6日目 (木曜日)
椿の花は昨日一日で残り三割程度になってしまった。
でも、大丈夫。まだ残ってる。
采音はまだ死なない。死なないはずなんだ。
最初はこんなのジョークだと思っていたけど今ではそんなジョークにすら縋っている。
この世に神様がいるのなら、どうか采音を助けてあげてください。僕はどうなってもいいから……。
※
「采音はどうなんですか!?」
「落ち着いて!心臓に負荷がかかるわ」
僕は朝起きて直ぐに采音の容態が急変したことを聞いてエントランスに大急ぎで来ていた。
部屋で朝の検査にやってきた看護師さんに聞いてからなりふり構わず走ってやってきたが、息が上がるとどうしても心臓が痛む。
でも、そんなこと関係がないくらい今は采音が心配だ。
采音の容態が悪くなっていっているのは実際知っていた。
事実僕らは昨日、一昨日と外に出ていない。
采音の体調が優れなかったからだ。
一日目こそ、先生からのドクターストップがかかったせいで行けなかったような形だったのが二日目では采音自らが決行を断念するほど体が弱りきっていた。
そして、今日だ。
「今、采音ちゃんは治療室にいるわ。きっと会えるのは夕方くらいになるかしら。だから、今は落ち着きなさい」
夕方までは会えないという言葉が僕の頭を冷やし、冷静にさせる。
今慌ててもしょうがないんだ。
看護師さんに合わせて深呼吸をすると、心臓が耳元で大きな音を立てて鼓動し、脳を揺らされるような感覚に陥る。
采音はこんなの比じゃないくらい辛い思いをしてるはずだ。
そう思うといてもたっても居られず治療室の前までフラフラと歩みを進めていた。
「晴慈くん!」
「……おばさんにおじさん?」
そこに居たのは采音のお父さんとお母さん。
「晴慈くんは大丈夫なの?」
「はい……でも、采音は……。」
僕の視線が赤色の光を放つ治療室の看板に吸い寄せられる。
この看板に光が灯ることは使用中であることを示している。つまり、采音は今この中で……。
「……実は采音はこうなることを余命を知らされるずっと前から予想していわ。それと同時にとても心配そうにしてた」
みんなの不安でできた沈黙を破るようにしておばさんが口を開いた。
「こうって?」
「晴慈くんを置いていってしまうことよ」
「采音が……僕を置いていくことを?」
正直、その事に僕は驚いた。
僕には余命がはっきりするまではドナーが見つからない限り采音と僕のどちらの方が限界に近づいているかなんて全然分からなかったから。
僕が先かもしれないし、采音が先かもしれない。
ずっとそう思っていたが采音は違ったらしい。
「実は采音とあなたと出会う前はすごく暗い子だった」
「えっ……」
「人生に絶望しているのような。この世界でやりたいことなんてまるでない。全部諦めるしかないと思っていた時期があったのよ 」
その姿の采音はあまりにも僕の初対面の時の印象と異なっている姿だったから素直に受け入れることができかった。
僕は初対面のとき、采音の難病を抱えながらも前向きに明るく進む姿に惹かれたんだ。
まるで、無敵のヒーローみたいな采音に。
それじゃあまるで……
「本当に初めて病院で会った晴慈君にそっくりだった」
あの頃の僕は本当に全てが不幸に見えて、何故自分だけこんな世の不条理を受け入れなければいけないのかとそんな言葉が頭の中をずっとこだましていた。
ヒーローとは反対の弱くて弱くてどうしようもないやつだった。
「そんな采音を前にして私たちは采音に何もしてあげられなかった」
おじさんがおばさんの手をギュと握りしめている。
「そんな時、采音はあなたと出会って変わった。晴慈君を見て、あの子は目標を見つけたの」
「目標……?」
「ええ。『あなたを笑顔にしてみせる』それが采音が死ぬまでに達成すべき目標となってあの子に生きる意味を与えた」
僕を……笑顔に……?
采音だってこの世に絶望していたはずだ。
さっきのおばさんの話でそれは僕の中ではより確信に近づいている。
でも。それでも彼女は自分のためではなく人のために命を尽くそうとした。
「……きっと死んだような目をしていた晴慈くんを見て、まるで鏡でも見たようだったのでしょうね」
そこで赤色のランプの明かりが切れた。
僕らは扉から出てくる先生に注目し、手術の成功を聞いた。
「これはただの延命措置です。どんだけ長くても今日を越せるかどうか」
先生は僕らの前で深々と頭を下げた。
「私たちは晴慈くんにずっとお礼を言いたかったの。病院の外の世界を一緒に歩いてくれたことも。たくさんの思い出を作ることができたことも。あの子に生きる意味を与えてくれたことも。」
ありがとう。
おばさんとおじさんはそう言ってそのまま看護師の人と一緒に行ってしまった。
「面会ができるのはきっと18時頃になるだろう。……今日は看護師の皆には君の消灯時間後の行動を見逃すように言っておく。最後かもしれない時間を大事にするんだ。だが、君ももう危ないところにいることを忘れないでくれ」
と、出て行った先生に今度は僕が深いお辞儀をした。
椿の花は昨日一日で残り三割程度になってしまった。
でも、大丈夫。まだ残ってる。
采音はまだ死なない。死なないはずなんだ。
最初はこんなのジョークだと思っていたけど今ではそんなジョークにすら縋っている。
この世に神様がいるのなら、どうか采音を助けてあげてください。僕はどうなってもいいから……。
※
「采音はどうなんですか!?」
「落ち着いて!心臓に負荷がかかるわ」
僕は朝起きて直ぐに采音の容態が急変したことを聞いてエントランスに大急ぎで来ていた。
部屋で朝の検査にやってきた看護師さんに聞いてからなりふり構わず走ってやってきたが、息が上がるとどうしても心臓が痛む。
でも、そんなこと関係がないくらい今は采音が心配だ。
采音の容態が悪くなっていっているのは実際知っていた。
事実僕らは昨日、一昨日と外に出ていない。
采音の体調が優れなかったからだ。
一日目こそ、先生からのドクターストップがかかったせいで行けなかったような形だったのが二日目では采音自らが決行を断念するほど体が弱りきっていた。
そして、今日だ。
「今、采音ちゃんは治療室にいるわ。きっと会えるのは夕方くらいになるかしら。だから、今は落ち着きなさい」
夕方までは会えないという言葉が僕の頭を冷やし、冷静にさせる。
今慌ててもしょうがないんだ。
看護師さんに合わせて深呼吸をすると、心臓が耳元で大きな音を立てて鼓動し、脳を揺らされるような感覚に陥る。
采音はこんなの比じゃないくらい辛い思いをしてるはずだ。
そう思うといてもたっても居られず治療室の前までフラフラと歩みを進めていた。
「晴慈くん!」
「……おばさんにおじさん?」
そこに居たのは采音のお父さんとお母さん。
「晴慈くんは大丈夫なの?」
「はい……でも、采音は……。」
僕の視線が赤色の光を放つ治療室の看板に吸い寄せられる。
この看板に光が灯ることは使用中であることを示している。つまり、采音は今この中で……。
「……実は采音はこうなることを余命を知らされるずっと前から予想していわ。それと同時にとても心配そうにしてた」
みんなの不安でできた沈黙を破るようにしておばさんが口を開いた。
「こうって?」
「晴慈くんを置いていってしまうことよ」
「采音が……僕を置いていくことを?」
正直、その事に僕は驚いた。
僕には余命がはっきりするまではドナーが見つからない限り采音と僕のどちらの方が限界に近づいているかなんて全然分からなかったから。
僕が先かもしれないし、采音が先かもしれない。
ずっとそう思っていたが采音は違ったらしい。
「実は采音とあなたと出会う前はすごく暗い子だった」
「えっ……」
「人生に絶望しているのような。この世界でやりたいことなんてまるでない。全部諦めるしかないと思っていた時期があったのよ 」
その姿の采音はあまりにも僕の初対面の時の印象と異なっている姿だったから素直に受け入れることができかった。
僕は初対面のとき、采音の難病を抱えながらも前向きに明るく進む姿に惹かれたんだ。
まるで、無敵のヒーローみたいな采音に。
それじゃあまるで……
「本当に初めて病院で会った晴慈君にそっくりだった」
あの頃の僕は本当に全てが不幸に見えて、何故自分だけこんな世の不条理を受け入れなければいけないのかとそんな言葉が頭の中をずっとこだましていた。
ヒーローとは反対の弱くて弱くてどうしようもないやつだった。
「そんな采音を前にして私たちは采音に何もしてあげられなかった」
おじさんがおばさんの手をギュと握りしめている。
「そんな時、采音はあなたと出会って変わった。晴慈君を見て、あの子は目標を見つけたの」
「目標……?」
「ええ。『あなたを笑顔にしてみせる』それが采音が死ぬまでに達成すべき目標となってあの子に生きる意味を与えた」
僕を……笑顔に……?
采音だってこの世に絶望していたはずだ。
さっきのおばさんの話でそれは僕の中ではより確信に近づいている。
でも。それでも彼女は自分のためではなく人のために命を尽くそうとした。
「……きっと死んだような目をしていた晴慈くんを見て、まるで鏡でも見たようだったのでしょうね」
そこで赤色のランプの明かりが切れた。
僕らは扉から出てくる先生に注目し、手術の成功を聞いた。
「これはただの延命措置です。どんだけ長くても今日を越せるかどうか」
先生は僕らの前で深々と頭を下げた。
「私たちは晴慈くんにずっとお礼を言いたかったの。病院の外の世界を一緒に歩いてくれたことも。たくさんの思い出を作ることができたことも。あの子に生きる意味を与えてくれたことも。」
ありがとう。
おばさんとおじさんはそう言ってそのまま看護師の人と一緒に行ってしまった。
「面会ができるのはきっと18時頃になるだろう。……今日は看護師の皆には君の消灯時間後の行動を見逃すように言っておく。最後かもしれない時間を大事にするんだ。だが、君ももう危ないところにいることを忘れないでくれ」
と、出て行った先生に今度は僕が深いお辞儀をした。