春樹くんを交えたディーナスでの高校三年生の生活は、とてもめまぐるしかった。これまでと変わらない高校生活のはずなのに、春樹くんの存在が、私たち四人にとって潤滑油の役割を果たしているようだ。
 蝉の鳴き声が陽炎の向こうで響き始めた七月、期末テストが終わった教室は、夏休みに何をするかという話題で持ちきりだった。

「だーかーらー、夏休みといえば、花火大会でしょ?」

「えーでも俺、人混み苦手なんだって、毎年言ってるじゃん!」

 昼休みに理沙ちゃんと龍介がわあわあと夏休みの計画で揉めている。クラスメイトたちはもうすっかり二人の言い合いには慣れていて、「またあの二人が喧嘩してるよ」と親心で見守ってくれている。私が「夏休みのこと?」と首をつっこむと、近くにいた春樹くんも二人の会話に参加しようとしていた。

「うん。夏海はどう思う? 今年はみんなで花火大会、行きたいよね?」

 理沙ちゃんが大きな目で私を見つめる。心なしか、ちょっとだけ圧が強いように感じる。

「う、うん。花火大会、行こう」

 この時の私は完全に理沙ちゃんの求める答えしか口にできない、飼主に従順な犬の気持ちになっていた。

「そうこなくっちゃ!」

 理沙ちゃんが嬉しそうに笑う。まあ、彼女の笑顔が見られるならそれでいっか。
 花火大会には一年生の時も、二年生の時も、理沙ちゃんと二人で行った。龍介はさっき本人が言っていたとおり、人混みが苦手だと言ってお祭りには行かない。三人で行けないのは残念だったけれど、女友達と二人で行く花火大会は、気を遣うことがなくて楽しかった。

「ねえ、春樹も行くよね?」

 理沙ちゃんは春樹くんの意向を伺った。私の時よりも、なんだか必死なまなざしだ。
 春樹くんは突然の誘いに戸惑いつつも、「もちろん」と最高の答えを出してくれた。

「え、春樹も行くの!? それならお、俺も、行こうかなー……」

 龍介がそっぽを向きながら花火大会に行くことに同意しだして、私も理沙ちゃんもおかしくてぷっと吹き出す。龍介は春樹くんのことをとても気に入っている。それにたぶん、三人の輪に自分だけいないことが気になるのだろう。なんだかんだ言って、龍介も可愛いところがあるのだ。

「決まりね。花火大会は八月の頭よね? それ以降はどうする? 何かやりたいこととかある?」

 みんなのまとめ役である理沙ちゃんが、きちんと他の人の意見も聞いてくれる。そういうところが理沙ちゃんのいいところだ。

「僕は、ディーナスでの夏は初めてだし、みんなが行きたいところでいいよ」

「そう。龍介は?」

「俺も、いつも通り夏海の行きたいところに行く」

 みんなの視線が一気に私の方へと集まる。

「じゃあ夏海はどう?」

 蝉の声が、先ほどよりも耳に大きく響いてぐわんぐわんと反響していた。理沙ちゃんにじっと見つめられた私は、「えっと……」と口ごもりながらこう言った。

「海に、行きたい」

 夏といえば海。
 私は安直に思いついたというふうに提案したが、本当は夏の海に行くのが大好きだった。それは他ならぬ、自分の名前に由来しているからだ。

「海? 確かに毎年海には行ってなかったわね。いいよ、私は。みんなはどう?」

「俺はいいよ。夏海が行きたいところならどこでも!」

 龍介が元気よく同意してくれて、私は春樹くんの方に視線を移した。
 春樹くんは、複雑な表情を浮かべて私のことを見ていた。口を閉じて、何か言いたげな顔をしている。でも、「どうしたの?」と迂闊に聞いてはいけないような危うさがあった。

「海……か。うん、分かった。いいよ、行こう」

 春樹くんの答えを聞いて、私はほっと胸を撫で下ろす。何か、彼の琴線に触れることを言ってしまったのなら謝りたいと思ったのだけれど、その後の春樹くんの様子はいたって普通だった。
 かくして私たちは夏休みの計画を立て終わり、それぞれの席へと戻るのだった。