むせかえるほどの暑さで背中の汗が滲む夏も、夜になれば過ごしやすく、浴衣を着ると程よく涼しかった。
 八月三日、みんな行こうと約束していた花火大会は、海夕の港で行われる。
 本当なら、浴衣を着付けする時点で私の気持ちは昂っていたんだろうけれど、先月理沙ちゃんから言われた言葉がずっと胸に引っかかっていた。
 理沙ちゃんは堂々と、私に春樹くんへの気持ちを打ち明けてくれた。
 どこにも後ろ暗いところはなく、彼女の潔さは見ていて気持ちの良いものだった。
 今日の花火大会で、理沙ちゃんは春樹くんと近づきたいのだと言った。
 だから今頃きっと、私のように浴衣を着て、緊張しているのだろう。緊張して、胸がきゅっと高鳴っているんだろう。分かる。分かるよ。だって私も、春樹くんのことを——。
 そこまで考えて、私は頭を横に振った。
 ダメだ、ダメ! 私は理沙ちゃんの恋を応援するって決めたんだ。だから、おかしな気を起こさないようにしなければ。
 理沙ちゃんに、私の気持ちがバレないように、しなくちゃ……。
 鏡の前で浴衣にあしらわれたひまわりの花が、私を見て悲しそうに笑っている。ううん、悲しいのは私のほうだ。さみしいのはきっと、このひまわりの花みたいに、屈託なく笑うことができないからだ。
 しんみりとした淋しさを胸に抱えたまま、私は自宅を出た。
 海夕までの道中でスマホを見ると、理沙ちゃんから「今日はよろしくね」とメッセージが来ていた。私は今日の花火大会で、理沙ちゃんから春樹くんと近づけるように協力してとは言われていない。彼女の方も、自分の力で春樹くんを振り向かせようとしている。だからこのメッセージは、単に私への意気込みだと分かっていた。
 分かっていながら、私は押し寄せる不安の波に、飲み込まれそうだった。

 海夕にたどり着くとすでに浴衣姿の多くの人でごった返していた。人混みをかき分けて、駅からほど近い噴水公園へと向かう。ゴールデンウィークにみんで待ち合わせしたのもこの噴水公園だった。
 いろんな人とぶつかりながら公園にたどり着くと、龍介と春樹くんが待っていた。私が二人の姿を見つけるとすぐに後ろから理沙ちゃんもやってきたようで、「お待たせ」という彼女の声で私は振り返る。
 そこにいたのは、えんじ色に薄桃色の大輪の花が咲く浴衣を身に纏う、理沙ちゃんだった。
 ショートヘアの髪の毛を編み込みにし、アップにしている。私も同じように髪の毛はまとめてアップにしていたが、渋い色を着こなしている彼女の姿を見れば、水色で子供っぽい浴衣を着ている私と比べると、色気は段違いだった。
 はっと振り向いた先で、男子二人が息を呑んでいる姿が目に飛び込んできた。
 二人とも、理沙ちゃんを見てるんだ。
 制服姿とも私服姿とも違う、大人の色気を纏う理沙ちゃん。対して私は、普段とあまり変わらない、年相応の、いやもしかしたらそれ以下の浴衣を着て、申し訳程度に髪の毛をまとめている。美容室で丹念に用意をしたらしい理沙ちゃんとは、比べものにならないだろう。

「二人とも、か、かわいいな!」

 龍介はわかりやすく理沙ちゃんに見惚れた様子だったが、「二人とも」とつけてくれてほっとした。こういう時、龍介は優しい。

「祭りはもう始まってるし、早いところ行こうか」

 春樹くんが私たちの浴衣姿について何も言及することなく、先を行こうとする。でも、振り返った彼の耳が真っ赤になっているのを見て、私は可愛いなと小さく笑った。
 きっと、照れ臭くて褒め言葉が出てこないんだろう。
 理沙ちゃんも同じことを考えていたようで、私と目を合わせてくつくつ笑っていた。

「行こう!」

 咄嗟に私の隣から、前を行く春樹くんの隣へと踊り出る彼女。その行動の速さに私は驚かされた。
 春樹くんが、理沙ちゃんと並んで歩き出す。私はその様子を、置いてきぼりを食らった子供みたいな気持ちで見つめる。

「どうした夏海? 行かねえの?」

 不思議そうな顔をした龍介が私の顔を覗き込んで、私ははっとする。

「う、うん。行く」

 小走りで歩みを進めた私を見て、龍介は訝しく思っただろうけれど、何も言わずにその後をついてきてくれた。