人妖共存、人妖共栄、はや百年。
 この国は『あやかし共生国』第一位に輝いた。

 いまや創作の中の話であった異類婚姻譚も珍しくなく、人型も人外も上手いこと現代に溶け込んでいる。

 特に人型のあやかしは知能が高く、個々の才能を発揮して文明文化の発展に尽力していた。
 世界の富豪番付では、いくつものあやかし名家が並んでいる。

 数十年もすれば、人妖数の比率は半々になるのではという具体的な予測も出ていた。
 つまり、現代においてあやかしは当たり前の存在で、なおかつ注目を浴びている。

 中でもあやかしの頂点、最高位に君臨する御三家の一角──白狐本家の『水無月会』は、裏の世界に深く通じている。

 暴対法や規制により反社会的勢力の規模が縮小する昨今でも、あやかし極道の地位は揺るぎなく確立されていた。
 それは、法や秩序を脅かす数多くのあやかしを、彼らが抑え込むことで、皮肉にも人々の安寧を保っているからであった。

 
 ***


 宮本詩(みやもとうた)の人生は、なかなかに波乱の連続だった。

 中学三年の受験を終えた年、酒にも金にもだらしない父親とは住む場所が違ったが、借金を残して蒸発。同じ時期に母親は入院生活を余儀なくされた。
 母親は連帯保証人であったため、当時住んでいたアパートには借金の取り立てが毎日のように訪ねてくる羽目になり、住む場所を追われた。

 そして、返済能力のない母親の代わりとなった詩は、高校進学を諦めて就職の道を選んだ。ほかに頼れる人間もいなかった詩は、当時中学生にしてとんでもない責任を背負ったのだった。

 そんな詩には年の離れた双子の弟と妹がいる。
 二人のためにも自分がしっかりしなければと、そう決意を胸に、昼夜問わず仕事に明け暮れる生活を四年ほど続けていた。

 父親が姿を現す気配はない。母親もいまだに入院中。借金の返済状況は、四年経って約二割ほど。
 こういうのをある意味では人生詰んでいるというのだろうか、なんて考えながらも詩が折れずにいれるのは、溺愛してやまない双子の弟と妹がいるからである。




「──大丈夫、君に色気を感じないし、異性として見るつもりもないよ。ただやる事をやってくれたらそれなりの対価を払う」
「対価って……?」
「日給5万、その都度追加賞与あり。どうかな、悪くない条件だと思うけど」
「にっきゅう……ごまん!?!?」

 そう提案するのは、艶やかな白銀の髪を靡かせる秀麗な着流しの青年。
 彼はわずかに口端を吊り上げると、瞠目する詩(うた)に近づいて、静かに囁いた。

「この子たちの世話と、俺の婚約者を完璧に演じてくれるなら、相応の報酬を用意するよ」
 
 この子たち──そう口にしながら、青年が一瞥するのは、畳の上ですやすやと寝息をたてる双子の兄弟だった。
 ひとりは背中に小さな黒い両翼を、ひとりは白い尻尾を生やしている。

(日給5万……それに特別報酬まで。それだけあれば、生活がかなり楽になる)

 しかし、この提案を安易に受けていいのだろうか。
 
(だって、この人……極道じゃない)

 それも、ただの極道の者ではない。最高位のあやかし家系のひとつ、白狐本家・水無月会の次期会長、水無月翠(みなずきすい)。

 そのような人物と関わることになるとは夢にも思っていなかった詩は、もう一度彼の姿をじっと見つめた。

(まさか、こんなことになるなんて……)

 詩は数日前の自身の行動を振り返った。
 この着流しの麗人、翠に目をつけられるきっかけになった日のことである。