こちらに向けて注ぐ視線があった。
 テーブルの向かい席に座る彼女は、教科書とノートに視線を下ろしていたのに。いつの間にか僕の方を向いている。
 その視線は離してくれなかった。まるで腕を伸ばして体を掴んでいるように。
「......なに、成瀬くん」
「いや、西原の方こそ」
 なぜかお互いに視線をぶつけあっていて、よく分からない状況になっていた。
 西原は図書室が開く日――夏休みの間に数日しかない――の予定を自分に聞いてくると、朝一番から現れて、小説を借りるとともに宿題に勤しんでいる。
 そして自分は彼女に向かい合って座っている。
 そんな状況の最中にこちらに顔を上げてくるものだから、さすがにどうすればよいか分からない。
「ねえ、西原って今日は眼鏡なんだね」
「え? 何よいきなりそんなこと言って。
まあ、普段はコンタクトだし、オフの日くらいはね」
 ここで、当たり障りのないことを話題に挙げて逃げておいた。
 はじめて見る眼鏡姿の西原は、容姿の良い見た目に上手くマッチしていていつも以上に増して優等生のような雰囲気を与えている。
 実際のところ、彼女のことが気になって仕方がない。すいから言われたことが頭から離れない、"西原のことをどう思っているのか"ってその問いを去年から掘り返されてしまって。
「ねえ、成瀬くん。現代文のプリントって解いた?」
 西原はシャープペンシルを動かしている手を止めて、こちらに質問してきた。
 さまざまな教科から宿題が出ている夏休みだから、順番にこなすのが生徒に示された試練だろう。そんな中で目の前に映る人物は勉強ができそうな、凛々しい雰囲気がしていた。
 まだ現代文は解いてないというと、西原は両手でプリントをもって、掲げるように見せてきた。
「このストーリー読んだら問題に答えてくれるかな」
 西原の意図しているところは分からないが、とりあえず問題文を読んでみた。
 それは十代の少女を主人公としたショートストーリーだった。
 周囲の環境になじめない彼女が不思議な友達と知り合い交流を深めるという内容で、各所におとぎ話が引用やモチーフとして取り上げられている。
「......それで、最後まで読んでみたよ」
「どうだった?」
 どうだったと言われても。もしかして宿題を代わりに解いてもらおうと思っているのか......。
「私はそんなズルなことはしないよ。
それで、これから出す問題はたったひとつだよ」
 ......この作品を読んで、どう思ったか。そう西原は聞いてきた。
「どうって、特にこれといって。ただの現代文の題材でしょ」
 作品の雰囲気は高校生に読ませるものというより、児童文学という気もしなくはないけれど。プリントに載っている作品を読んで感じることなんてとりわけなにもないような気がしている。
「そりゃそうだけどさ。
現代文って作者の意図を......、つまり問題文をつくる人の意図を問うものじゃん」
 そう説明されても、西原の意図しているところは分からない。
 ここで、彼女は少し身を乗り出すようにすると、こちらにしっかりと顔を向けて話しはじめた。
 まるで、子供に向けて大事な話をする親御さんのように。
「きみはすいちゃんと出会ったのは本当なの?」
 え? 何を言っているんだろう。僕は実際に水泳を教えてもらっているのに。すいの言葉も笑い声もたくさん目にしてきたのに。
「本当だよ。嘘なんてつくわけないじゃない」
 けれども、目の前の人物は瞳をまっすぐに向けたまま。
「真面目なのは分かっているよ。だから、嘘をつかないのは信じてる。
でも、きみが見ているのはもしかして......」
 ......イマジナリーフレンド。
 西原の口はしっかりとそう告げた。
 それは、作り上げた架空の友だち。

 ・・・

 そんなことある訳がない。西原が告げたことに、つい笑ってしまう。
 イマジナリーフレンドは、心理学における現象のひとつ。
 空想の遊び相手としてよく訳される。その場に存在しないのに、遊び場所などで実際にいるような相手として本人の前に現れるという。

 "目に見えない人物で、名前がつけられ、他者との会話の中で話題となり、一定期間直接に遊ばれ、子どもにとっては実在しているかのような感じがあるが、目に見える客観的な基礎を持たない"
 
 しばしこのように定義される。子どもが一人で遊んでいるのに、目に見えない誰かと会話をしていたりするわけだ。
 それは主に児童期に起こる現象だという。同年代で人間の形をしていることがほとんどで、友だちの役目をしているとされている。
 成長する上での芽生えていく自我をサポートするため、受け入れがたい衝動や孤独感・拒絶を発散させるためなど、さまざまな理由が語られている。
 だがしかし、不思議なことに、子供の発育過程における正常な現象であるという。
「......まあそんなことなんだけどさ。
実際、これは主に子供に出てくる現象なんだけど、まれに十代後半でも出るらしいんだ」
 たしかに、この現代文に掲載されていたストーリーも主人公が不思議な友達と出会うものだ。それもこの一種だったのかもしれない。
 だからといって、すいがそんなことある訳がない。
「じゃあ、よく考えて答えてくれるかな。
すいちゃんは、二年生になって、どこのクラスだったの?」
 まったく西原は何を言っているのか、こう思いながら出会った頃からの軌跡を思い出す。
 塾で出会った僕たちは去年は同じクラスになった。
 入学式のあった日から一緒に下校して、けっきょくオリエンテーションでも一緒になった。
 いつも勉強を教えて教わって、すいがテストで良い点を取った日はスイーツをおごってあげたんだ。
 それから......。
 ここで僕は言いよどんだ。
 文化祭で一緒に周ったような気がするのに、その時の会話をひとつも思い出せない。それ以前に、去年夏休みを迎えてからの記憶があいまいになっている。
 ......そして今は。
 すいは、どこのクラスなんだっけ。そもそも、進級の際に行われたクラス分けで、どうなったかすら思い出せなかった。
 こんな単純なこと、忘れるわけにはいかないのに。
「これね、答えがないのよ」
 西原がぽつりとつぶやくのに合わせて、瞳を彼女に合わせる。心の中で、睨みたいという一心を必死に我慢して。答えがない質問なんて、どういうことなんだろう。
「......意地悪したのは悪かったわ。
でも、よく自分のこと分かってよ。すいちゃんは、もう会えないんだから」
 ......きみは何を見ていたの? そう語る西原の瞳は、真剣に揺れていた。