消沈したまま、電車に乗り自宅へと続く道を歩いていると、下駄の鼻緒が切れてしまった。指の間が擦れて赤く腫れ上がっている。痛む足を我慢しながら、ようやく家に辿り着くと、午後十時半を回っていた。
家の明かりを点けると、お母さんとお父さんはすでに寝床に入っていた。NPCの親は布団に入るのが早いみたいだ。とはいえ、もうここでの生活も三年目になるから、今に始まったことでもないけれど。
『今日の帰り、先に行っちゃってごめん! 春樹と帰りにいい感じに二人きりになって、夏海たちのこと待ってたんだけど、二人とも来ないからもう帰ろうって話になって』
スマホの画面に浮かび上がる理沙ちゃんからのメッセージを、私は直視することができなかった。かろうじて「うん、大丈夫」とだけ送ると、スマホを手のひらから滑り落としてしまう。
自分が思っているよりも傷ついていることに、私自身驚いていた。
私はみんなの言うように、天真爛漫で、天然ちゃんで、太陽みたいに明るい女の子じゃない。普通に笑って、普通に失恋をして、普通に傷ついている……。
情けなくて格好悪いけど、何もない、ただの高校生の私が、本当の私だ。
理沙ちゃんと春樹くんの恋が、うまくいきますように。
理沙ちゃんと春樹くんの恋が、失敗しますように。
本当は自分がどちらを望んでいるのか、いちいち考えなくても分かっている。
「私って最低だ……」
呟いた声は、自分以外誰も息をしていない部屋には大きすぎて、宙に浮かんで絶妙に大きく響いた。
春樹くん、やっぱり理沙ちゃんの方がいいよ。
だって私は、親友の恋を素直に応援できないくらい、意地悪な人間なんだもん。
賢くて姉御肌で頼れて綺麗な理沙ちゃんだったら、みんなに誇れる自慢の恋人になるよ。
二人は“同じ種類”の人間なんだし、きっと分かり合えるよ。
だから、ねえ。
もう私に、優しくしないで。
一週間、何もせずにぼうっと過ごしていた。
みんなで海に行く約束をしていた今日は、お盆休みに入る直前の日だ。
「お盆に海に行くとあの世の人から足を引っ張られるんだよ」と理沙ちゃんから言われて、私はなんのことかさっぱり分からなかった。龍介も初めて聞いたようで、春樹くんだけは「そうだな」と頷いていた。
そんな都市伝説、初めて聞いた。でもやっぱり、今思い返してみると、“同じ種類”の人間である理沙ちゃんと春樹くんだけが知っている話だったのだ。
そういうわけで私たちはお盆は避けて、海に行こうと計画した。
私は、重たい身体を持ち上げていつも着ていたワンピースを着る。
朝日が窓から差し込み、“専業主婦”という設定であるNPCの母親がお布団を干していた。
「おはよう」
私が声をかけると、お母さんも「おはよう」と返してくれる。当たり前の家族の挨拶に、今は胸がつままれる思いがした。
それから私は出かける準備をして、手慰みにスマホを見ると、理沙ちゃんから大量のメッセージが届いていた。
『夏海、どうしたの?』
『返信ないけど、体調でも悪い?』
『……ごめん、何か怒らせるようなことしたかな?』
あの花火大会以降、私は彼女への返信を怠っていた。いや、彼女に対してだけじゃない。龍介からも、あの時のことを謝るようなメッセージが届いていたけれど、何と返したらいいか分からなくて放置してしまっているのだ。たぶん、何を言っても龍介を傷つけてしまう。そんな恐れから、彼には返事ができないでいる。
春樹くんから連絡はない。私は、スマホを見るのも億劫になり、ほとんどスマホに触れない一週間を過ごしていた。
今日はみんなと約束をしている日だ。
何も返信しないのはさすがにまずいかなあ。
私は、重たい気持ちのまま、まず理沙ちゃんにメッセージを送る。
『ずっと返信できなくてごめんね。風邪引いて寝込んでたの。もう治ったから心配はいらないよ! 連絡くれてありがとう』
ぺこりと頭を下げるひよこのスタンプと共にそう送ると、すぐに既読がついた。
『それなら良かった。もう、心配したんだから。今日、楽しみにしてるね』
理沙ちゃんがそう言ってくれて、私はほっと胸を撫で下ろす。
続いて龍介には、『こちらこそ、この間はごめんなさい。今日はみんなで遊ぶのを楽しみにしてるね』と送っておいた。返信はなかったけれど、既読はついたのでこちらも一安心。
私はまだ、みんなの優しさに支えられているんだ……。
高校三年生、どんなに大人になった気分でいても、友達からの言葉に、私はうんと励まされている。まだまだ子供なんだなと実感しながら、家を出た。