◇
次の日。部活を終えた新一は急いで電車に飛び乗り、十九時五十分には伸子町駅で幸之輔を待っていた。
新一はまだデートというものを経験したことがないが、期待と不安を抱きながら待っているこの心境は、想像するデートに近いものがあるのではないか? などと考えたりしていた。
二十時五分前に、幸之輔は姿を現した。
「すまない、待たせてしまったかな」
「いや、俺が早く来すぎちゃっただけだよ」
「時間を守る人間は信頼が置ける。では、行こうか」
幸之輔は相変わらず上から目線だったが、新一は別に悪い気分ではなかった。
駅から徒歩三分、辿り着いたのは高層マンションだった。鍵をかざしてエントランスへの扉を開き、エレベーターで最上階まで上った。
最上階にある部屋の前で幸之輔は立ち止まり、鍵を回した。施錠が外れる音を確認すると、幸之輔は何も言わずに部屋に入っていった。新一は戸惑いつつも、「お邪魔します……」と呟いて靴を脱いだ。
廊下を進みドアを開けた先は、広いリビングダイニングだった。物はあまり多くないが、内部の色合いや家具のセンスが良く、モデルルームのようで思わず感嘆の声が漏れた。
「時間通りですね。……あら、彼は?」
部屋の中心にある高級そうな黒い皮のソファーから立ち上がり、幸之輔と新一を向かえてくれたのは、着物姿の美人だった。新一は女の目鼻立ちの美しさや肌の透明感に、思わず目を奪われてしまった。
「彼は俺のクラスメイト、塚本新一だ。縁があって改変を見届けてもらうことにした。塚本、彼女はエイミーという。覚えなくてもいい」
「覚えなくてもいいというのは事実ですが、貴方に言われると癪に障りますね。塚本さん、この人の口の悪さや態度にはすでに辟易しているかとは存じますが、もう少しだけお付き合いくださいね」
「あ、いえ、そんな、全然! 俺の方こそ、突然お邪魔してすみません! すぐに帰りますから!」
エイミーは微笑みながら新一に会釈をして、ソファーに腰掛けるよう促すと、そのままキッチンの方に行ってしまった。
「……ねえ、あの美人さんって旭くんの彼女?」
おずおずとソファーに腰掛けた新一の質問に、すでに自宅のように寛いでいる幸之輔はくつくつと笑った。
「まさか。言っただろう? 俺は清楚な巨乳が好きだと」
……十分清楚な女性だと思ったのだが、胸がないということだろうか? 悶々としていると、エイミーがコーヒーカップをローテーブルに置いた。
「どうぞ、召し上がってください」
「あ、ありがとうございます。気を遣わせてしまってすいません」
「どうせインスタントだ。遠慮することはないぞ」
真実を確かめるべくエイミーの胸元を注視している自分に気がつき、新一は慌てて目を逸らした。着物なのにお茶じゃなくてコーヒーなのかと思いながら、砂糖が欲しいと言い出せないまま真っ黒な液体を啜った。
「……さて、俺は駄弁りに来たのではない。ここに来た目的は一つだ。さっさと片付けることにしよう」
幸之輔が取り出したのは、現国の教科書だった。
「俺にも現国の教科書持って来るように言っていたけど、ここで宿題でもするの?」
「いや、今から小説『羅生門』の中身を改変するのさ。教科書に載っているから購入の手間が省けてよかった」
楽しそうな幸之輔とは対照的に、新一は脳内に疑問符を並べることしかできなかった。
「か、改変するって……どういうこと?」
「俺が新しく物語を書き直せば、芥川龍之介著の『羅生門』は、君が知っている『羅生門』ではなくなるということさ。授業で習ったからには、当然内容は知っているだろう?」
「う、うん。仕事を首になった下人がどうやって生きていこうか途方にくれているときに、悪行を犯した死体から追いはぎをしている老婆に出会って、悪事を働くきっかけを得るんだよね。でも、俺の知っている物語じゃなくなるって……?」
「内容については概ねその通りだ。改変については……まあ、口で言っても伝わらないだろうから、見ているといい」
幸之輔は胸ポケットから一本の万年筆を取り出し、教科書に記載されている羅生門の後半部分の文字に、勢いよく二重線を引いた。
「あ、旭くん!?」
驚いて声をあげた新一を無視して、幸之輔は引いた二重線の右横の空白に、機械のような丁寧な字でつらつらと文字を書いていた。話しかけても反応がないため黙って様子を窺ってみると、物語を書いているようだった。
幸之輔が書き込んでいたのは、追いはぎをした老婆の理屈を理解した下人自身が追いはぎをする結末部分だ。
大雑把に纏めると、老婆が追いはぎをしていなかった影響で、下人が老婆から追いはぎをすることもない、といった話になっていた。
こんな独自の物語をわざわざ教科書に書き込むなんて、幸之輔は何を考えているのだろう? 新一がそう思っていると、書き終えた幸之輔が万年筆のキャップを閉めた。
――瞬間、彼が書き込んでいた教科書から、溢れんばかりの光が飛び出してきた。
部屋を埋め尽くす光に驚いた新一は反射的に目を瞑ったが、しばらくしておそるおそる目を開けてみると、そこには目を疑う光景があった。
部屋の中が巨大なスクリーンになっていて、『羅生門』が映画化されたように老婆と下人、死体、雨が降っている様子が、壁と天井一面に映し出されていたのだ。
唖然としてそれらを見ていると、新一の後方から映像が飛び出してきた。
この映像では老婆が道徳心のある人間に変更されていて、老婆自身も貧困に苦しんでいるのだが追いはぎはせず、生きていくのに困っている下人を諭す役になっているという、新一の知らない展開を見せていた。
なんだこれはと混乱しつつも、その話が幸之輔の書いていた文章と同じだと気づくのに、時間はかからなかった。
追いはぎをしなかった下人が生きていくための商売を思いついた映像が、原作の老婆から追いはぎをして夜の闇に消えていく映像に上書きされていった。パズルのように背景や人物が組み替えられていく様は、動画編集の過程に似ていた。
息も忘れて一つの物語を見終わったとき、映像は光に変化し、また教科書に収束されていった。同時に視界がクリアになり、新一は幸之輔とエイミーの平然とした表情と、変化のない彼女の部屋を視認した。
この数分間は夢だったのだろうか。何を言えばいいのかわからず閉口していると、
「……昨日出会った石田という男、あの男の言い分は『羅生門』の内容に酷似していた。たった一つの物語の内容を変えるだけで日本人の考えが変わってくるとは思わないが、石田に変化が現れるのかどうか、気になったのさ」
カップに口をつけてそう言った幸之輔は、ブラックコーヒーを飲む姿がよく似合っていた。
「不思議な……夢とか手品みたいなものを見たけれど……でも、物語の内容を変えたって言っても、旭くんの教科書に独自の物語を書いただけだよね? それを日本人の考えとか言われても……」
「先にも言っただろう。もう君が知っている『羅生門』は、この世の中から消えたのさ。……君の持っている教科書を開いてごらん?」
疑惑を持ったまま、新一は言われた通りに鞄から現国の教科書を取り出し、『羅生門』のページを開こうとした。
しかし、新一にはそれができなかった。
教科書に記載されていたはずの『羅生門』は綺麗に消えており、代わりに菊池寛の『恩讐の彼方に』へと差し替えられていたからだ。
「ほう。なるほど、面白い。俺の書いた文章が駄文だったからか、教科書に載せるまでもないと文部科学省に判断されたらしい」
幸之輔はひとり満足そうに頷いていたが、奇怪な出来事を体験した新一の背中には、変な汗が噴き出していた。
「……今の気持ちを上手く言葉にすることができないや。……だけど、目の前の文章と、旭くんの言葉は真実なんだよね?」
「そうだ。理解が早いな」
「で、でもさ、俺は文学とかよくわからないけど、これじゃ『羅生門』の良さがなくなっちゃうんじゃないの? 過去の作品を大きく改変することで、何か問題は起きないのかな?」
「問題はあるさ。この改変の代償は必ず回ってくる。だが、それは君が心配することではない。彼女はそのためにいるのだから」
幸之輔の視線がエイミーに移った。視線を投げかけられた彼女は、当然といった素振りで柔らかく微笑んだ。
彼女だけに代償を負わせるということか? 新一は腑に落ちなかったが、第三者の自分が口出しすることでもないと思い再び閉口した。
「……旭くんはさ、こんなすごい力をどうして、俺に教えてくれる気になったの?」
「俺の力ではない。だが理由を強いてあげるなら、知的探究心を持つ人間を拒む理由はないからだ。それに君は頭の回転が遅いが素直で、他人の干渉して欲しくない部分を見極め、身を弁えるスキルを身につけている。俺は一度、第三者からこの実験を見てもらい、屈託のない感想を聞いてみたかったのさ」
新一は幸之輔の回答に胸の奥が熱くなった。幸之輔に認められた気がして嬉しかったのだ。
同時に、また明日からただのクラスメイトに戻るのは嫌だと思った。
「……旭くん。あのさ……俺と、友達になってくれるかな?」
ここで明確に『友達』という関係を結んでいれば、幸之輔の隣にいる口実になる。
そんな打算を働かせて口にしたのだが、
「俺は君と友達にはならない」
幸之輔は新一の望みを一刀両断した。あまりに自然に、間髪容れずに言われた幸之輔の返事に、新一は大きなショックを受けた。
「ど、どうして?」
傷ついた心を悟られないよう平静を装いたかったのだが、新一の声はうろたえていた。やはり、どうしても動揺が隠せそうにない。
「気づいていないのかもしれないが、君は俺を自分と対等の人物として見ていないだろう? どこか俺を上に見て、へりくだっている部分が垣間見える。そんな関係は友人と呼べない。……それに」
幸之輔はコーヒーを啜り、伏し目で言葉を紡いだ。
「君は『どうして?』ばかりを口にして、自分で考えようとはしない。助手としては優秀なのかもしれないが、俺は君と一緒にいて面白いとは思わない」
幸之輔の言葉に、新一は愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
「……そ、そっか……なんか、ごめんね」
幸之輔の顔を見るのが辛かった新一は、ひとり先にマンションを出た。
次の日。部活を終えた新一は急いで電車に飛び乗り、十九時五十分には伸子町駅で幸之輔を待っていた。
新一はまだデートというものを経験したことがないが、期待と不安を抱きながら待っているこの心境は、想像するデートに近いものがあるのではないか? などと考えたりしていた。
二十時五分前に、幸之輔は姿を現した。
「すまない、待たせてしまったかな」
「いや、俺が早く来すぎちゃっただけだよ」
「時間を守る人間は信頼が置ける。では、行こうか」
幸之輔は相変わらず上から目線だったが、新一は別に悪い気分ではなかった。
駅から徒歩三分、辿り着いたのは高層マンションだった。鍵をかざしてエントランスへの扉を開き、エレベーターで最上階まで上った。
最上階にある部屋の前で幸之輔は立ち止まり、鍵を回した。施錠が外れる音を確認すると、幸之輔は何も言わずに部屋に入っていった。新一は戸惑いつつも、「お邪魔します……」と呟いて靴を脱いだ。
廊下を進みドアを開けた先は、広いリビングダイニングだった。物はあまり多くないが、内部の色合いや家具のセンスが良く、モデルルームのようで思わず感嘆の声が漏れた。
「時間通りですね。……あら、彼は?」
部屋の中心にある高級そうな黒い皮のソファーから立ち上がり、幸之輔と新一を向かえてくれたのは、着物姿の美人だった。新一は女の目鼻立ちの美しさや肌の透明感に、思わず目を奪われてしまった。
「彼は俺のクラスメイト、塚本新一だ。縁があって改変を見届けてもらうことにした。塚本、彼女はエイミーという。覚えなくてもいい」
「覚えなくてもいいというのは事実ですが、貴方に言われると癪に障りますね。塚本さん、この人の口の悪さや態度にはすでに辟易しているかとは存じますが、もう少しだけお付き合いくださいね」
「あ、いえ、そんな、全然! 俺の方こそ、突然お邪魔してすみません! すぐに帰りますから!」
エイミーは微笑みながら新一に会釈をして、ソファーに腰掛けるよう促すと、そのままキッチンの方に行ってしまった。
「……ねえ、あの美人さんって旭くんの彼女?」
おずおずとソファーに腰掛けた新一の質問に、すでに自宅のように寛いでいる幸之輔はくつくつと笑った。
「まさか。言っただろう? 俺は清楚な巨乳が好きだと」
……十分清楚な女性だと思ったのだが、胸がないということだろうか? 悶々としていると、エイミーがコーヒーカップをローテーブルに置いた。
「どうぞ、召し上がってください」
「あ、ありがとうございます。気を遣わせてしまってすいません」
「どうせインスタントだ。遠慮することはないぞ」
真実を確かめるべくエイミーの胸元を注視している自分に気がつき、新一は慌てて目を逸らした。着物なのにお茶じゃなくてコーヒーなのかと思いながら、砂糖が欲しいと言い出せないまま真っ黒な液体を啜った。
「……さて、俺は駄弁りに来たのではない。ここに来た目的は一つだ。さっさと片付けることにしよう」
幸之輔が取り出したのは、現国の教科書だった。
「俺にも現国の教科書持って来るように言っていたけど、ここで宿題でもするの?」
「いや、今から小説『羅生門』の中身を改変するのさ。教科書に載っているから購入の手間が省けてよかった」
楽しそうな幸之輔とは対照的に、新一は脳内に疑問符を並べることしかできなかった。
「か、改変するって……どういうこと?」
「俺が新しく物語を書き直せば、芥川龍之介著の『羅生門』は、君が知っている『羅生門』ではなくなるということさ。授業で習ったからには、当然内容は知っているだろう?」
「う、うん。仕事を首になった下人がどうやって生きていこうか途方にくれているときに、悪行を犯した死体から追いはぎをしている老婆に出会って、悪事を働くきっかけを得るんだよね。でも、俺の知っている物語じゃなくなるって……?」
「内容については概ねその通りだ。改変については……まあ、口で言っても伝わらないだろうから、見ているといい」
幸之輔は胸ポケットから一本の万年筆を取り出し、教科書に記載されている羅生門の後半部分の文字に、勢いよく二重線を引いた。
「あ、旭くん!?」
驚いて声をあげた新一を無視して、幸之輔は引いた二重線の右横の空白に、機械のような丁寧な字でつらつらと文字を書いていた。話しかけても反応がないため黙って様子を窺ってみると、物語を書いているようだった。
幸之輔が書き込んでいたのは、追いはぎをした老婆の理屈を理解した下人自身が追いはぎをする結末部分だ。
大雑把に纏めると、老婆が追いはぎをしていなかった影響で、下人が老婆から追いはぎをすることもない、といった話になっていた。
こんな独自の物語をわざわざ教科書に書き込むなんて、幸之輔は何を考えているのだろう? 新一がそう思っていると、書き終えた幸之輔が万年筆のキャップを閉めた。
――瞬間、彼が書き込んでいた教科書から、溢れんばかりの光が飛び出してきた。
部屋を埋め尽くす光に驚いた新一は反射的に目を瞑ったが、しばらくしておそるおそる目を開けてみると、そこには目を疑う光景があった。
部屋の中が巨大なスクリーンになっていて、『羅生門』が映画化されたように老婆と下人、死体、雨が降っている様子が、壁と天井一面に映し出されていたのだ。
唖然としてそれらを見ていると、新一の後方から映像が飛び出してきた。
この映像では老婆が道徳心のある人間に変更されていて、老婆自身も貧困に苦しんでいるのだが追いはぎはせず、生きていくのに困っている下人を諭す役になっているという、新一の知らない展開を見せていた。
なんだこれはと混乱しつつも、その話が幸之輔の書いていた文章と同じだと気づくのに、時間はかからなかった。
追いはぎをしなかった下人が生きていくための商売を思いついた映像が、原作の老婆から追いはぎをして夜の闇に消えていく映像に上書きされていった。パズルのように背景や人物が組み替えられていく様は、動画編集の過程に似ていた。
息も忘れて一つの物語を見終わったとき、映像は光に変化し、また教科書に収束されていった。同時に視界がクリアになり、新一は幸之輔とエイミーの平然とした表情と、変化のない彼女の部屋を視認した。
この数分間は夢だったのだろうか。何を言えばいいのかわからず閉口していると、
「……昨日出会った石田という男、あの男の言い分は『羅生門』の内容に酷似していた。たった一つの物語の内容を変えるだけで日本人の考えが変わってくるとは思わないが、石田に変化が現れるのかどうか、気になったのさ」
カップに口をつけてそう言った幸之輔は、ブラックコーヒーを飲む姿がよく似合っていた。
「不思議な……夢とか手品みたいなものを見たけれど……でも、物語の内容を変えたって言っても、旭くんの教科書に独自の物語を書いただけだよね? それを日本人の考えとか言われても……」
「先にも言っただろう。もう君が知っている『羅生門』は、この世の中から消えたのさ。……君の持っている教科書を開いてごらん?」
疑惑を持ったまま、新一は言われた通りに鞄から現国の教科書を取り出し、『羅生門』のページを開こうとした。
しかし、新一にはそれができなかった。
教科書に記載されていたはずの『羅生門』は綺麗に消えており、代わりに菊池寛の『恩讐の彼方に』へと差し替えられていたからだ。
「ほう。なるほど、面白い。俺の書いた文章が駄文だったからか、教科書に載せるまでもないと文部科学省に判断されたらしい」
幸之輔はひとり満足そうに頷いていたが、奇怪な出来事を体験した新一の背中には、変な汗が噴き出していた。
「……今の気持ちを上手く言葉にすることができないや。……だけど、目の前の文章と、旭くんの言葉は真実なんだよね?」
「そうだ。理解が早いな」
「で、でもさ、俺は文学とかよくわからないけど、これじゃ『羅生門』の良さがなくなっちゃうんじゃないの? 過去の作品を大きく改変することで、何か問題は起きないのかな?」
「問題はあるさ。この改変の代償は必ず回ってくる。だが、それは君が心配することではない。彼女はそのためにいるのだから」
幸之輔の視線がエイミーに移った。視線を投げかけられた彼女は、当然といった素振りで柔らかく微笑んだ。
彼女だけに代償を負わせるということか? 新一は腑に落ちなかったが、第三者の自分が口出しすることでもないと思い再び閉口した。
「……旭くんはさ、こんなすごい力をどうして、俺に教えてくれる気になったの?」
「俺の力ではない。だが理由を強いてあげるなら、知的探究心を持つ人間を拒む理由はないからだ。それに君は頭の回転が遅いが素直で、他人の干渉して欲しくない部分を見極め、身を弁えるスキルを身につけている。俺は一度、第三者からこの実験を見てもらい、屈託のない感想を聞いてみたかったのさ」
新一は幸之輔の回答に胸の奥が熱くなった。幸之輔に認められた気がして嬉しかったのだ。
同時に、また明日からただのクラスメイトに戻るのは嫌だと思った。
「……旭くん。あのさ……俺と、友達になってくれるかな?」
ここで明確に『友達』という関係を結んでいれば、幸之輔の隣にいる口実になる。
そんな打算を働かせて口にしたのだが、
「俺は君と友達にはならない」
幸之輔は新一の望みを一刀両断した。あまりに自然に、間髪容れずに言われた幸之輔の返事に、新一は大きなショックを受けた。
「ど、どうして?」
傷ついた心を悟られないよう平静を装いたかったのだが、新一の声はうろたえていた。やはり、どうしても動揺が隠せそうにない。
「気づいていないのかもしれないが、君は俺を自分と対等の人物として見ていないだろう? どこか俺を上に見て、へりくだっている部分が垣間見える。そんな関係は友人と呼べない。……それに」
幸之輔はコーヒーを啜り、伏し目で言葉を紡いだ。
「君は『どうして?』ばかりを口にして、自分で考えようとはしない。助手としては優秀なのかもしれないが、俺は君と一緒にいて面白いとは思わない」
幸之輔の言葉に、新一は愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
「……そ、そっか……なんか、ごめんね」
幸之輔の顔を見るのが辛かった新一は、ひとり先にマンションを出た。