「ここの廊下の突き当たりが音楽室。家庭科室は一階にあるからあとで行こう。食堂は二階だよ。結構綺麗だから昼休みに使ってる人は多くて。今度一緒に行こうよ。あ、あと私のイチオシは図書室! 図書室は校舎の中にはなくて、別館として校舎の西側に立ってるの。登下校の時に見たでしょう? あの大きな建物がまるまる図書室だから、本を読むのにも勉強をするのにもうってつけなの!」
四階から順番に教室を紹介していくつもりだったのに、一度紹介を始めたら口が止まらなくなってしまう。理沙ちゃんと龍介が呆れ顔で私の説明を聞く中、春樹くんだけはふんふんと神妙に頷きながら、私の話を真剣に聞いてくれた。良かったあ。一人はりきってうっとうしいやつだと思われてたら嫌だから。
校舎の四階は音楽室と、ほとんど使われていない特別教室があるだけなので、私自身、あまり来たことはない。理沙ちゃんや龍介もきっと同じだろう。四階の廊下から窓の外を見ると、思いの外高くて少し足がすくんだ。
「大丈夫?」
窓の外を眺めていた私の顔を、春樹くんが覗き込む。
「あ、ごめん。大丈夫」
私は踵を返して、案内に戻ろうとした。でも、私の一歩後ろで理沙ちゃんの表情が少し強張っていることに気づく。
「どうしたの、理沙ちゃん」
私が尋ねると、理沙ちゃんは小さく首を横に振った。
「なんでもない……。四階ってほら、あんまり来ないから思ったよりも高いんだなあって」
「ああ、そうだよね。私も今、下を見てちょっと怖いなって思ってたとこなの」
「……」
顔を青くした理沙ちゃんが、やっぱりどこか辛そうだった。
「下の階、案内してくれる?」
気を利かせた春樹くんが、私の腕をさっと掴む。
「えっ?」
春樹くんに触れられてびっくりした私は、彼の目を咄嗟に見つめた。
「あ、ごめん」
春樹くんは私の腕を掴んでいるのが急に恥ずかしくなったのか、さっと手を離して前を歩き出した。本来ならば私が前を歩かないといけないのに、春樹くんの歩みが速くて、私は彼の背中を追いかけるのに必死になった。
ふと後ろを振り返ると、龍介が理沙ちゃんの肩に手を置いて、彼女の気を宥めている。青くなった顔が、先ほどより少しばかり赤みを帯びて、それが龍介に触れられているせいかもしれないと思うと、私の胸が少しだけきゅっと鳴った。
龍介はやっぱり理沙ちゃんが好きなのかもしれない。
二人のことをとても大切な友達だと思っているからこそ、二人の親友が遠く離れていくみたいで、私はひとり、広い海を漂っているかのような心地がした。
「こっちでいいんだよね、夏海」
名前を呼ばれて顔を向けると、前を歩いていた春樹くんが廊下の突き当たりで階段の方を指さしていた。
「う、うん」
そのタイミングで私は春樹くんの少し前を歩き始める。
もう、三人じゃないのだ。
春樹くんが仲間に加わって、私たちは四人になった。
奇数だと中途半端に感じていた友達との距離が、春樹くんがいることで心地よいものに変わる。それだけでいいんだ。私はこの四人で、これからもっと楽しい高校生活を送れるんだから。
「いこっか」
振り返ってみんなの顔を見ると、私は一人じゃないんだと思い知ることができる。理沙ちゃんの顔はもう青くない。龍介は理沙ちゃんの肩から手を離し、「おう」と軽く片手を上げた。最後に見た春樹くんが、「よろしく」とまた小さく微笑んだ。