「ほおら見てごらん」
 言われるがままに、私は空を見上げた。

 「うわぁぁぁ」
 空には、大きくて綺麗な虹がかかっていた。思わずため息が漏れる。

 もしも昼間に織姫と彦星がいたならば、この虹を橋にして欲しい。そんなことを考えてしまうほど幻想的で立派な、半円の虹だった。

 「空も虹も、綺麗だねえ。雨上がりの空は本当に綺麗だねえ」
 「うん。とってもきれい」

 気がつくと、目の前に広がる美しさに、それまでの悔しさや怖さや心細さなんてすっかり忘れてしまっていた。

 「空の色は、露草色に見えるねえ」
 「つゆくさ、色」

 知らない色の名前にもごもごとする私に、薫ばあちゃんが目を細める。

 「凪ちゃん。虹は何色か知っているかい?」
 今度は、答えを知っている問題が出た。

 「七色! ようちえんで、ならったよ」
 「そうだねえ。七色でも間違いではないね」
 「まちがいではない? もっとあるの? それとももっと少ないの?」

 薫ばあちゃんは、あんまり知られていないから2人だけの秘密だよ、と耳元で囁いて空を指さした。

 「虹には、この世にある全ての色が含まれているのさ」
 「すべての色」

 「そうさ。赤・橙・黄・緑・青・藍・紫だけじゃない。例えば赤と橙の間には、茜色や緋色。黄と緑の間には、松葉色や萌木色。藍色と紫色の間には、桔梗色や葡萄色がある」

 当時の私には、名前からその色を想像することは難しかった。しかし、それでも、私の胸は弾んだ。あぁ今この世界にある全ての色を見上げているんだ、そう思った途端、顔がぽっと熱くなった気がした。

 そうして2人並んでじっと眺めているうちに、虹は少しづつ空に吸われて消えていった。

 「虹は、予告も無しに現れてすぐに消える。だから、下を向いてちゃあ気付かない。この彩りを見るためには、心の潤いも必要なのさ」

 幻想のような虹が消えたあとも、私の心臓は激しく波打っていた。それは、緊張や怒りといった類のものではない。
 薫ばあちゃんはきっと、この感情を心の潤いと呼んでいるのだろう。

 だから、私は覚えている。
 薫ばあちゃんと見た虹の綺麗さを。
 空に広がる色彩の深みを。
 瑞々しい感情に出会った喜びを。

 だから、色を失った今の世界は、決して平等なんかじゃない。
 平和なんかじゃない。間違ってる。