『……記憶喪失になること、嬉しかった?』
 あの日、映に直球で聞かれて、心底ドキッとした。
 もちろん、嬉しいという感情とは違う。虹奈を忘れて嬉しいなんて、そんなことは絶対にない。
 しかし、罪悪感から解放されるかもという気持ちは……、一瞬でも抱いてしまったから。
 自分の一番汚い部分を突かれてしまった私は、あのときどんな顔をしていたのだろうか。映は、そんな私の反応を見てどう思ったのだろうか。
 虹奈とのことを、誰かに話すつもりなどなかったのに。
 映はすごく……不思議な人だ。その包み込むかのような空気感に、うっかり本音を話してしまいそうになる。
 「おはよ、深青」
 「あ、おはよう。有里」
 「卒アルの仕事大変そうだねー」
 アンケートの項目をスマホのメモ帳に書きだしている私を見て、有里が苦笑をもらしながら隣の席に着く。
 有里の顔を見た瞬間、胸の一部がきゅっと苦しくなった。
 ……昨日、有里があんなに感情的になっているのを、初めて見たから。
 動揺がばれないように、いつも通り取り繕うけれど、頭の中では昨日の姿が再生されてしまう。
 加西君との出来事を忘れたくないと、有里は泣いていた。
 そんなふうに思える人と出会えること自体奇跡なのに、神様は残酷だ。
 ツラそうな二人のことを思うと、今回の事件は本当に許せない気持ちになってくる。
 なにか伝えたくて、でも言葉にできなくて、私は有里の顔をじっと見つめてしまった。有里の目の下が若干赤く腫れていることに気づき、さらに苦しくなる。
 「なに? 深青」
 「有里。なにか話したくなることがあったら……、いつでも言ってね」
 「え……」
 「聞くことしか、できないけど」
 私の唐突な発言に、有里はきょとんとした後、すぐにハッとして目元をこすった。
 「あ、ごめん、目腫れてた? 化粧で誤魔化しきれなかったか」あはは、と笑いながら目元を手で隠す有里。
 私は笑うことなく、じっと黙ってそんな有里を見守る。
 ツラくない訳がない。こんな状況、大切な人がいればいるほどツラい。
 「……落ち着く。深青の、周りに流されないところ」
 有里の言葉を待っていると、彼女はぼそっとそんなことをつぶやいた。
 私はふるふると首を横に振って、否定する。
 「そんなことないよ。顔に出にくいだけで」
 「ううん、落ち着く」
 有里は少しだけ目を細めて、穏やかな笑みを私に向けてくれた。
 その笑顔を見て、よく虹奈にも同じようなことを言われていたのを思い出した。
 『深青といると落ち着く』
 虹奈の明るい声が、太陽のような笑顔と一緒に頭の中に流れ込んでくる。
 ねぇ、虹奈。私は、虹奈とのあの出来事を忘れて、生きていっていいのかな。ずるい私は、過去と向き合うことが、一番怖いよ。
 今回の事件で、有里を含め皆、現実と向き合うために必死になっているというのに。
 私は、落ち着いているわけではない。ただ、見たくないものからずっと逃げているだけだ。
 「出席取るぞ、席に着いてー」
 野尻先生が教室内に入って来て、生徒たちはぞろぞろと席に着く。
 あの事件が起きてから学校の周りには取材陣がずっと張り込んでいて、教師たちも対応に追われているのか、本当に忙しそうだ。
 「……黒木は今日も休みか。今日は他にも何人か休んでそうだな」
 少しやつれた印象の野尻先生が、空いた席を眺めて寂し気につぶやく。
 とくに取り乱していた黒木さんは、朝のホームルームが終わった直後に学校から飛び出していて、あれから一度もこの教室に来ていない。
 話したことはなかったけれど、クールな雰囲気の彼女が泣きそうになっていたことがすごく印象的で、忘れられない。
 記憶が失われると分かってから、クラスメイトたちの動きには大きく変化があった。クラスメイトに会うために学校に来る人、遠くにいる大切な人と会うために学校を
 休む人、現実を受け入れられず学校を休まざるを得ない人、ただ傍観している人……。
 ガラッと空気が変わってしまった教室で、私たちは未知の恐怖に怯えている。
 「卒業式までの一カ月間をどう過ごすは、君たち本人に権利がある」
 お葬式のような空気感が漂う中、野尻先生はきっぱりとそう言い切った。
 なにもできないことを不甲斐なく思っていることは、野尻先生の疲労感から十分に伝わってくる。
 「先生は、君たちのことを絶対に忘れない。君たちの分まで……、覚えておくから。
 卒業後も、なにかあったらいつでも来ていいから」
 その言葉を聞いて、何人かの生徒がすすり泣きだしてしまった。
 私たちがここに存在したこと。その事実が消えるわけはない。
 頭では分かっているけれど、私たちはそう簡単には、前に進めそうにない。
 でも、こうして悩む時間にさえ、限りがあるのだ。
 もういい加減、向き合わなければ、ならない。
 有里の葛藤や、クラスメイトの涙を目の前にして、私は過去を振り返る覚悟を決めた。
 ひとつひとつ、手に取るように、大切に。

 〇

 ――八年前、夏。
 虹奈を一言で表すとしたら、名前の通りカラフルな女の子だった。
 なにもかも正反対な私たちは、周りから見ても不思議なバランスで仲が良かった。
 「見て見て深青! 髪可愛いでしょ」
 「え……、それウィッグ?」
 その日、私の家のドアを勢いよく開けて現れた虹奈は、いつも以上に輝いて見えた。黒いロングヘアをチョコレートっぽい茶色に変えた虹奈を見て、私は思いきり驚く。
 小学四年生とは思えない、モデルのような艶々とした髪の毛から目が離せない。
 「ウィッグじゃないよ、染めたの」
 「え、染めたの……? お母さんいいって言ったの?」
 「うん。夏休みの間ならいいって」
 すごい。さすが虹奈のお母さん、美容師なだけあってオシャレに寛容だ。
 まだ衝撃を受けている私の横をすり抜け、虹奈は慣れた様子で私の部屋まで入り、
 丸い大きなクッションに体を預けた。
 「はー、いつ来ても広くて綺麗。深青ママすごい」
 紺色のワンピースから長い手足を投げだして、大きくて丸い瞳を白い天井に向けている虹奈は、完全にリラックスした様子だ。
 同じ団地に住んでいるけれど、部屋によって間取りや広さが全く違うらしく、虹奈はいつも母親が趣味で集めた北欧家具に囲まれたうちの部屋を褒める。
 虹奈の家は母子家庭で、両親はずいぶん前に離婚したようだ。母親は仕事で常に忙しいらしく、部屋の中はいつもめちゃくちゃだと言う。
 「ねぇー虹奈、アイス食べる?」
 「食べる! ぶどう味ある?」
 冷凍庫にいつも常備されている細長いアイスキャンディーを出して、虹奈にはぶどう味を渡した。
 クーラーの温度を一度下げて、私たちは同じクッションにもたれかかりアイスを頬張る。
 「今日虹乃ちゃんは?」
 「なんか友達ん家遊びに行ってる」
 「そっかあ、最近来ないね」
 一年前までは虹奈の妹の虹乃ちゃんもよく家に遊びに来ていたけれど、最近は全く遊びに来なくなってしまった。
 妹想いの虹奈は少し寂しそうだけれど、お年頃ってやつなのかもしれない。
 「そういや、新しい深青ん家いつできるんだっけ?」
 「まだまだだよー。中学上がる頃じゃないかな。なんか父親のこだわりでお願いしたい建築家がいるらしくて、その人のスケジュール待ちなの」
 「なにそれ楽しみー。絶対遊びに行く」
 虹奈との出会いは今から二年前の、小学二年生の時だった。
 父親が地元の建設会社を継ぐことになり、神奈川から父親の地元である静岡にやってきた私たち家族は、一軒家が建つまでの仮住まいとしてこの団地を選んだ。
 急に生活圏が変わり、あのときは本当に不安な気持ちでいっぱいになっていた。
 どぎまぎしながら両隣の部屋に挨拶をしに行ったときのことも、よく覚えている。
 『鍵谷虹奈です、年いくつ?』
 右隣に住んでいた虹奈は、初対面のときも明るく笑いかけてくれた。
 あの時も虹奈の母親は仕事でいなくて、虹乃ちゃんと二人でお留守番をしていると
 ころだったのだ。
 『えー、同い年じゃん! 一緒に学校行こ』
 当初から虹奈はとにかく笑顔が印象的な女の子で、眩しかった。
 あまり知らない土地で気負いしていたけれど、虹奈の太陽みたいな笑顔のお陰で不安が弾け飛んだ。
 私とは、全く違うタイプのおしゃれで可愛い女の子。
 でも、なんだか仲良くなれそうな気がする。
 そんな風に感じたのは、虹奈の笑顔がとても優しくて自然だったからだ。
 「ねぇ、そういや深青、〝アンジュ〟って雑誌知ってる?」「あー、いとこのお姉ちゃんが読んでたかも。なんで?」
 「なんか先週、そこのオーディション受けたんだよね」
 アイスの棒を唇に当てながら、虹奈はサラッとそんなことを言ってのけた。
 驚いた私はクッションから起き上がり、「え!」と大きな声を出す。
 「うちのお母さん謎に東京好きじゃん? この前も虹乃と一緒に連れられて買い物に行ったの。そしたらスカウトされた」
 「そんなこと本当にあるんだ……」まさかこんなに身近な人が芸能界に誘われているなんて……と驚いた。
 でも、虹奈はそんなに気乗りしていない様子だ。
 その反応は、私にとって意外なものだった。だって虹奈は、洋服が大好きでいつもおしゃれだから、将来はモデルになりたいものだと思い込んでいた。
 「虹奈、モデルには興味ないんだ?」
 直球で問いかけると、虹奈は「うーん」と唸りながら長い足を動かして胡坐をかく。
 「私、服を作る人になりたいんだよねぇ」
 「え、そうなんだ」
 「まあ、なれるか分からないけど。ミシンなんて家庭科の授業でしか触ったことないし!」
 初めて聞いた虹奈の夢。
 虹奈は照れくさそうに笑っているけれど、デザイナーの仕事も、虹奈に似合っていると思った。
 そういえば将来なにになりたいとか、改めて未来のことを語ったことはない。
 虹奈がひっそり思い描いていることを教えてくれて、少し嬉しい気持ちになった。
 「オーディションもさ、なんか大人にじろじろ見られて、正直怖かった」
 「そっか……」
 「でもお母さんは昔モデルやってたからさー。あ、チラシに超ちっさく載るくらいのね。雑誌モデルは結婚を機に諦めた夢らしくて」
 たしかに虹奈の母親は美人で、虹奈によく似ている。
 スラッと背が高くて目立つから、初めて虹奈の母親に会ったときは驚いた。
 「虹奈ママは、虹奈にモデルになってほしいんだ」
 「ねー、そうみたい。お金ないのに急に服とか買い込み始めてる」
 「服は好きだから嬉しいでしょ?」
 「全然。私の趣味じゃないの! 自分で選んだ服捨てられちゃったから、これしか着れるもんないんだよ。ひどくない?」
 「えー、あのハンバーガー柄のジャンパーとかも?」
 「そう! あれ古着屋で見つけてお気に入りだったのに!」両膝を拳で叩きながら、息巻いている虹奈。
 虹奈はいつも蛍光色が使われた服や、ボーイッシュな服を着ていることが多かった。服を捨てられたことが相当ショックだったんだ。
 少しかわいそうに思いながらも、虹奈の母親ならやりかねないかも……と心の中で思った。
 虹奈にとって母親の言うことは絶対で、母親の突然の行動にいつも振り回されていることは知っていたから。
 「やっぱり深青といると落ち着くなー」
 ひとしきり話し終えた深青が、またしみじみそうつぶやく。
 「虹奈、いつもそれ言うよね」
 「親といるより落ち着く」
 「なにそれ」
 虹奈は私に気を遣わない。だから、私も虹奈に気を遣わない。
 たまに喧嘩もするけど、お互い以外に友達がいないので仲直りをするしかない。そんな感じで、のらりくらり仲良くやってきた。
 「そう言えば話変わるけどー。深青、今日ありさ達に服ダサいとか陰口言われてたでしょ」
 「え……、なんで知ってるの」
 突然そんな話題を振られてギクッとする。
 虹奈と一緒にいないとき、最近なぜかクラスの女子に攻撃されやすい。
 恐らく、本当は皆、おしゃれでかっこいい虹奈と仲良くしたいんだと思う。
 それなのに、虹奈はいつも地味な私のそばにいるから、面白くないんだろう。
 「おめーのがダサいんだよって言って、泣かせてやったから。ざまーみろ」
 「えっ、なにしてるの⁉ そんなことしたらまた浮いちゃうよ!」虹奈のとんでもない発言に、私は思わず声を荒らげてしまった。
 「いいんだよ。人の外見ディスるやつは最底辺なんだから、ディスり返して」
 「そういう問題じゃ……。ありさちゃんに目つけられたら終わるよ……」
 「えー、ありさに嫌われたくらいで、なにが終わんの?」
 げんなりしている私に向かって、虹奈は堂々とそう言い放った。
 自分が納得いかないことがあったとき、虹奈はとにかく無茶苦茶だ。
 解決の仕方には問題があるけれど、虹奈はいつも私の味方をしてくれる。
 だから私も、なにがあっても虹奈の味方でいなければならないと思う。
 「ていうか私も、元々ありさにはムカついてたから、すっきりした」
 「え、なにか言われてたの……?」
 「お父さんいないのかわいそうって。あー今思い出してもムカつくー」
 「そんなこと言われたの⁉」怒りで大声をあげる私を見て、今度は虹奈が目を見開く。
 本気で怒っている私を見て、なぜか虹奈は嬉しそうに目を細めている。それから、自分の顔を指さして、首を傾げた。
 「私、かわいそう?」
 「全然」
 「ふふ」
 「そんな性格のありさがかわいそう」
 「ふふふ」
 また即答する私に、虹奈はもっと嬉しそうに笑う。
 その日私たちは、日が暮れるまでありさちゃんの悪口を言いながら過ごした。
 私たちはまるで、双子のように毎日一緒に過ごし、自分事のように日々の喜怒哀楽を分かち合っていた。
 でも、その関係性は、虹奈が動画アップを始めた小学六年生から徐々に崩れ始めていった。それも、まったく知らない第三者のせいで。
 「虹奈……、なんで勝手に私も映ってる動画、SNSにあげたの?」
 学校からの帰り道に、私は真剣な顔で虹奈を問い詰める。
 人通りの少ない路地で、私たちは数秒無言で見つめ合った。
 本当に雑誌のオーディションに受かった虹奈は、キッズモデルとして活動を始めていた。
 その後、虹奈は母親に言われてSNSのアカウントを開設し、動画編集のセンスを発揮させ、公式インフルエンサーになったのだ。
 「えーごめん、あの動画ダメだった?」
 「動画には出たくないって言ったじゃん」
 「ごめんごめん、すぐ消すよ」
 こうして一緒に自宅へ帰ることは変わっていないけれど、虹奈は随分と大人っぽくなった。
 高校生にも見間違えるほどぐんと背も伸びて、顔もどんどん垢ぬけている。
 虹奈を遠巻きに見ていた生徒たちは手の平返しで虹奈と仲良くしたがり、さっきも帰りがけに下級生のファンの女の子から手紙を渡されていた。
 そんな光景を目の当たりにして、私はどんどん萎縮してしまっている。
 もしかしたら、虹奈はもっと別の子と仲良くした方が楽しいのかも……と。そんなことを思っている矢先に起きた出来事だった。
 昨夜、虹奈が勝手に私が映っている動画をあげたのだ。
 虹奈は『私の親友です』と、後ろで漫画を読んでいる私を勝手に映していた。
 それによって私は傷ついていた。正しくは、虹奈のファンたちに傷つけられていた。
 その動画に寄せられたコメントのせいで。
 【え意外な友達……笑】
 【ニナはカースト関係なく誰とでも仲良さそうだよね】
 【この二人が仲いいの想像つかないんだけどww】 
 傍から見たら、そんなに酷いコメントではないだろう。
 だけど、見知らぬ人たちからのコメントによって、容姿を判断されているような気がして、ショックだった。
 やっぱり私は、虹奈には釣り合わないのだと。
 隣にいるには違和感があるのだと……思い知らされてしまったから。
 「ほんとごめん……。家に着いたらすぐ消すよ。そんなに嫌がると思わなかった」私が本気で怒っていることを察したのか、虹奈が不安げな顔で立ち止まった。
 「もう次は本当に嫌だからね」
 「ごめんってー、怒んないで」
 私が許すモードに入ったことを理解すると、虹奈は心底ほっとしたような表情を見せてから、腕に抱きついてきた。
 虹奈を憎むことはできない。だって、虹奈はなにも悪くない。
 頭では分かっているけれど、ここ最近虹奈の隣にいると胸がザワザワして落ち着かないのだ。
 全く知らない他人によって、今まで虹奈に抱いたことのない嫉妬や劣等感を刺激されることが、とにかく嫌だった。
 ……自分のことが、嫌いになりそうで。
 「お姉ちゃん、深青ちゃん、喧嘩?」
 「あ、虹乃。おかえりー。喧嘩じゃないよ、仲直りしたし」
 「やっぱ喧嘩じゃん」
 団地の中庭で立ち止まっている私たちの背後から、少し低めの声が聞こえた。
 振り返るとそこには、同じようにランドセルを背負った虹乃ちゃんがいた。
 虹乃ちゃんは最近、肩より少し上くらいのおかっぱスタイルになった。
 ファッションには興味がないようで、休日に会ってもいつも同じようなシンプルなトレーナーを着ている。
 「深青ちゃん、お家もうすぐできるの?」
 虹乃ちゃんに問いかけられて、私はこくんと頷いた。久々に話しかけられたから、少し緊張する。虹乃ちゃんは年下だけど、大人っぽい雰囲気を醸しだしているから。
 「来年の春、中学に上がると同時に引っ越しかな」
 「そーなんだ。中学は私立受けるかもなんだっけ? おばちゃんから聞いた」
 「それは、受かったらの話だよ」
 「お姉ちゃん寂しくて泣いちゃうんじゃない」
 虹乃ちゃんに煽られて、虹奈は「泣くわけないじゃん」と強がっている。
 引っ越しと言ったって、ここから車で十分ほど離れた場所に移動するだけだ。
 「ねぇ深青ちゃん、中学生になってもお姉ちゃんと仲良くしてくれる?」
 「え……」
 「お姉ちゃん、ほんとに友達いないからさ」
 真っ直ぐな瞳で問いかけられ、私はすぐに言葉を返すことができなかった。
 虹奈から距離を置こうとしていることを、見透かされている気がして。
 「うん、虹奈が暴走しなければ」
 「ちょっと、それどういう意味ー?」
 「あはは、そのまんまの意味だし」
 虹奈のツッコミを笑いながら、なんとか誤魔化す。虹乃ちゃんの顔は見られない。少しずつ歪な友情になっていることを、まだ誰にも悟られたくない。
 全てが普通で得意なことがなにもない私にとって、虹奈はあまりに眩しかった。
 無個性な自分の存在を、隣にいるだけで簡単に打ち消してしまうほど。