春のぽかぽかとした空気は、私の一番お気に入りの季節を、もっと好きにさせてくる。
いや、違うのか。この暖かい陽気が好きだから、春を好きになったのか——って、あれ? どっちが最初だか分かんなくなっちゃった。
名前には「夏」が入っているのに、春が一番好きだなんて言ったら、きっとお母さんは呆れるだろう。ま、でもこの世界のお母さんは、私の言葉に気の利いた反応をしてくれることはないから、全部私の想像なんだけれど。みんな、学校で出会う人以外はNPCなんだし。
くだらないことを考えながら、私はふと、今日出会った男の子のことを思い出した。
春風が運んできてくれた、新しい友達。
名前は真田春樹くん。
彼の名前に「春」が入っていることを知って、私はとても嬉しかった。単純に春が好きだとういのもあるし、夏海という私の名前の「夏」と隣り合わせにある春が、憧れていた春が、近くに来てくれたみたいだったから。
週明けには理沙ちゃんや龍介と一緒に、春樹くんに学校を案内しようと計画している。理沙ちゃんがこの世界に来た時も同じことをした。龍介は、私と同時にこの世界にやって来た、いわゆる同期というやつだ。だから一番付き合いが長いのは龍介なんだけれど、龍介は理沙ちゃんのことが気になっているみたいだ。本人に言われたわけじゃないけれど、なんとなく見てれば分かる。
私にとって龍介は、兄弟みたいな存在だ。何も隠すことがなく、いつも気軽に話しかけられる。お互いの悩み相談だって、もう何度もやっていて。龍介はいびきがうるさくて人知れず悩んでいるということを知って、ちょっとおかしくて笑ってしまったこともある。そういうとき龍介は決まって、「夏海の天然の方が重症だよ!」と言って茶化してくるのだ。
確かに私は他人から天然だと言われることが多い。
うっかり場にそぐわない返答をしてしまったり、いっつもへらへら笑ってたりしているのが原因なんだろう。でも治らないんだよねえ。どうしても、みんなの笑顔の源でいたいという欲求が止められないから。私の発言で、みんなが笑う。その光景が、この世界でなによりも好きだった。
理沙ちゃんは一番仲が良い友達。初めて理沙ちゃんがディーンにやって来た時、全然心を開いてくれなくて、仲良くなるまでにとても苦労したのを覚えている。
「ねえねえ、何の本読んでるの?」
「ディーン高校のこと、教えるよ!」
「理沙ちゃん、今日のお弁当美味しそうだね」
私がいくら話しかけても、理沙ちゃんはむすっとしていて、全然笑ってくれないんだもん。
でも私だけじゃなくて、他の誰にも心を開いていない様子を見て、私はもっと頑張ろうって思えたんだっけ。
「理沙ちゃん、ゆっくりでいいよ。ちょっとずつでいいよ。私は、理沙ちゃんのこと待ってるから。理沙ちゃんと友達になりたいと思ってるから」
ある日の放課後、帰り際にいつものように窓の外を見て黄昏ていた理沙ちゃんにそう声をかけると、理沙ちゃんははっと私の方を見た。
栗色のさらさらとした髪の毛が窓から吹き込んできた風に揺れて、どうしてか潤んだ瞳がとっても綺麗だった。きっと理沙ちゃんにも、この世界に来るまでに壮絶な人生があったんだ。ここにくる人間はみんな、何かしら心に悩みを抱えていたり、傷ついていたりすることが多い。だから誰かに心を開くのに時間がかかるのは当たり前だと分かっていた。
「……ありがとう。いつも、声かけてくれて」
理沙ちゃんの、優しい優しい答えが、私の心を溶かしていく。
無駄じゃなかったんだ、と思った。
理沙ちゃんと仲良くなりたくて一生懸命話しかけた日々は、決して無駄ではなかった。
理沙ちゃんが小さな少女のように控えめにはにかむと、私はいよいよ嬉しくなって、自分の方が満面の笑みを浮かべてしまっていた。
「ううん! 一方的に話しかけてごめん。よかったら明日、一緒に遊ぼうよ」
私の提案に、理沙ちゃんは「うん」と大きく頷いてくれた。よかったあ。心から嬉しくて、思わずその場でぴょんぴょん飛び跳ねると、理沙ちゃんは「うさぎみたい」とくすくす笑い出したんだっけ。
それからというもの、私たちは常に一緒に行動をすることになった。龍介も理沙ちゃんと打ち解けたようで、二人はいつも小さなことで言い合いをしている。理沙ちゃんは龍介と話していると、鋭いツッコミとか姉御肌っぽい発言が多くなる。それが、本当の理沙ちゃんなんだろう。龍介のあっけらかんとした性格が、彼女に合っているのかもしれない。理沙ちゃんが素を出してくれたことが、私にとってはとても嬉しかった。
私たちは三人でディーン高校での生活を楽しんでいた。
もちろん、時折別のクラスメイトと話をすることもあるけれど、みんな私たちのように仲良しのグループがいる。だから、普通の高校のクラスと同じように、仲の良い友達とばかりつるんでいた。
そうだ、ここは普通の高校なんだ。
授業を受けて、昼休みに友達と駄弁り、放課後にはカラオケやゲームセンターなんかに行く。テストだってあるし、毎日の課題はちょっと面倒。でも、私が経験したかった普通の高校生活が送れるのなら、これほど嬉しいことはない。
この世界に存在している、二種類の人間について、何も考えようとしなければ、の話だけれど——。