二学期が始まってから三週間、私の中の時計の針は止まったままだった。
　図書館下のラウンジで話をしてから、春樹くんが私を避けるようになって、灰色の高校生活を送っている。春樹くんと話せなくても、理沙ちゃんや龍介は変わらずそばにいてくれるのに、真っ暗なトンネルに閉じ込められてしまったかのよう。龍介も最初は根気強く春樹くんの心を開こうとしていたものの、頑なな彼の態度に嫌気がさしたのか、最近は私に、「放っておけよあんなやつ」と苛立たしげに言う。私はその度に、「うん、でも……」と中途半端な返事をするから、余計龍介を苛立たせた。分かっていたけれど、私のことを心配してくれる龍介をよそに、この気持ちはずっと春樹くんの方へと向かっていた。

「……み、夏海」

「わっ」

　放課のチャイムが鳴ったのに、私が席についてぼうっとしていたからか、理沙ちゃんが私の目の前で手をひらひらとさせているのに気
づいた。

「はあ、相変わらずね。私、夏海に話さなきゃいけないことがある」

　理沙ちゃんの声は、いつになくどこか切羽詰まっていた。私も龍介も、春樹くんが私を避けているこの状況をなんとかしたいと思っていたから、ずっと気を張っていたと言えばそうだ。理沙ちゃんはついに、痺れを切らしてしまったんだ。

「う、うん。どこで話そう？」

「とにかくこっち来て」

　私の背中を軽く叩いて、教室の外へと向かう理沙ちゃん。龍介がそんな私たちの様子を遠くから眺めていた。春樹くんはすでに、帰宅している様子だった。
　私は理沙ちゃんの背中を追って、彼女がずんずんと階段を登っていくのについていく。四階までたどり着くと、彼女は廊下に躍り出た。音楽室の前には、吹奏楽部の生徒がちらほらと集まってきていたので、少し移動して社会科資料室の前までやってきた。ここなら、放課後に生徒が来ることはない。
　理沙ちゃんは窓の方を背に、私の肩をがしっと掴む。彼女の綺麗な瞳が、私を見据えて離さない。

「ど、どうしたの」

　そのあまりにも真剣なまなざしに、私はちょっとだけ居心地が悪くなってしまう。何を言われるのか、はある程度予想がついた。きっと春樹くんの話だ。彼の声を元に戻す方法について、何か妙案でも思いついたんだろうか——……。

「夏海、私、先週の金曜日に、春樹に告白した」

「え？」

　突然の理沙ちゃんからの爆弾発言に、私は自分の耳が赤く染まっていくのを感じた。
　告白？
　春樹くんに、理沙ちゃんが。
　理沙ちゃんが春樹くんを好きなことは知っていたから、何もそれほど驚くことではないのかもしれない。でも、まさかこのタイミングで、想いを伝えると思っていなかった私は面食らう。

「告白って、本当に？」

「ええ。そんなくだらない冗談言うと思う？」

　彼女の真剣なまなざしに、私はふるふると首を横に振った。だんだんと、理沙ちゃんの瞳が潤んでいくのが分かる。その様子を見た私は、理沙ちゃんの告白の結果に気づいてしまった。
　胸がツンと刺されたように痛い。
　私は春樹くんのことが好きだ。だから、理沙ちゃんの告白が成功しなくて、ほっとするのが普通だ。でも、だけど……それ以前に、私は理沙ちゃんの友達だから、行き場をなくした彼女の春樹くんへの気持ちを、受け止めきれなくて辛かった。

「……つらいね」

　私がこんなことを言うのは間違っているのかもしれない。あなたも春樹のことが好きなくせに白々しい、と思われるかも。でも、理沙ちゃんは決して私を詰ったりしない。今だって、今にも泣きそうな表情をして頷いている。
　理沙ちゃんが、涙をこぼすまいと袖口で瞳を拭う。私は鼻水を啜った。