私には『小説を()く』という活動の中で、棘のように刺さって抜けない過去がある。
それは、活動を始めて半年程経った頃、『言葉はまっすぐ届かない』と突きつけられたこと。
私はそのことへの想いの全てと、そこから先の想いを言えないままここにいる。

 私には、同年代の同じ夢を志す存在がいた。
私より活動歴が長く、親近感よりも先に尊敬が芽生えた存在だった。
誰も知らないインターネットでの活動の中で全てが手探りだった当時の私にとって、彼女の存在は大きかった。
当時の私は小説投稿サイトの扱い方にすら慣れておらず、ただただ私自身の言葉を()(つづ)るような日々だった。
身勝手な文を、私は小説と読んでいた。
今より私の存在を知っている人も少なく、名前が広く知られている人をみては『私も言葉を届けられる人になりたい』と。
まだ小さすぎる存在の私自身を変えたいと、必死だった。
そんな中、彼女との間でコラボ小説の話が浮上した。舞い上がった。
活動のことを周りの誰一人に告げていない当時の私にとって、初めて誰かと『創作者』として繋がれた瞬間だったから。
その感覚が、言葉では表せない程嬉しかった。

 活動を始めて数ヶ月程経った頃、彼女との関係が変わり始めた。
創作者同士としての関わりが、いつしか相談者と相談役という形になっていた。
同世代、同性、同じ夢を志す者。信頼してくれているのだと、不謹慎な言葉だけれど私はすこし嬉しかった。
彼女からは小説に関する悩みより、学校、私生活に関する悩みを多く聴いた記憶がある。
彼女が相談中に発する悩みの言葉は、私にも重なる言葉が多く他人事と切り離せない私がいた。
彼女の言葉に、私自身の過去と心を重ねながら私なりの言葉を返していた。私には、それしかできることがなかったから。
どこまで親しくなっても本当の姿はみえない、画面越しの感覚を頼りに互いの温度を探していく、それが私と彼女の関係だったから、私は彼女に言葉を届けた。
 そしてもう一つ、私が言葉を届ける理由があった。
それは『小説とは違うから』という理由。
小説には、世界観、人物、時代背景、設定、情景、全ての要素を包み込むような言葉が求められる。
その言葉でしか伝えられない事が、小説にはあるから。
でも直接誰かへ届ける言葉は、きっと小説程飾った言葉じゃなくていい。
人間の心をそのまま映したような、感じたままの言葉を想いに乗せて届ける。
それでもその言葉を届けることは表せないほど難しくて、すこし逸れてしまえば傷を(えぐ)ってしまうようなそんな繊細なやりとりだった。

『この言葉で、すこしでも息がしやすくなれば』

 彼女はよく相談することへ罪悪感を背負うような言葉を私に届けていたけれど、私の本心はこの一言しかなかった。
綺麗事ではなく、ただただそう想っていた。
すこし寂しい言葉になってしまうけれど『私に相談する必要のない日がきてほしい』と願っていた。
きっと『その日』が訪れた時が、彼女にとって囚われている何かから解放される時だと思ったから。

 相談者と相談役、彼女との関係が続いたまま初夏を迎えた。
一問一答のような相談内容は、スクロールをしないと読めない程の文量になっていて私はそれに沿うように言葉を返した。
ふたりで話をする時間は、かなり増えていたと思う。夜通しで話を聴くことも、おおくあった。
彼女へ、言葉が届いていると思っていた。
でもそれは、私の浅はかな思い違いだったと気づいかされる。

 彼女の作品を読んでいた、違和感を覚えた。

『この言葉、どこかで聴いたことがある』

 なんとなく、根拠もわからないまま、彼女の言葉がいつかの記憶と重なった。
でもその言葉を小説で読んだ記憶も、歌詞で耳にした記憶もない、それなのにその言葉が初めてみた言葉だとは思えなかった。
数日後、その違和感の真相を私は知った。

『全く同じ言葉が使われている』

 彼女の作品に、私がダイレクトメッセージで送った言葉がそのまま使われていた。
数日前に覚えた違和感も、可笑しいくらいに紐解かれていく。
『これは私の言葉です』と主張されるように並べられていく私の言葉をみて、彼女との時間の中で生まれた感情が壊れていく音がした。
私の言葉へ返ってくる彼女の言葉を、嘘だと思ったことはなかった。本当に届いているのだと思っていた。
それでも私の言葉は読者を呼び寄せるための道具の一つでしかなかったことを察した時、何かが(から)になった。
悲しみでも、怒りでも、憎しみでもない、なんというかその時はただ虚しさの隣にあるような感情だった。
 その後、彼女へ直接伝えることは気が引けて『そのような事実があった』とだけ文書を残し数行の気持ちを添えた。
個人間でのメッセージのやりとりを作品として公開されてしまった、言葉に対して複雑な感情を抱いた、と。
その後の彼女の主張は、彼女がサイトへ公開している作品の中で知った。
その後の感情すら、読者を呼び寄せるための起承転結の一部にされてしまった事が痛かった。
どこから始まった物語かはわからないけれど、私への悩み相談が『起』、同じ言葉を並べる事が『承』、私がその言葉に気がつく事が『転』、彼女が公へ主張を公開することが『結』だったとしたら。
裏側で呟かれていた私の作品への誹謗が彼女の本心だったとしたら。
私の言葉は彼女にとって都合のいい道具だったのかもしれないと、数ヶ月前からの私が馬鹿馬鹿しく思えた。
わからない中で探して、届けたいと願って発した言葉を利用された感覚が、異常な程に刺さって抜けなかったから。

 それが私にとって『言葉はまっすぐ届かない』を痛い程感じた瞬間。

『盗作』とも言えない、感情の利用は思っていたより深く私の中にあるものを抉った。
彼女の名前を出して事態を公表することも頭を(よぎ)った、けれどそんな気力すら残っていなかった。
当時未完結の非公開だった作品を複数削除し、活動すら綺麗に辞めてしまおうと。学生という立場を利用して『学業に専念する』と、悟られないように誰かに届けるための言葉と縁を切ろうとも考えた。
それでも、私は夢を諦めたくなかった。だから避けながら、全て最初(ゼロ)に戻った気持ちで小説を二十一作生み出した。
そして半年が経った今、私はできる限り鮮明に、避けていた当時のことを描いている。
それが、今作『棘』。

 私自身が当時を振り払い切るための言葉を届けるきっかけ。
『きみがずっと言えなかったこと』
小説を描いていく中で、付き纏っていた焦燥感。小説を描いている私が出逢った人と付き合っていく中で抱えている(わだかま)り。事実、彼女の名前が載っている呟きに、私はいまだに反応を残すことができずにいる。
その名を目にすると、避けていても『私の言葉は道具だ』と刺される感覚が襲うから。
私は来月、活動を始めって一年を迎える。
全てをなかったことに記憶から消し去ることはできないけれど、すこしずつ洗い流して、私が私の言葉を小説として(つづ)れるように。
出逢った人に、まっすぐ言葉を紡げるように、私は私の棘にサヨナラを告げたかった。

 当時、匿名で届いた言葉『物書きなら感情は小説で昇華するのが最低限の筋』。
だから、ずっとこの言葉に対する私自身の想いは隠したままでいた。
『それが最低限の筋』なのであれば、通すべきだと思ったから。
私は本当の意味で『言葉を描く人間』になりたかったから。
だから今ここで、その想いを描いている。
正直、私の言葉が踏み潰され、奪われたことを公言しなかっただけで、彼女が何もなかったように笑い続けている、活動を続けていることは、私にとって一つ返事で許せる、喜べることではない。
たとえそれが、彼女の言う『悩み』が晴れている(あかし)だったとしても。
ただこの物語は恨みでも、陰湿な皮肉の羅列でも、復讐でもない。
私が、私自身を生かすために描いた物語。
抜けずに刺さり続けていた事実と、(かせ)のように付き纏う記憶を、今の私の中で『強くなるきっかけ』という形に強引に、綺麗に、切り揃えるため。
そして、ここで生かされた私が、私の小説で誰かを生かすという誓いの物語。
それが『棘』。

 彼女という存在を生々しく描写する方法はいくらでもある。
画面越しに話した言葉を綴る、画像で送られてきた手紙を書き写す。それでも私は、この作品に私の言葉だけを紡ぐ。
それは彼女と約束したコラボ小説を無意識下で形にしてしまっているような気がするから。
私が初めて誰かと言葉を交わして、物語という形に起こす時は愛を持っていたいと思っているから。

 それに私は誰かの言葉を(ことわり)無しに手にしたことがないから、扱い方が解らない。

私は皮肉的な言葉は嫌いだけど、この一文にだけは少量の皮肉を埋めている。
『私の全てを想い』を抉り起こした『棘』が、好ましい言葉の羅列で終わりを迎えるわけがないから。
ここで嘘をついてしまえば、この物語は存在意義を失う。

 きっと全ての想いをまっすぐに届けられる言葉なんてない。
どれだけ想いが込められていても、そこに心があったとしても、無碍(むげ)にする人はいる。
それは、酷く悲しい事実だと思う。
だからこそ私は、言葉から離れるなんて無意味な抵抗はしない。
私はこれからも私の言葉を綴っていく。
小説として、誰かへの心として。
そう思い始められるまで、半年かかった。
 感情を利用された痛さも、本当を言葉にできない閉塞感も、向けられた優しさを疑ってしまうことへの自己嫌悪も。
全ては私をつくるための貴重な心だったのかもしれない、そう思うことしか今の私にはできない。
全てを美談にはしたくない、私がどれだけ大人になっても『感情が利用されて成長できた』だなんて寛容すぎる考えには至らないと思う。
それでも、過去に囚われて目の前の感情を素直にみれないままでいる私が、私は嫌い。

 私が彼女に直接言葉を届ける日は、生涯ない。
届けたところで踏み潰されてしまうから、そして届かないことを知っているから。
私は『言葉を描く人』だから、物語で私の感情も心も過去も全てを昇華する。
そんな決意を、物語として言葉にできたことが今の私をなにより前に進ませている気がする。
 彼女という存在が私の中に棘として深く寄生していた半年間に、私はここで別れを告げる。
そしてここに、改めて言葉を紡いでいくことを誓う。