「……聞いて夏海。私が告白に失敗することは、最初から織り込み済みだった。あんなもん、無理だよ。だって春樹の気持ちは、バレバレなんだもの。自分から玉砕しにいったんだよ」
泣き笑いのような表情を浮かべる理沙ちゃんの顔を直視できなくて、私は彼女から視線をそらした。
「どうして……? どうしてそんなこと」
振られると分かっているのなら、どうして自ら傷つきにいくようなことが、できるの?
私は知りたかった。彼女の中の何が、そこまでの行動に駆り立てているのか。知らなくちゃいけない。そのために、理沙ちゃんだって今日私を呼び出したはずだから。
「それは、あいつの気持ちを確かめるため」
理沙ちゃんが、「ねえ」と私の頬に両手を添えた。私は、俯くこともできずに再び彼女と視線を交差させる。理沙ちゃんは逃げない。私みたいに、目を逸らしたりしない。
「春樹くんの、気持ち……?」
「ええ。あのね、夏海。一回しか言わないからよく聞いて」
理沙ちゃんがそこでいったん間を置いて、大きく息を吐いた。
「春樹が好きなのは、夏海だよ。春樹が今一番大切で、失いたくないものは、あなたよ」
ああ、ダメだな、私。
そんなの……そんなの、薄々気づいていたはずなのに。
気づいていながら、その事実を認めてしまえば、私は身動きがとれなくなると、思って。私が春樹くんにとって「大切な存在」であることは、とても嬉しい。いや、すごく。すっっごく嬉しい。もし現実世界で彼に恋をしていたなら、きっと私たちの間に障害は何もない。真っ直ぐに、彼の胸に飛び込んだだろう。
でもここは、『Dean Earth』という特殊な世界だ。
私が彼の想いに応えれば、きっと彼の声はもう二度と元に戻らない。
その事実を嫌でも思い知らされた私は、前歯で唇を噛み締めていた。血の味が口の中に広がる。この痛みも苦味も、春樹くんの心の痛みだ。彼のことが好きなのに、両想いだと分かったのに、私の存在は春樹くんを傷つけるだけだ。なんて……なんて、残酷なんだろう。
「夏海大丈夫……?」
心ここにあらずの状態になった私を、心配そうな顔をした理沙ちゃんが覗き込む。
「……うん、大丈夫」
嘘だ。絶対に大丈夫なんかじゃない。
でも、強がりでも言わないと、私はたぶん、今この場に立っていられなくなるだろう。
理沙ちゃんがふうと深く息を吐く音が、廊下いっぱいに響き渡るように聞こえた。
「ごめん、私が余計なことを言ったのかもしれない。でもね、遅かれ早かれ分かることだった。私、夏海には春樹の気持ちを知った上で、一番納得する答えを選んでほしいと思ってるんだ。……私を振った彼が想ってる夏海なら、きっと大丈夫だって、信じてるから」
理沙ちゃんの声は、いつになく大きく震えていた。
いつも姉御肌で私を支えてくれていた彼女。
私が馬鹿なことを言っても、笑ってつっこんでくれて、龍介とも仲良くしてくれた。
辛くても、天真爛漫なフリをしてしまう私の「大丈夫じゃない」心に気づいて、寄り添ってくれるのは彼女だった。
そうだ。理沙ちゃんだって、傷ついているんだ……。
大好きな人に振られ、その人が親友を好きだと知って。
その上、大好きな人の声を、自分の力では取り戻せないのだと思い知らされて。
理沙ちゃんの無念さを思えば、私はなんて幸せ者なんだろう。
だって、好きな人に好きだと思ってもらえているのだから。
たとえそれがどんな状況だって、ディーナスなんていうおかしな世界の出来事だって、私は嬉しい。嬉しいと、思ってしまう。
「ごめん、理沙ちゃん」
私は彼女に頭を下げる。私が、理沙ちゃんの想いを踏み躙って、春樹くんを好きでいること。大切な友達を裏切るようなことをしてしまっていることを、謝りたかった。
「もうなんで謝るの? 夏海が春樹のことを好きでいようといまいと、春樹は夏海が好きだよ。それだけは断言できる。だから夏海も、春樹の想いに応えてあげてよ」
泣き笑いのような表情を浮かべた理沙ちゃんが、私の肩をポンと軽く叩く。その手のひらから伝わる温もりに、私は一気に胸が熱くなるのを感じた。
「……ありがとう。私、春樹くんと自分にとって何が一番最善なのか考えるから。だから、馬鹿な私の決断を見守っててよ」
その決断が、たとえ私を荒野へと放り出すのだとしても。
私は決めなければならない。
春樹くんと自分の未来をどうしたいのか。
それが、今日この場で私に大切な想いを告白してくれた彼女への、せめてもの礼儀だと思った。