入院しても、僕達は相変わらず病室で出来るやりたいことを沢山した。

「はぁー!今日も楽しかったー!じゃあ、また来るわね!」
「僕も楽しかった。また待ってる」

 一葉が病室を出て行った直後、身体に違和感を感じた。いつもより苦しい。僕はすぐに山川先生に相談をして、検査を行ってもらった。

「瑞樹くん、正直、もういつ亡くなってもおかしくない。全力は尽くすが、心残りがないように毎日を過ごしてほしい」

 その言葉を聞いて、僕はどんな顔をしていただろうか。季節はもう冬に差し掛かっている。あの余命宣告からもうすぐ一年だ。分かっていたことだろう?
 でも、なんでかな。余命宣告された日より今の方がずっとこの世界が名残惜しいんだ。

「一葉がこの世界を天国に変えてくれたおかげだな」

 大切な人に素直な言葉を伝えられるようになった。勇気の出し方ももう知っている。だから、最後にちゃんと君に素直な気持ちを伝えよう。
 僕はすぐに携帯を開き、一葉に病状の悪化について送った。もう、いつ死んでもおかしくないことも。一葉はすぐに僕の病室に慌ててやって来た。

「瑞樹!大丈夫なの!?」
「今はもう落ち着いたよ。それでも、もう本当にいつ死んでもおかしくない」
「そんな……」

 いつも悲しい顔をしてもすぐに笑顔を作る一葉が、今日は苦しい表情をしたままだった。

「一葉、こっちに来て」

 僕は一葉にベッドの隣まで来て貰い、一葉の手を握った。

「ねぇ、一葉。聞いて。僕達が死んだあの日から、僕は楽しくて仕方ないんだ。本当の天国より今の天国の方がずっと楽しいんじゃないかと思うくらい。それも、全て一葉のおかげ」

 一葉の頬には涙が伝っていた。ポロポロと涙が溢れていく一葉に僕はそっと笑いかけた。

「ずっと考えていたんだ。一葉は僕といて幸せだったのかなって。これからのことを考えると、僕と出会わない方が幸せだったんじゃないかって」
「そんなわけない……!」
「うん、僕もやっと僕が間違っていたことに気づいた。だって、一葉はいつも僕に言ってくれていた。とっても楽しいって。私は幸せだって。だから、きっと僕が言う言葉は多分こっちが正解」
「……?」


「僕も本当に幸せ。本当に本当に幸せで、この天国にずっといたいくらい」


 一葉はもう嗚咽を上げながら、泣いていた。

「一葉、僕は一葉に会うまでこの世界を終わらせたかった。あの日、あの柵を超えるくらい。その僕が、もっとこの天国にいたいって考えているんだよ?それがどれだけの奇跡なのか、一葉に伝わってるかな?」

 僕は握っていた一葉の手を両手で包み込む。

「死ぬのが名残惜しいなんて思う日が来るなんて、想像もつかなかった。だから、素直に言うよ」

 僕は一葉にもう一度笑いかける。

「あーあ、もっと一葉と一緒にいたかったっ!もっと一葉と一緒に沢山の楽しいことをしたかった!もっと一葉の色んな表情を見たかった!……っ……もっと……!もっと、一葉を幸せにしたかったっ!」


 あれおかしいな。僕は一葉に笑いかけていたはずなのに、視界が霞んで声が震える。やっぱり、僕の身体はだめだなぁ。でも、あとちょっと。あと、もうちょっとなんだ。この言葉だけを最後に言わせてくれ。


「だから、どうかこれからもずっと幸せでいて」


 ねぇ、君にちゃんと伝わったかな?本当に君を愛しているんだよ。一葉に感謝しているんだよ。

 一葉が声を絞り出すように吐き出す。

「馬鹿っ……!馬鹿っ……!」

「一葉、僕は一葉より先に本当の天国に行く。それでも、一葉のこの世界での人生は続いて行くんだ。だから、一葉。楽しいことをいっぱいして、着たい服を着て、少しでも多く楽しい日々を過ごして。この世界で一番幸せな人になって。きっと一葉なら大丈夫。だって、一葉は世界を天国に変える力を持っているんだから」

 一葉は、泣きながらもなんとか言葉を絞り出し続ける。

「馬鹿!私の心配なんてしなくていいの!私は勝手に幸せに生きるもの。だって……だって……!」

 一葉が涙のいっぱい溜まった目で僕を見る。


「瑞樹が私に希望をくれたから……!」


 君はこの世界を天国に変えた僕の神様。それでも、僕も君にとって希望になれていたのだろうか。
 もしそうだったら、嬉しいなぁ。だって、それがきっと僕がこの天国で過ごした証だから。
 一葉は頑張って笑顔を作り、僕の手を握り返す。

「私たちは、世界で一番幸せよ……!」

 その言葉が聞けたなら、もう後悔はない。だって、「私」じゃなく「私たち」。僕を含んでくれたんだ。
 さぁ、飛び立とうか。本当の天国へ。