海夕駅に辿り着くと、すでに春樹くんが改札の前で待っていた。
 十月になり、秋の深まりを感じさせるこの季節にもかかわらず、彼は半袖のシャツを着ていた。それに、背中に大きなものを背負っている。一目でギターだと分かった。何をするつもりなんだろう。
 私はアイボリーのカーディガンに、深緑色のティアードスカードという、ちょっと大人な出立ちだ。春樹くんに、最後まで可愛い女の子だと思って欲しい。その一心で選んだ服だった。
 春樹くんが私の姿を認めて右手を上げる。私は、「こんにちは」と笑顔を浮かべる。本当は、とても緊張していて頬がこわばっていた。春樹くんと面と向かって話すのはいつぶりだろう。もしかしたら、綺麗に笑えていなくて、表情が引き攣っていたかもしれない。ダメだ。最初から考えすぎて頭が沸騰しそう……!

『夏海、落ち着いて』

 私の頭の中を覗いているかのようなコメントに、私は慌てて口を手で押さえた。もしかして私、口に出てた……?

「は、春樹くん、ごめん。久しぶりにちゃんと会えて、心がびっくりしたみたい……」

 教室では顔を合わせることはあっても、最近は視線を交わすことも、会話をすることもなくなっていた。だから、こうして彼と対峙しているだけで、嬉しさと緊張で胸が張り裂けそうだよ……。

『そっか。今まで、夏海のこと避けててごめん。僕も今、緊張してる。でも今日は、夏海とちゃんと向き合いたいって思ってるから』

 スマホの画面に浮かび上がる彼の素直な気持ちに、私は一気に緊張が弛緩していくのが分かった。
 ああ、春樹くんだ。
 私の大好きな彼が今、私の目の前にいる。
 それってとっても幸せなことだ……。

「ありがとう。今日はよろしくお願いします」

 私は彼にちょこんと頭を下げた。夕方五時、沈みかけた夕陽が視界を熱く燃やしていく。夕方のデート。彼と、最初で最後のデートだ。

『うん。ゆっくり話せるところに行こう』

 私がコックリと頷くと、春樹くんは港の方へと歩き出した。花火大会で花火が上がっていた港だ。確かにあそこなら、春樹くんと本音で話し合える気がする。ギターケースが春樹くんの服を擦れる音が一定のリズムを刻んでいた。
 夕暮れ時の街は、幸せそうに手を繋ぐカップルや、買い物帰りの親子連れで溢れていて、久しぶりに新鮮な心地にさせられた。あの人たちがみんな、NPCだなんて考えられない。
​​このディーナスの世界が、いかに現実世界に忠実に再現されているのか、肌で感じる。
 春樹くんは道中、私に話しかけることなく黙々と歩いていた。話しかけたくても、わざわざスマホにメッセージを打ち込まなくちゃいけないから、面倒なのかもしれない。
 春樹くん、大丈夫だよ。
 あなたの声はもうすぐ元に戻るから。
 だから今日は最後まで、あなたの隣にいさせてね——。

 バサバサっと、鳥が一気に羽ばたいていく音がした。髪の毛が海風に靡いて、今自分が港にいることに気づいた。考え事をしていて、周りの風景を見ていなかった。たまにこういうことがあるから、理沙ちゃんに「ぼうっとしないでよね」って小言を言われる。でも、そんな彼女とも、もう会えなくなるんだな……。
 感傷的な気分に浸っているところで、春樹くんが私の手を取り、あっち、と口パクをして港の前にある公園を指差した。芝生の上に椅子が置かれているだけの本当に小さな公園だ。散歩中の休憩場所としてはもってこいの場所に、私たちは腰を下ろした。
 海側を向いて椅子に座っているので、潮風が顔中にまとわりつく。でも、そんなことより、私は春樹くんの隣に座っていることを実感して、心臓がやっぱりドクドクと脈打つのを感じた。
 春樹くんはスマホで言葉を打ち始める。私は、隣で一生懸命指を動かす彼の吐息にじっと耳を澄ませていた。
 やがて文章を打ち終えた彼が、私のLINEにメッセージを送った。