『どういうこと?』
彼の目が不安気に揺れる。私は深呼吸をして、続きを紡いでいく。
「アナグラムって知ってる?」
『……ミステリー小説で出てくるような仕掛けか』
「うん。よく知ってるね」
アナグラム——ある言葉や単語の文字を並べ替えることによって、別の意味を持つ言葉をつくること。『Dean Earth』も、そんなアナグラムの一つだ。
「『Dean Earth』を並び替えて『Near Death』——つまり、臨死。この世界はね、死に瀕しているあなたたちを救うためにつくられた世界なの」
春樹くんの瞳が大きく見開かれる。
『それって、どういう……』
「文字通りだよ、春樹くん。春樹くんはまだ死んでいない。死にそうだけれど、本当は死んでなんかいない。だから生きたいと願いさえすれば、現実世界に戻れるの。でもその前に、あなたの声を取り戻しておかないとダメだね。この世界で声を失ったままだと、現実世界でも声が出ないままだと思うから」
春樹くんや理沙ちゃんは、現実世界で自ら命を絶ったのだと思い込んでいるけれど、それは間違いだ。本当は彼らはまだ死んでいない。でも、限りなく死に近づいてはいる。そんな人間たちを集めて、私たちは彼らにもう一度生きてほしいと思ってもらうために、この世界で彼らに関わっていたのだ。
自分たちは生まれてくることができなかったから。
本当は生きたいと思っていたのに、生を受けることができなくて、悔しかった。
そのやるせない気持ちが行き場を失い、彼のような自殺未遂をした人間に、願いを託そうとしたのだ。
そんな大事なことに、今までずっと気がつかなかったなんて。
『取り戻すって、どうやって? まさか……』
真実に気がついた様子の春樹くんが、私の手をぎゅっと握りしめる。
「大丈夫。春樹くんが思ってることとは違うよ。だってこの世界をつくったのは私たちなんだもの。あなたの声を元に戻すことぐらい、簡単にできるって」
『そうなんだ。それなら、嬉しい……』
ごめんね春樹くん。
私、嘘をついたよ。
私たち生まれてこられなかった方の人間も、この世界のルールには絶対従わなくちゃいけない。だから私は最後までちゃんと、任務を遂行するって決めたんだ。
「春樹くん、私と出会ってくれてありがとう」
最後に裏切るようなことしてごめんね。
「夢を応援してくれてありがとう」
春樹くんのおかげで、私は前向きでいられたんだよ。
「いつか現実世界に戻ったら幸せになってね」
いやだ、別れたくない。寂しい。でも、春樹くんは現実世界の人で、私は生まれてこられなかった魂だから。
きみの幸せだけを願おう。
「私を好きになってくれてありがとう」
春樹くんの顔に、切なさと、喜びが滲むような笑みが広がる。
良かった。私の話、信じてくれたみたい。
私がこの世界の創造主として力を発揮して、春樹くんの声を取り戻す。
そしてまた四人で楽しい毎日を送る。
この嘘の向こう側にある幻想的な夢を、少しの間でも春樹くんに見せられたならそれでいい。そうだ。理沙ちゃんと、好き同士になって。二人でたくさん恋をしてくれたら、私は嬉しい。
……いや、やっぱりちょっと悔しいけれど。でも、大好きな親友と結ばれるのなら、本望だ。
そしていつか、春樹くんがもう一度現実世界で生きたいと願ってくれさえすれば、現実世界で死の危機から脱することができる。理沙ちゃんも一緒に現実世界に戻れるだろう。龍介にはちょっと、申し訳ないけれど——優しい彼なら分かってくれるはず。そういうふうにつくられた世界なのだ。
私は春樹くんに自分の正体を話してしまったから、罰として大切な命を失う。それで、整合性は保たれるはずだ。
ね、そうでしょ神様。
春樹くんが現実世界で幸せに生きられるようになるために、最後までやり遂げるよ——。