波の音が、いちばん近くで響いている。
 砂を撫でるざらざらとした感触を思わせるその音を聞くと、僕が抱えている不安を全部かき消してくれる。
 よく晴れた空の下で、朗らかに笑う彼女に、僕は憧れていた。

 白いうなじや細い腕がこの世のものではないかというぐらい、太陽の光に反射して神聖なもののように見える。たとえ彼女と僕の生きる世界が違っても、生きる意味や目的が違っていても、僕は彼女の白い肌を目で追わずにはいられない。

 太陽の光が水面で反射して、きらきらと輝くあの海は、宝物みたいな幸福と、だからこそ思い知らさられる絶望を、一度に運んできてくれた。

 だけど、コバルトブルーに染まるあの夏の海に、僕はもう二度と、帰ることができない。
 彼女の笑うこの世界から、僕はもうすぐいなくなるのだから——。