「ああ」
「それって、景の好きな食べ物だよね?僕は今、景の趣味を訊いてるんだけど……」
「ああ、知ってる。でも、俺に趣味はない。好きだと思うのは、せいぜい菓子くらいだ」早口に告げると、祐里はぽかんと口を開けた。
「そう、なの。でも、良いんじゃない?」その返答から、祐里がすっかり困っているのが分かった。無理やり絞り出した感が否めない返事に、俺は苦笑いを返す。
「まあ、うん」そこから少し何とも言えない沈黙が落ち、いつもは早く着く美術室までの道のりがとても長く感じた。美術室に足を踏み込んでからようやくあの変な感じが消えた。最近、祐里との交友関係の天秤がゆらゆらと揺れ動いている気がする。祐里の方へ一気に落ちることもあれば、俺の方に傾くこともある。四月に築いていた等しい天秤の付き合いが、最近では難しく感じる。
「お、景ー。いいとこに来た。これ、お前の?」新田が声をかけてきた。それと同時に見せられた画用紙。
「……いや、違う」
そこには、空の青と、花の桜色と、幹の茶色と、そして。芝生と思われるところに、真っ赤な絵の具が塗りたくられていた。
「えー、景が違うなら誰だよ~。こんなくるってる塗り方する奴」新田の言葉に、俺は引っ掛かった。新田がゲラゲラと笑いながら、離れて行く。新田は、誰かが書いた絵を手に、好き勝手質問していってるのか?俺から離れ、また他の人に訊きに回る新田の姿を目にした時、俺の中の何かが壊れる音がした。
「……おい」自分でも信じられないくらい低い声が出た。まだ声変わりも終えてないのに。俺のすぐ側にいた祐里の肩がびくりと震えるのを視界の端に捉えながら、俺は新田にずんずんと近づいた。
「新田、その絵、お前のじゃねえだろ。ならその手に取るな」半袖から伸びた新田の焼けた腕を掴んだ。
「あ?なんだよ景。離せって」
「じゃあ、新田もその絵離せ。お前のじゃねえだろ」
「別良くね?何が悪りいの」
「お前さ、その絵描いた奴のこと馬鹿にしてんんだろ。透けてんだよその汚ねえ考え」
新田の腕を掴む力を強くする。
「ベ、別に馬鹿にしてなんかいねえよ。ただ、こんな狂ってる塗り方するなんてすげえなあと思っただけだよ!」
新田の目を強く射抜く。その奥に隠されている穢れた欲望を見つけ出すために。それはきっと、誰かが傷ついてしまう未来を避けるための行動。確証したわけじゃないけど、俺にはこの一枚の絵から何か分かるものがある。おそらくこの絵を描いた人は、その人なりの世界がある。他の人と見え方や考え方が違うのは当たり前のことだ。それなのに、人はどうしてそれをいちいち逆手に取っては面白がって馬鹿にするのだろう。それはただその人の個性を否定し、傷つけるだけのことなのに。それをやって後悔し、虚しくなるのは他でもない自分なのに。
「なら、その絵、俺に渡せるよな」
あまり刺激しないように、最後は優しいトーンの声で言った。手を差し出すと、新田はしぶしぶといった感じで絵を渡してきた。他の奴に中身を見られないように絵を軽く折り畳んだ。
「おい」先程、俺が口にした台詞が背後から聞こえた。その声はとても低い。振り向くと、そこには予想打にしない人物がいた。
「響……」自然と、その名前が口から漏れた。俺と目を合わせても、響は何一つ表情を変えない。
その無表情には温度がなく、何を考えているのか分からない。だけど、俺のことを好いていないというのはひしひしと伝わってくる。
「それ、おれのだろ。返せ」有無を言わさぬ圧力で、手を差し出された。俺は何も悪いことをしていないのに、罪悪感のようなものが謎に心を覆っていく。
「あ、ああ。分かったよ」
なんでそんなに機嫌悪そうな顔すんだよ。俺はただ、……。この絵の持ち主が響だとは思っていなかったけれど、それを知った時妙に納得した。
「……」
絵を受け取った響は、最後に俺をギロリと睨んで、背を向けすたすたと自分の席に帰った。その場の空気は何とも言えない気まずいものになり、皆ぞろぞろと興味を失ったように散って行った。
「あいつ、恩を仇で返したな」新田がぼそりと呟くのを、俺は波立たない静かな心で聞いた。
芸術の授業が終わると、そのまま昼休みに入った。俺はいつも通り祐里と食べようと、教室の席をくっつけて弁当箱を開けようとしていた。その時だった。
「────景」決して大きくはないくぐもった声に呼ばれた。見上げると、そこには響の姿があった。仏頂面を浮かべ、難しい顔をして俺を見下ろしている。……何だよ、自分から話しかけてきたくせにそんな不機嫌な顔して。
「……何」だから、俺も自然と不愛想な低い声が出る。
「ちょっと」それだけ言って、響は俺に背を向けて教室から出て行った。
「……、ごめん、祐里。俺、ちょっと行ってくるな」
祐里と目を合わせ、席を立った。何となく気まずくて、すぐに祐里から目を逸らした。……のだが。
「……祐里?どした」俯いた祐里が、行こうとした俺の腕を掴んだ。華奢な腕に掴まれたって、すぐに振り解けそうなほど弱い力なのに、簡単には振りほどけない何か強いものがある。
「……ないで」
「え……?」聞こえないほど小さな声で、俺はできるだけ優しく訊き返した。
「……景、行かないで。僕の側にいてよ」
潤んだ瞳で、そんなことを言われたら。一体どう接するのが正解なんだ。俺は深く考え込んだ。だけど、俺が返事を返せないでいたら、祐里に不安な思いをさせてしまう。それだけは避けたい。
「……祐里、ごめん。そうしたいところだけど、ちょっとこれだけは外せないんだ」
祐里と目を合わせるのはとてつもなく気まずかったけれど、頑張って視線を交えた。そうすることで、伝わる意思ってやつがあると思うから。腕を掴む祐里の手の力が、強くなる。ぐっと強く掴まれて、俺は若干の痛みに眉をしかめた。
「……なんで?あいつ、前に景に冷たい態度取った奴だよね?景が新田君からあいつの絵を庇ってあげたのに、景のこと何にも知らないで睨むんだもん。あんな奴に使う時間なんて、どこにもない」
先程の美術室での一件で、祐里は響をとてつもなく嫌っているみたいだ。まあ、仕方ないか。響のことをあまりよく知らない人からしたら、俺に対する響の態度はあり得ないほど冷たくて、不愛想だったから。響の性格を四月の最初で知ってしまった俺は、その態度こそが響の素だということを知っているから、そこまで嫌な気持ちは抱かなかったけれど。
「……あいつにも、色々あるんだよ。そういう態度で接してしまう何かが。俺は、それを知りたいんだ」
いつもつまらなそうに、無気力に生きている響の内側を知りたい。それはもしかすると、裏側と言った方が的確かもしれない。響の裏には、きっと誰も想像できないような深くて暗い何かが潜んでいる気がしてならないんだ。それは、四月に響と初めて言葉を交わした時から思っていた。
「でも、……」
「お願い、祐里。少しだけだからさ」そう懇願すると、俺の変わらない強い意志を感じたのか、俺の腕を掴む祐里の手の強さが緩む。それを見計らっていた俺は、すぐにやんわりと祐里の手を外した。祐里の腕がだらりと下に落ちる。生気のない顔を見ると、響の元へ行く決心が揺らいでしまうけれど、そこをぐっとこらえて、俺は祐里に背を向けた。ここで初めて、大切なたった一人の友を深く傷つけてしまった気がしてならなかった。後ろ髪を引かれる思いで俺は教室を後にした。
教室を出ると、そこに響の姿はなかった。一体どこに行ったのだろうと思ったが、あいつの行き先はなぜだかすぐに分かった。俺の予想は当たったらしく、錆びれた扉を開けた先に、一人の男が気だるげに立っていた。
「よう」 あの日と同じように、手を上げて言った。俺に気づいた響が視線だけをこちらに向ける。誰もいない美術室は、やっぱりどこか寂しい。
「……あんな酷い態度取ったのに、来てくれたんだ」響はどこか心ここにあらずといった感じで言った。
「まあな。あの無愛想な感じが、響だろ」そう言うと、響が驚いた顔をして俺を見た。
「……、うん、そう」響は弱々しく頷いた。そして、口を開いた。
「おれ、景に謝らないといけないことがあって、さ……。これは、安立から聞いたことなんだけど、」
安立とは、A組の男子生徒だ。
「……?」
「……、俺の絵、景が面白がる新田から取り返してくれたらしいな」響は未だ眉をしかめている。
「ああ、うん。そうだよ」
俺の返事を聞いて、響の顔が強張った。ギュッと拳を握りしめて、その握る力が相当強いのか、手がぶるぶると震えている。
「……ん」
「え?」
「だから、……めん」いや、聞こえねえよ。思ったけれど、口には出さなかった。
「だーかーら、ごめんって言ったんだよ!!……一回で聞き取れよ、阿保」
ようやく謝ってくれたと思ったのに、その次の言葉が聞き捨てならないな。最後の余計だろ。だけど、俺はそんなことでいちいち怒らない。響はそういう奴だと知っているからだ。だけど他の奴らは、響のことをよく知らないからすぐに着火して、怒ってしまう。それはなんか、寂しいことだよな。
「ふん、ようやく謝ったな。大切なことくらい、自分で気づけよ、馬鹿」
先ほどの響への当てつけとして、小学生が言いそうな簡単な悪口を言う。
「……うん、ごめん」響がそんな風に繰り返し謝るもんだから、調子が狂う。こんなの、響じゃない。だけど、俺はそう言えるほど響のことを知らない。
「……もう、謝んなくていいから」
「……、ごめん」
……はああああ。心の中で深いため息を吐く。響は完全に落ち込んでしまったのか、さっきからごめんしか言わない。最初に謝られた時は普通に素直に受け入れられたのに、言われすぎると今度はイライラが勝る。
「それで、要件は何なの?」
俺は訊いた。響は何かを決心したように、一度息を深く吸って、口を開いた。
「……もう、景は気づいてるかもしれないけど」
難しい表情をして、震える声で言った。響……。目には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちてしまいそうだ。俺は多分、響が言わんとしていることをもう分かっている。それを響も感じ取っていて、その上で告白してくれようと勇気を出した。
「うん」
響はもう一度口を開いた。けれど、声が出ない。聞こえない。俺に告白することにあと一歩のところで留まっている。大丈夫、急ぐ必要はない。その意を込めて、俺は響の震える背中に手を添えた。響の肩が上下して、必死に深呼吸をして気持ちを落ち着けているのが伝わってくる。こいつの苦しさを、俺が半分持ってやりたい。そのためには、響が言葉にしてそれを教えてくれないと。
「……っ、色盲、なんだ」
───色盲。その響きを聞き慣れている人も、いない人もいる。色の見え方は人それぞれで、人それぞれに好きな色も違う。灰色を紫という人がいる。紫を赤という人がいる。赤をピンクという人がいる。ピンクを白という人もいる。これらは全て、色の変わり目の基準が違うことによって起こることだと、俺は思う。
だけど、そんな風に簡単にまとめられないくらい、本気で苦しんでいる人間がいる。それはきっと、自分のすぐ身近にいる。はたまた、色盲──正式名称、色覚異常を持つのは、他でもない自分だったりもする。
「響、大丈夫だ。俺は知ってる。ここに響の苦しさを知ってる人間がちゃんといるから。だから、落ち着け」
響はとうとう泣き出してしまった。声を押し殺し、肩を震わせて、嗚咽を漏らしながら泣いていた。それは、男泣きではなく、本当に悲しい事があった時の泣き方だった。
「……っう、……っは、くそ……っほんど、に、情げなくてしにたい」
──“しにたい”。その言葉は、何が何でも聞きたくなかった。そんな簡単に、その呪いの言葉を口にして欲しくなかった。だけど、今の響には、そう言うことで楽になる何かがあるんだろう。
「響、今思ってること、全部吐き出せ。そしたら、きっと少しは楽になると思うから」俺の言葉に響が何度も頷く。大きくて切れ長の綺麗な薄茶色の瞳は、今は哀しい色で沈んでいる。やっぱりこいつの目は、飄々としている時の方が断然いい。それでも、完全には好きになれないけれど。だってその響は、何だかいつも楽しそうじゃねえから。
「響……、すっげえ多くのものを我慢なんかしてんじゃねえよ。そんなこと続けてたら、いつか壊れるぞ。自分じゃどうにもできなくなる。その前に、ちゃんと吐き出さないと」
「……っああ、そう、だな。…っひっく、う」
「無理して喋んなくていいから。今はただ、泣きたいだけ泣け」
自分の声かけが果たして正しいかどうかは分からない。だけど、それは正しい正しくないじゃなくて、どんな言葉をかけてやるかどうかで決まると思う。
「……っぁ゙あ。ほんと、サンキュな」
「こんくらい、お安い御用。いつでも頼れよ。それに、自分を理解しようとしてくれる奴をそんな簡単に突き放そうとするな」響に伝えたいことを、次々と口に出していく。止まらない口が、俺も響に対して沢山のストレスを感じていたことを教えた。ただ二人、他に誰もいない静寂に包まれる美術室で、肩を寄せ合う。響を慰めながら、俺は自分のことにも意識を向ける。響にこんなに立派なことを教えているけれど、自分はそれをできているのか。そんな疑問がふと浮かんで、それは消えることなく俺の中でどんどん大きい黒い塊へと姿を変えていく。
「……俺も、人に言えないな」はあ、と溜息を零した。負の感情は、一度でも抱いてしまうと簡単には取り除けない。いつも、何をしていても楽しくなくて、無気力感でいっぱいで、何も悲しいことはなかったのに悲壮感で胸が押し潰されそうになる。それは、俺にとっては病むということだ。俺はしょっちゅう、己の心に迫りくる黒い感情の正体と上手く共存できずに暗い夜の海の底を、ただ一人永遠と歩き続ける。
「響、俺たちはまだ子供なんだ。守られるべき存在なんだ。だから、何でも一人で抱え込まずに、もう耐えられないってなる前に、苦しいことは全部俺に話して」
「……うん、ありがとう」響は洟を啜って答えた。俺の心の中に、深い靄が広がっていく。それはもう、自分じゃどうしようもできない心の闇だ。心は脆い。どこにあるかも判別できないものだから。さっき響に、自分じゃどうしようもなくなる前にちゃんと吐き出せなんて言いながら、自分はそれができないなんて。
「……ほんと、情けねえな」
「え?なんて言った……?」響の目はもう既に乾いていた。ようやく涙が収まったのだろう。
「いーや、何でもねえよ」
「……そっか」その声はまだ暗い。だけど、悲壮感溢れる感じではない。それだけで十分、響は頑張っただろう。……全員が全員、己の悩みを吐き出せるわけでも、涙を流せるわけでもねえからな。
俺達はお互い黙ったまま、少しだけ重い空気を背負って、二人一番大切な何かが足りないままに寄り添い合っている。……いつか俺も、あのことを話せる時が来るかな。今まで誰にも、両親にさえ話せていない自分の『欠陥部分』を、いつか。
「あれ……誰かいる?」
校内見学をしている途中、古びた扉が少しだけ拓かれたままになっているのが気になって、興味本位で中に入ってみると、そこには先客がいた。広い美術室に、難しい顔をして壁に飾られている卒業生たちの絵を順々に眺めている男子生徒が一人。その制服の胸ポケットに、桜色の花が付けられていたことから、すぐに相手は俺と同じ新入生なのだと分かった。
「誰?」
相手が侵入者である俺の存在に気づいたのか、訝しげな声を上げて扉の方を振り向いた。いきなりのことで、なんて反応したらいいか分からなかった俺は、とりあえず右手を上げて「よう」と軽く言った。我ながら、コミュ力ねえなと思った瞬間だった。
「絵なんか眺めてどうしたの?それに、こーんな難しそうな顔しながら」先程の相手の表情を大げさに真似てみた。すると、相手は不快に思ったのか眉をひそめ、俺から視線を逸らした。
「……ただ眺めてただけ。それに、おれそこまでおかしい顔浮かべてない」訂正するところはしっかり訂正する人なんだなと思った。
「はは、そっか。ごめんね、今のは俺も変顔すぎたって自覚してるから心配すんな」
「いや、心配も何もないんだけど……」
相手は俺にもう一度視線をやってから、興味を失ったのかすぐに逸らした。戻された視線の先には、変わらず絵画がある。水彩画や油絵、切り絵など様々な種類の美術作品が並んで飾られている。
「へえ、これ、ほんとに俺らと同じ高校生が書いた絵なのか?」感嘆とした声を上げながら彼の隣に並ぶと、「お前まだいるつもりか。早く目の前から消えろ」感が否めない面倒くさそうな視線が向けられたのを感じた。
「ああ、そうだよ。高校の美術室にあるものなんだから、そうに決まってるでしょ」
「うわお、正論きた」この時、こいつ強いな、なんて思ったっけ。ずっと居座る俺を響が鬱陶しく思っていたことはひしひしと感じていたけれど、それでもまだここにいたいなんていう謎の感情を抱いていた。
「絵、詳しくなさそうだなお前」
「あ、あ、あ、それは言わないで欲しいな~」
「だって、本当のことっぽいじゃん」
「まあ、本当だけどさ……。もう、分かったよ。すぐ出て行けばいいんでしょー?その代わり、俺のこともうお前って言わないで。そう呼ばれるの、苦手だから」
「……、じゃあ、なんて呼べばいいの」鬱陶しく思われているんだから、そんな返事が返って来るなんて当然思ってもみなかった。それにびっくりした俺は、暫し思考停止して返事に遅れて、また睨まれる羽目になった。厳しい睨みに急かされて、俺は口を開く。
「……景。景って呼んで」初対面で、仲も良くない奴に自分の下の名前を呼ばせるのはおかしいと思うが、これくらい別にいいだろう。
「分かった。──景」さっそく名前を呼ばれ、俺は少し緊張してしまった。自分から言い出したことなのに、情けない。響は、顔の整った高身長男子だった。男からみてもかっこいいと思う奴は、本当にかっこいいのだ。それだからか、心臓がドクン、と大きく鳴った。……まずい。瞬間的に思った。だけど、鳴り続けると思った心臓は、案外すぐに落ち着いて、一安心したけれど。
「景、何顔赤くしてんの?」
響が俺と距離を詰めた時、反射的に身を引いたのを覚えている。というか、景と過ごした時間すべて、俺の中に色濃く残り続けている。熱でもあるんじゃねえの、とやや心配した声音でおでこに響の大きな手が触れそうになった時はさすがに焦った。───暴かれる。瞬間的にそう思ってしまったから。
「……っ別に、なんでもねえよ」
だから俺は響に赤い顔を見られまいと背を向けた。後ろから「ほんとに大丈夫そ?」と心配する声を訊きながら、俺はあることを強く願っていた。どうか、響が気づいていませんように。初対面って、最初の印象が大事らしいからさ。絶対にここでバレる訳にはいかないんだ。もしバレたら、きっと……俺の高校生活は地獄になる。
「おれ、もう行くけど」
「あ、ああ」
「………」
「何、行かねえの?」
「いや、行くよ」
響が俺の横を通り過ぎる直前、何かを口走った。
「……、おれの名前は訊かないの」それはぼそりとしたとても小さな声で、普通なら聞こえないはずだけれど、閑散とした美術室では確かに聞こえた。
「……あ、」
思わず響を見る。その時の響の頬が、ほのかに赤くなっているように見えたのは俺の行き過ぎた思い込みだったのだろうか。
「教えて、名前」
俺は結構馬鹿だから、肝心なことを訊き忘れることが多い。だけど今日は、珍しく相手の方から切り出してくれた。響と目を合わせる。
「おれは、響」
「……響、な。おけ」
「……景の好きなように呼んでくれていいから」その言葉に、俺は目をまん丸くさせた。こいつ、俺のことを鬱陶しいと思ってるんじゃなかったのか?もしかすると、それは俺の杞憂で、本当はそこまで悪印象ではないんじゃ……。
「分かった。じゃあ、響って呼ぶわ。名前までかっけえなんて、ほんとズルい奴ぅー」ノリで言ってみたが、響にはその冗談が伝わらないらしく。顔を赤く染めた響を見て、ますます困らせたくなった。だけど、その欲望を何とか心の奥底に閉まって、「響、何顔赤くしてんのー。もしかして照れてる〜?」と茶化した。
「……っ別に照れてねえよ。ほんと、そういうこと言うのやめろ。そういうの、慣れてないんだよ」響は眉を八の字に下げ、心底困った顔で吐き捨てた。
「あはは、ごめんごめん。もう言わないからそんな怒んないでー」謝ってみても、響の機嫌は直らない。困ったな……響を怒らせると後々面倒だということが分かった。少しの時間を空けた後、ようやくイライラが収まったのか響の顔から先程までの不機嫌さが消えていた。それから二人無言で自分たちの教室に向かう。一年生の教室は校舎の二階にある。美術室からそこまでは少しだけ遠いけれど、お互い第二成長期を終えたので、長い脚での移動はそこまで時間はかからなかった。こういう時、中学の内に身長伸びてくれて良かったなと思ったりする。まあ、俺だけかもしんないけど。
「響って何組?」
「A組」
「えっ、まじ」
「何だよ。景は?」
「俺もA組ぃー!!」響に向かってにっと笑って、勢いで抱きつこうとした。けれど、そんな簡単に懐には入れさせてくれないようで、響の腕によって押し返された。
「抱きつこうとしてんな。距離近すぎ」
響が言う。たけど、そこまで嫌そうな顔をしていないから、本気で嫌がってる訳ではないと知り安心する。
「えー、ケチぃ。まっ、別にいいけど!」
「……ふん」
「それよりそれより!やったじゃん、俺ら同クラ!これはもうダチになる他なくね!?」盛り上がってきた、と一人勝手に喜んでいると、隣から聞こえてきたのは冷めた声だった。
「いや、ダチにはならない」無表情で一蹴されて、「え」と言葉に詰まる俺。思わずその場に立ち止まると、響は俺を待つことなくすたすたと先を行ってしまう。
『待てよ』
出かけた言葉は、何かが邪魔をして喉元の寸前で音を失った。その場に突っ立ったままでいたら、響の背中がどんどん小さくなるのが見えて、俺は我を取り戻して全力で響に追いつき、その隣に並んだ。
「なあ、なんでダチにはならねえの?やっぱ俺、鬱陶しかったとか?」
響の歩む足は止まらない。逆にさっきよりも速いくらいだ。
「……確かに鬱陶しかったってのは本当だけど、ダチにならない理由はそういうんじゃない」
「なら、どうして」
「別に知らなくていいだろ」
「いや、知りてえよ!なんでそんな寂しいこと言うんだよ。それに、ダチがいた方がきっと高校生活楽しいに決まって、」
「それは、あくまで景が思うことだろ。俺は別に、ダチがいなくたってどうってことねえよ」
響が突然立ち止まって、まっすぐに俺の目を射抜く。どこまでも強い瞳に見つめられて、俺は何も言えなくなった。響の意志の強さを知ったからだ。
「……でも、ちゃんと理由話してくれないと俺も引き下がれない」響が俺に視線をやる。
「……、とにかく、おれ、高校ではダチは作らないって決めてるんだ。そこにズカズカと土足で入り込まれても、正直困る」
響の言うことはどこまでも正しくて、俺は言い返すことができない。ここでそれをしたら、俺は身勝手な野郎になってしまう。相手を自分の思い通りにしようとするのは間違っている。それが俺を規制した。
「……そう、だよな。ごめんな、俺、自分のことしか考えてなかった。響の気持ちが第一優先なのにな」声が萎んで、暗い声しか出ない。こんなあからさまに落ち込んだ態度取ったら、響が気にすると分かっているのに。……俺って、こんなにズルい奴だったんだ。
「いや、まあ……そうだな」
案の定、響は俺をどう扱っていいか分からず困っている。それを目にして、また自分を不甲斐ないと思った。
気まずくて重い沈黙が教室に着くまで続く。教室に入ったら、きっともう俺たちは話すことはない。響から、そんな感じがひしひしと伝わってくるから分かる。響が先に教室に入り、それに続く。教室内は既に多くの生徒で賑わっていた。もうグループがいくつか出来上がっているみたいで、これは出遅れたなと思った。泣く泣く一人寂しく席に着こうとしたところに、背丈の低い男子生徒が話しかけてきたものだから驚いた。
「ねえねえ、君一人?」
「え、ああ。うん」質問の意図があまり読み取れないまま頷く。
「じゃあさ、僕と友達になってよ!」人懐っこい笑みでそんなことを言うものだから、俺は目を見開いた。だって、そんなことを言ってくれるなんて想像してさえいなかったから。
「……い、いいの?俺、つまんねえ奴だよ?」響との会話の後だったから、ここまでトントン拍子で友達になれるのかとにわかに信じ難かった。だけど、相手の男子はその笑顔を崩さずに、力強く頷いた。
「もちろん!だって僕が、君に友達になって欲しいから」
う、眩しい……。キラキラとした子犬みたいな目に見つめられ、俺は後ずさりたくなった。
「俺でいいなら、なるけど」
その結果、無愛想な返事しか返せなかったのに、相手の男子はやっぱり嬉しそうに微笑んだ。
ダチになろうと声をかけてくれた背の小さなチワワみたいな男子生徒、改め祐里と過ごす時間が最近は増えていた。そのお陰でと言っていいかは分からないけれど、響のことを考えることも今では自然となくなっていた。
「景ー!次芸術だよ〜!早く移動しよ」数Ⅰの授業を終え、ほっと一息ついた時。祐里がドタバタとやって来た。相変わらず、早いな。
「ああ。今準備するから」俺の言葉にうん、と頷く祐里を横目に、俺は机の引き出しから美術の教科書を取り出した。それと筆箱を持って、席を立つ。歩き始めると、祐里が俺の隣に並んだ。その足取りは軽やかだ。
「祐里って、ほんと芸術好きだよな」今にも鼻歌を歌い出してしまいそうなくらい機嫌の良い祐里に話しかけた。すると祐里は俺を見上げて、目を合わせ「うん、大好き」と言った。そう言う顔は本当にそのようで、好きなものがあるっていいな、と思った。特別好きなことも、特技もない俺にとってはただただ羨ましい。
「凄えよなあ〜、祐里みたいに大好きなものがある奴って」
「ええー、僕は別に凄くないよ。ただ芸術が好きなだけであって、特別絵が上手いって訳でもないし……」軽く自嘲する君の横顔は、やっぱりどこか輝いている。好きなことをしている時が、人間一番魅力的に目に映るからなー。
「いや、十分すげえよ。だって、好きなことがあるってことは、イコール自分をちゃんと持ってるってことだろ?」
「そうかなあ……景に言われると照れるな」頬をポリポリとかいて、照れを誤魔化そうとする祐里。そんな祐里を微笑ましい気持ちで見つめる。
「景は何かないの?好きなもの」
「んー、分かんね」
「えー、よく考えてみてよ。きっとあるはずだよ」祐里に促されて、俺は暫し考える素振りを見せる。好きなもの……か。唯一、大好きと言えるものならすぐに思い浮かぶけれど、それはあまりにも男子高校生が口にするには恥ずかしいことだ。
「……し」
だけど、それ以外何も思いつかないから、言うしかなかった。祐里には大人しそうな見た目にそぐわない諦めの悪さと強引さがある。俺が口を割るまで問い詰める気だろう。
「え、なんて?」
「……、かし」
「カシ?」どうやら簡単には通じないようだ。まあ、そうだよな。祐里は今俺に『好きなこと』、いわゆる趣味のようなものを訊いてるつもりだもんな。
「だーかーら、お菓子って言ってんの!!」もうどうにでもなれ!と投げやりに大声で発した。すると、それを聞いた祐里がぽかんとした表情になる。うん、だよな。その反応、期待してたぜ。
「お菓子……?」
「ああ」
「それって、景の好きな食べ物だよね?僕は今、景の趣味を訊いてるんだけど……」
「ああ、知ってる。でも、俺に趣味はない。好きだと思うのは、せいぜい菓子くらいだ」早口に告げると、祐里はぽかんと口を開けた。
「そう、なの。でも、良いんじゃない?」その返答から、祐里がすっかり困っているのが分かった。無理やり絞り出した感が否めない返事に、俺は苦笑いを返す。
「まあ、うん」そこから少し何とも言えない沈黙が落ち、いつもは早く着く美術室までの道のりがとても長く感じた。美術室に足を踏み込んでからようやくあの変な感じが消えた。最近、祐里との交友関係の天秤がゆらゆらと揺れ動いている気がする。祐里の方へ一気に落ちることもあれば、俺の方に傾くこともある。四月に築いていた等しい天秤の付き合いが、最近では難しく感じる。
「お、景ー。いいとこに来た。これ、お前の?」新田が声をかけてきた。それと同時に見せられた画用紙。
「……いや、違う」
そこには、空の青と、花の桜色と、幹の茶色と、そして。芝生と思われるところに、真っ赤な絵の具が塗りたくられていた。
「えー、景が違うなら誰だよ~。こんなくるってる塗り方する奴」新田の言葉に、俺は引っ掛かった。新田がゲラゲラと笑いながら、離れて行く。新田は、誰かが書いた絵を手に、好き勝手質問していってるのか?俺から離れ、また他の人に訊きに回る新田の姿を目にした時、俺の中の何かが壊れる音がした。
「……おい」自分でも信じられないくらい低い声が出た。まだ声変わりも終えてないのに。俺のすぐ側にいた祐里の肩がびくりと震えるのを視界の端に捉えながら、俺は新田にずんずんと近づいた。
「新田、その絵、お前のじゃねえだろ。ならその手に取るな」半袖から伸びた新田の焼けた腕を掴んだ。
「あ?なんだよ景。離せって」
「じゃあ、新田もその絵離せ。お前のじゃねえだろ」
「別良くね?何が悪りいの」
「お前さ、その絵描いた奴のこと馬鹿にしてんんだろ。透けてんだよその汚ねえ考え」
新田の腕を掴む力を強くする。
「ベ、別に馬鹿にしてなんかいねえよ。ただ、こんな狂ってる塗り方するなんてすげえなあと思っただけだよ!」
新田の目を強く射抜く。その奥に隠されている穢れた欲望を見つけ出すために。それはきっと、誰かが傷ついてしまう未来を避けるための行動。確証したわけじゃないけど、俺にはこの一枚の絵から何か分かるものがある。おそらくこの絵を描いた人は、その人なりの世界がある。他の人と見え方や考え方が違うのは当たり前のことだ。それなのに、人はどうしてそれをいちいち逆手に取っては面白がって馬鹿にするのだろう。それはただその人の個性を否定し、傷つけるだけのことなのに。それをやって後悔し、虚しくなるのは他でもない自分なのに。
「なら、その絵、俺に渡せるよな」
あまり刺激しないように、最後は優しいトーンの声で言った。手を差し出すと、新田はしぶしぶといった感じで絵を渡してきた。他の奴に中身を見られないように絵を軽く折り畳んだ。
「おい」先程、俺が口にした台詞が背後から聞こえた。その声はとても低い。振り向くと、そこには予想打にしない人物がいた。
「響……」自然と、その名前が口から漏れた。俺と目を合わせても、響は何一つ表情を変えない。
その無表情には温度がなく、何を考えているのか分からない。だけど、俺のことを好いていないというのはひしひしと伝わってくる。
「それ、おれのだろ。返せ」有無を言わさぬ圧力で、手を差し出された。俺は何も悪いことをしていないのに、罪悪感のようなものが謎に心を覆っていく。
「あ、ああ。分かったよ」
なんでそんなに機嫌悪そうな顔すんだよ。俺はただ、……。この絵の持ち主が響だとは思っていなかったけれど、それを知った時妙に納得した。
「……」
絵を受け取った響は、最後に俺をギロリと睨んで、背を向けすたすたと自分の席に帰った。その場の空気は何とも言えない気まずいものになり、皆ぞろぞろと興味を失ったように散って行った。
「あいつ、恩を仇で返したな」新田がぼそりと呟くのを、俺は波立たない静かな心で聞いた。
芸術の授業が終わると、そのまま昼休みに入った。俺はいつも通り祐里と食べようと、教室の席をくっつけて弁当箱を開けようとしていた。その時だった。
「────景」決して大きくはないくぐもった声に呼ばれた。見上げると、そこには響の姿があった。仏頂面を浮かべ、難しい顔をして俺を見下ろしている。……何だよ、自分から話しかけてきたくせにそんな不機嫌な顔して。
「……何」だから、俺も自然と不愛想な低い声が出る。
「ちょっと」それだけ言って、響は俺に背を向けて教室から出て行った。
「……、ごめん、祐里。俺、ちょっと行ってくるな」
祐里と目を合わせ、席を立った。何となく気まずくて、すぐに祐里から目を逸らした。……のだが。
「……祐里?どした」俯いた祐里が、行こうとした俺の腕を掴んだ。華奢な腕に掴まれたって、すぐに振り解けそうなほど弱い力なのに、簡単には振りほどけない何か強いものがある。
「……ないで」
「え……?」聞こえないほど小さな声で、俺はできるだけ優しく訊き返した。
「……景、行かないで。僕の側にいてよ」
潤んだ瞳で、そんなことを言われたら。一体どう接するのが正解なんだ。俺は深く考え込んだ。だけど、俺が返事を返せないでいたら、祐里に不安な思いをさせてしまう。それだけは避けたい。
「……祐里、ごめん。そうしたいところだけど、ちょっとこれだけは外せないんだ」
祐里と目を合わせるのはとてつもなく気まずかったけれど、頑張って視線を交えた。そうすることで、伝わる意思ってやつがあると思うから。腕を掴む祐里の手の力が、強くなる。ぐっと強く掴まれて、俺は若干の痛みに眉をしかめた。
「……なんで?あいつ、前に景に冷たい態度取った奴だよね?景が新田君からあいつの絵を庇ってあげたのに、景のこと何にも知らないで睨むんだもん。あんな奴に使う時間なんて、どこにもない」
先程の美術室での一件で、祐里は響をとてつもなく嫌っているみたいだ。まあ、仕方ないか。響のことをあまりよく知らない人からしたら、俺に対する響の態度はあり得ないほど冷たくて、不愛想だったから。響の性格を四月の最初で知ってしまった俺は、その態度こそが響の素だということを知っているから、そこまで嫌な気持ちは抱かなかったけれど。
「……あいつにも、色々あるんだよ。そういう態度で接してしまう何かが。俺は、それを知りたいんだ」
いつもつまらなそうに、無気力に生きている響の内側を知りたい。それはもしかすると、裏側と言った方が的確かもしれない。響の裏には、きっと誰も想像できないような深くて暗い何かが潜んでいる気がしてならないんだ。それは、四月に響と初めて言葉を交わした時から思っていた。
「でも、……」
「お願い、祐里。少しだけだからさ」そう懇願すると、俺の変わらない強い意志を感じたのか、俺の腕を掴む祐里の手の強さが緩む。それを見計らっていた俺は、すぐにやんわりと祐里の手を外した。祐里の腕がだらりと下に落ちる。生気のない顔を見ると、響の元へ行く決心が揺らいでしまうけれど、そこをぐっとこらえて、俺は祐里に背を向けた。ここで初めて、大切なたった一人の友を深く傷つけてしまった気がしてならなかった。後ろ髪を引かれる思いで俺は教室を後にした。
教室を出ると、そこに響の姿はなかった。一体どこに行ったのだろうと思ったが、あいつの行き先はなぜだかすぐに分かった。俺の予想は当たったらしく、錆びれた扉を開けた先に、一人の男が気だるげに立っていた。
「よう」 あの日と同じように、手を上げて言った。俺に気づいた響が視線だけをこちらに向ける。誰もいない美術室は、やっぱりどこか寂しい。
「……あんな酷い態度取ったのに、来てくれたんだ」響はどこか心ここにあらずといった感じで言った。
「まあな。あの無愛想な感じが、響だろ」そう言うと、響が驚いた顔をして俺を見た。
「……、うん、そう」響は弱々しく頷いた。そして、口を開いた。
「おれ、景に謝らないといけないことがあって、さ……。これは、安立から聞いたことなんだけど、」
安立とは、A組の男子生徒だ。
「……?」
「……、俺の絵、景が面白がる新田から取り返してくれたらしいな」響は未だ眉をしかめている。
「ああ、うん。そうだよ」
俺の返事を聞いて、響の顔が強張った。ギュッと拳を握りしめて、その握る力が相当強いのか、手がぶるぶると震えている。
「……ん」
「え?」
「だから、……めん」いや、聞こえねえよ。思ったけれど、口には出さなかった。
「だーかーら、ごめんって言ったんだよ!!……一回で聞き取れよ、阿保」
ようやく謝ってくれたと思ったのに、その次の言葉が聞き捨てならないな。最後の余計だろ。だけど、俺はそんなことでいちいち怒らない。響はそういう奴だと知っているからだ。だけど他の奴らは、響のことをよく知らないからすぐに着火して、怒ってしまう。それはなんか、寂しいことだよな。
「ふん、ようやく謝ったな。大切なことくらい、自分で気づけよ、馬鹿」
先ほどの響への当てつけとして、小学生が言いそうな簡単な悪口を言う。
「……うん、ごめん」響がそんな風に繰り返し謝るもんだから、調子が狂う。こんなの、響じゃない。だけど、俺はそう言えるほど響のことを知らない。
「……もう、謝んなくていいから」
「……、ごめん」
……はああああ。心の中で深いため息を吐く。響は完全に落ち込んでしまったのか、さっきからごめんしか言わない。最初に謝られた時は普通に素直に受け入れられたのに、言われすぎると今度はイライラが勝る。
「それで、要件は何なの?」
俺は訊いた。響は何かを決心したように、一度息を深く吸って、口を開いた。
「……もう、景は気づいてるかもしれないけど」
難しい表情をして、震える声で言った。響……。目には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちてしまいそうだ。俺は多分、響が言わんとしていることをもう分かっている。それを響も感じ取っていて、その上で告白してくれようと勇気を出した。
「うん」
響はもう一度口を開いた。けれど、声が出ない。聞こえない。俺に告白することにあと一歩のところで留まっている。大丈夫、急ぐ必要はない。その意を込めて、俺は響の震える背中に手を添えた。響の肩が上下して、必死に深呼吸をして気持ちを落ち着けているのが伝わってくる。こいつの苦しさを、俺が半分持ってやりたい。そのためには、響が言葉にしてそれを教えてくれないと。
「……っ、色盲、なんだ」
───色盲。その響きを聞き慣れている人も、いない人もいる。色の見え方は人それぞれで、人それぞれに好きな色も違う。灰色を紫という人がいる。紫を赤という人がいる。赤をピンクという人がいる。ピンクを白という人もいる。これらは全て、色の変わり目の基準が違うことによって起こることだと、俺は思う。
だけど、そんな風に簡単にまとめられないくらい、本気で苦しんでいる人間がいる。それはきっと、自分のすぐ身近にいる。はたまた、色盲──正式名称、色覚異常を持つのは、他でもない自分だったりもする。
「響、大丈夫だ。俺は知ってる。ここに響の苦しさを知ってる人間がちゃんといるから。だから、落ち着け」
響はとうとう泣き出してしまった。声を押し殺し、肩を震わせて、嗚咽を漏らしながら泣いていた。それは、男泣きではなく、本当に悲しい事があった時の泣き方だった。
「……っう、……っは、くそ……っほんど、に、情げなくてしにたい」
──“しにたい”。その言葉は、何が何でも聞きたくなかった。そんな簡単に、その呪いの言葉を口にして欲しくなかった。だけど、今の響には、そう言うことで楽になる何かがあるんだろう。
「響、今思ってること、全部吐き出せ。そしたら、きっと少しは楽になると思うから」俺の言葉に響が何度も頷く。大きくて切れ長の綺麗な薄茶色の瞳は、今は哀しい色で沈んでいる。やっぱりこいつの目は、飄々としている時の方が断然いい。それでも、完全には好きになれないけれど。だってその響は、何だかいつも楽しそうじゃねえから。
「響……、すっげえ多くのものを我慢なんかしてんじゃねえよ。そんなこと続けてたら、いつか壊れるぞ。自分じゃどうにもできなくなる。その前に、ちゃんと吐き出さないと」
「……っああ、そう、だな。…っひっく、う」
「無理して喋んなくていいから。今はただ、泣きたいだけ泣け」
自分の声かけが果たして正しいかどうかは分からない。だけど、それは正しい正しくないじゃなくて、どんな言葉をかけてやるかどうかで決まると思う。
「……っぁ゙あ。ほんと、サンキュな」
「こんくらい、お安い御用。いつでも頼れよ。それに、自分を理解しようとしてくれる奴をそんな簡単に突き放そうとするな」響に伝えたいことを、次々と口に出していく。止まらない口が、俺も響に対して沢山のストレスを感じていたことを教えた。ただ二人、他に誰もいない静寂に包まれる美術室で、肩を寄せ合う。響を慰めながら、俺は自分のことにも意識を向ける。響にこんなに立派なことを教えているけれど、自分はそれをできているのか。そんな疑問がふと浮かんで、それは消えることなく俺の中でどんどん大きい黒い塊へと姿を変えていく。
「……俺も、人に言えないな」はあ、と溜息を零した。負の感情は、一度でも抱いてしまうと簡単には取り除けない。いつも、何をしていても楽しくなくて、無気力感でいっぱいで、何も悲しいことはなかったのに悲壮感で胸が押し潰されそうになる。それは、俺にとっては病むということだ。俺はしょっちゅう、己の心に迫りくる黒い感情の正体と上手く共存できずに暗い夜の海の底を、ただ一人永遠と歩き続ける。
「響、俺たちはまだ子供なんだ。守られるべき存在なんだ。だから、何でも一人で抱え込まずに、もう耐えられないってなる前に、苦しいことは全部俺に話して」
「……うん、ありがとう」響は洟を啜って答えた。俺の心の中に、深い靄が広がっていく。それはもう、自分じゃどうしようもできない心の闇だ。心は脆い。どこにあるかも判別できないものだから。さっき響に、自分じゃどうしようもなくなる前にちゃんと吐き出せなんて言いながら、自分はそれができないなんて。
「……ほんと、情けねえな」
「え?なんて言った……?」響の目はもう既に乾いていた。ようやく涙が収まったのだろう。
「いーや、何でもねえよ」
「……そっか」その声はまだ暗い。だけど、悲壮感溢れる感じではない。それだけで十分、響は頑張っただろう。……全員が全員、己の悩みを吐き出せるわけでも、涙を流せるわけでもねえからな。
俺達はお互い黙ったまま、少しだけ重い空気を背負って、二人一番大切な何かが足りないままに寄り添い合っている。……いつか俺も、あのことを話せる時が来るかな。今まで誰にも、両親にさえ話せていない自分の『欠陥部分』を、いつか。