『分かっただろう?』
宇宙人の一人が私に近付いて聞いてきた。
先程とは違い、優しい表情に見えた。
「……な、何が?」
『お前は全てが敵だと思っていたが、それは違う。彼女はお前がいじめられている姿に心を痛め、変えたいと願っていたんだ』
「……え?」
私は伊藤さんを見る。
伊藤さんは泣きながら、小さく頷いてくれた。
『まあ、そうは言っても、カースト上位に逆らうと、次は自分が標的になるからな。だから庇えなかったし、教師に相談しようものならチクったとバレる可能性がある。傍観は許せないなんて、一概に言えないよな?』
「……うん」
それは分かる。私も逆の立場なら同じだったと思うから。
『「私は関係ない」と言っていた奴らも、本心では苦しんでいたのかもしれないしな』
「うん」
『だから、もう帰ろう。早くしないと、帰れなくなるから……』
「もしかして、この世界は?」
『ああ、お前が作り出した世界。俺達はお前が作り出した存在だ』
「そっか……」
私は教室中を見渡す。
だから、教室やクラスメイト達がボヤけて見えていたんだ。
ここは私にとっての地獄。あの人達は鬼そのもの。景色が歪んで見えるのは当然だった。
『……宇宙人が学校を侵略したら。いつも、そう考えていたもんな。……いじめ、辛かったよな?」
「うん」
『学校行きたくないって、毎日泣いていたもんな?』
「うん」
『だから、飛び降りたんだよな?』
「……うん」
頷いた私の目から涙がポタポタと落ちていく。
私はその涙を拭い、窓から空を見上げる。
空を覆っていた円盤。宇宙船らしき物は無くなっていて、いつもの青空と白い雲がそこにはあった。
外の景色は最初から、鮮明に私の目に映っていた。
『あの時、何があったのか話してみろよ?』
「……うん」
私は視線を空から地面に下ろし、その高さを改めて感じる。
この高さから飛び降りた。あの時、恐怖も何も感じなかった自分に恐怖を感じた。
「……死ぬ前に、私は空を見上げて思ったの。宇宙人が来てくれて、このクラスで起きたいじめを悪として考えてくれて、変えてくれたらいいなって……」
『どうしてそう思ったんだ?』
その問いに、私はまた空を見上げる。
そうだった、あの日もこんな美しい景色だった。
「空が綺麗だったから……。青い空に白い雲、キラキラ輝く太陽。外の世界はこんなにも美しいのに、どうして私はいじめに苦しまないといけないの? 『何か悪いことした?』、『悪い所は全て直す』と何度謝っても、『その調子に乗った態度が苛つく』ってお母さんが毎日作ってくれたお弁当を食べれなくされるの。……ねえ、私の何が悪かったの? どうしていじめられるの? どうして友達はみんな居なくなって、クラス全員に無視られるの? どうしてキモい、クズ、死ね、とか言われるの? ねえ、私の何が悪かったの。教えて……」
私は、何度考えても分からなかったことを聞く。
『お前は何も悪くねえよ。だってあいつら、カースト頂点にいる為に見せしめとして、お前を選んだだけだったんだから』
「何……それ……」
頭を何かで殴られたかのような衝撃だった。
ずっと私が悪いと思っていて、伸ばしていた髪を無理に切ったり、持ち物を地味にしたり、眉の手入れ止めたりして、地味な自分を演出していた。調子に乗ってないとアピールしていたのに。
理由なんてどうでも良かったから、私が何してもいじめはなくならなかったんだ……。
毎日浴びせられる暴言に、私の物をゴミのように捨てられ、クラスメイト全員から存在しないように扱われた。
その苦しみはどんどん溜まっていき、体と心を蝕んでいった。朝起きるのも、学校に行くのも、ご飯を食べるのも、息をすることすら苦しくなっていき、私を追い詰めていった。
そんな苦しみから解放されたくて行き着いた結論は、三階の教室から飛び降りて全てを終わらせることだった。
死ぬぐらいなら、学校に行かなければいい。
そう言われそうなことぐらい分かっているよ。
でも、学校に行かなかったらお母さんお父さんは私が学校でいじめられているって気付くでしょう?
それは絶対に知られたくなかった。泣く顔なんて見たくなかった。
それを言えば、死んだ方が悲しむ。
分かってるよ。でも言えなかった。あなたの娘はいじめにあっている……。そんなこと、言いたくなかった!