私の熱は、五日ほど続いていた。
夏休みの最中だったので、不幸中の幸いとでも言おうか。学校に連絡をする必要もなく、直近でみんなと遊ぶ予定もなかったので、私はただひたすら、孤独に高熱と闘った。
熱にうなされて見る夢は、決まって春樹くんが私のことを『案内人』と呼んでいる声だ。
どうしてなんだろう。私の潜在意識が、春樹くんに自分をそう呼ばせているのだろうか。
でも何のために?
私はふと、自分の案内人から言われた言葉が頭の中で弾けた。
私たち案内人が誰なのか。
きみだって分かっているだろう?
分からない。分からないよ。
でも、なんだろう。靄がかかっていた風景が、ほんの少しだけ晴れていくような心地がする。何かが、明るみになろうとしている。
発熱してそんなことに気づくなんて、私はどうかしていると思った。
熱が完全に下がったのは、海へ遊びに行ってから五日後、八月半ばのことだった。
発熱している間、お母さんが定期的に消化に良さそうなご飯を運んできてくれていたが、私が熱が下がったと話すと、「良かったわ」と淡く微笑んだ。それが、NPCの彼女に組み込まれた「発熱した娘に接する時の態度」なのだろう。すべてが作り物だと分かっているのに、この時ばかりは胸がじんわりと熱くなった。
久しぶりにスマホの画面を見ると、LINEの通知が二十件も溜まっていた。
そのうち十九件は理沙ちゃんからで、一件は龍介から、「また連絡が欲しい」というものだった。
春樹くんからは、一つもメッセージは来ていない。
その事実に、私の胸は否応なく疼いた。
打ちのめされたまま理沙ちゃんからのメッセージを開くと、そこには花火大会の後と同じく、『夏海大丈夫?』と私を心配する言葉がずらりと並んでいた。
それから、『この間は本当にごめんなさい』という謝罪も。
「理沙ちゃん。五日間熱が出てて、返信ができませんでした。ごめんなさい」
そこまで返信の文面を作って、私はやっぱり削除する。代わりに彼女に電話をかけて、「こちらこそ、ごめんね」と謝った。
私から五日ぶりに連絡が来たので、電話の向こうの理沙ちゃんが息をのむ様子が伝わってきた。きっと、私のことを本当に心配してくれていたのだ。申し訳なさで胸が詰まった。
『良かったぁ、生きてて。心配したんだからっ』
理沙ちゃんが私の前で涙ぐむ姿が目に浮かぶ。普段は姉御肌な彼女だけれど、友達を想う気持ちは人一倍強い。
「本当に心配かけてごめん。もう大丈夫だから」
重ねてそう言うと、ようやく理沙ちゃんも安心してくれたのか、『そっか』とほっとしたような一言が返ってきた。
それから私たちは何とはなしに、春樹くんのことを話し出した。この先どうやって彼に接していこうか、理沙ちゃんもこの五日間ずっと悩んでいたらしい。
『実はね、春樹がああなったのは、私のせいじゃないかって思って』
理沙ちゃんの声色が暗い。どうしたんだろう。春樹くんの声が出なくなったのは間違いなく、春樹くんが私に真実を話したせいなのに。そしてそれは紛れもなく、私が春樹くんにそうさせたせいなのに。
『私の、せいなんだよね。ごめん夏海。夏海も、春樹のことが好きなんだよね?』
「え?」
彼女の懺悔の声が、私の耳にこだまする。もう熱は引いているのに、また頭がぐわんぐわんと揺れているみたいだった。
『……本当は、薄々気づいてたんだ。それなのに、あの花火大会の前に、夏海に春樹のこと好きかって、聞いたの』
理沙ちゃんの声が、どんどんしぼんでいく。私は、心臓が張り裂けそうなくらいに鳴っているのが苦しくて、思わずこう叫んだ。
「ねえ、今から会えない? 『ストロベリードロップ』で待ち合わせ! いい?」
『え、う、うん。大丈夫』
「じゃあ決まりだねっ。続きはお店で話そうっ」
私はそれだけ言うと、理沙ちゃんとの電話を切った。
この話は、電話なんかじゃなくて、彼女と直接話さなければならないように思う。そうしなければ、決壊寸前になっている私の心も理沙ちゃんの心も、一人きりで砕け散ってしまうような気がしたから。
夏休みの最中だったので、不幸中の幸いとでも言おうか。学校に連絡をする必要もなく、直近でみんなと遊ぶ予定もなかったので、私はただひたすら、孤独に高熱と闘った。
熱にうなされて見る夢は、決まって春樹くんが私のことを『案内人』と呼んでいる声だ。
どうしてなんだろう。私の潜在意識が、春樹くんに自分をそう呼ばせているのだろうか。
でも何のために?
私はふと、自分の案内人から言われた言葉が頭の中で弾けた。
私たち案内人が誰なのか。
きみだって分かっているだろう?
分からない。分からないよ。
でも、なんだろう。靄がかかっていた風景が、ほんの少しだけ晴れていくような心地がする。何かが、明るみになろうとしている。
発熱してそんなことに気づくなんて、私はどうかしていると思った。
熱が完全に下がったのは、海へ遊びに行ってから五日後、八月半ばのことだった。
発熱している間、お母さんが定期的に消化に良さそうなご飯を運んできてくれていたが、私が熱が下がったと話すと、「良かったわ」と淡く微笑んだ。それが、NPCの彼女に組み込まれた「発熱した娘に接する時の態度」なのだろう。すべてが作り物だと分かっているのに、この時ばかりは胸がじんわりと熱くなった。
久しぶりにスマホの画面を見ると、LINEの通知が二十件も溜まっていた。
そのうち十九件は理沙ちゃんからで、一件は龍介から、「また連絡が欲しい」というものだった。
春樹くんからは、一つもメッセージは来ていない。
その事実に、私の胸は否応なく疼いた。
打ちのめされたまま理沙ちゃんからのメッセージを開くと、そこには花火大会の後と同じく、『夏海大丈夫?』と私を心配する言葉がずらりと並んでいた。
それから、『この間は本当にごめんなさい』という謝罪も。
「理沙ちゃん。五日間熱が出てて、返信ができませんでした。ごめんなさい」
そこまで返信の文面を作って、私はやっぱり削除する。代わりに彼女に電話をかけて、「こちらこそ、ごめんね」と謝った。
私から五日ぶりに連絡が来たので、電話の向こうの理沙ちゃんが息をのむ様子が伝わってきた。きっと、私のことを本当に心配してくれていたのだ。申し訳なさで胸が詰まった。
『良かったぁ、生きてて。心配したんだからっ』
理沙ちゃんが私の前で涙ぐむ姿が目に浮かぶ。普段は姉御肌な彼女だけれど、友達を想う気持ちは人一倍強い。
「本当に心配かけてごめん。もう大丈夫だから」
重ねてそう言うと、ようやく理沙ちゃんも安心してくれたのか、『そっか』とほっとしたような一言が返ってきた。
それから私たちは何とはなしに、春樹くんのことを話し出した。この先どうやって彼に接していこうか、理沙ちゃんもこの五日間ずっと悩んでいたらしい。
『実はね、春樹がああなったのは、私のせいじゃないかって思って』
理沙ちゃんの声色が暗い。どうしたんだろう。春樹くんの声が出なくなったのは間違いなく、春樹くんが私に真実を話したせいなのに。そしてそれは紛れもなく、私が春樹くんにそうさせたせいなのに。
『私の、せいなんだよね。ごめん夏海。夏海も、春樹のことが好きなんだよね?』
「え?」
彼女の懺悔の声が、私の耳にこだまする。もう熱は引いているのに、また頭がぐわんぐわんと揺れているみたいだった。
『……本当は、薄々気づいてたんだ。それなのに、あの花火大会の前に、夏海に春樹のこと好きかって、聞いたの』
理沙ちゃんの声が、どんどんしぼんでいく。私は、心臓が張り裂けそうなくらいに鳴っているのが苦しくて、思わずこう叫んだ。
「ねえ、今から会えない? 『ストロベリードロップ』で待ち合わせ! いい?」
『え、う、うん。大丈夫』
「じゃあ決まりだねっ。続きはお店で話そうっ」
私はそれだけ言うと、理沙ちゃんとの電話を切った。
この話は、電話なんかじゃなくて、彼女と直接話さなければならないように思う。そうしなければ、決壊寸前になっている私の心も理沙ちゃんの心も、一人きりで砕け散ってしまうような気がしたから。