3日目 (月曜日)
今日も椿は残ってる。
落ちた椿は清掃されてしまったみたいでただ花の数が減った椿の木が寂しそうに佇んでいる。
今日も采音も僕も生きている。
大丈夫。
そう自分に言い聞かせるように何度も何度もその言葉を口の中で反芻した。
※
「検査お疲れ様〜!」
「そっちもお疲れ様」
僕らはグラスで乾杯をした。
今居るのは駅前のファミレス。
今日は午前と午後前半に検査があったのでそれからの集まりとなった。
「晴慈は何飲んでるの?」
「マスカット。采音は……すごい色だけどほんとに何飲んでるの?」
采音が持ってきたクラスの中には茶色?いや、黒?とにかくすごい色の液体が並々に注がれていた。
昔からトライ精神のすごいやつだったけどこういう方面では本当に働いて欲しくない……。
「えっとね。コーラとぶどうジュースとジンジャーエールと……」
「わかった。もういい。十分ゲテモノだってことがわかった」
「ゲテモノってなによ。もしかしたらすごい化学反応的な何かが起こって美味しくなってるかもしれないじゃない」
「じゃあ、1口どうぞ」
采音は躊躇うことなくクビっとグラスを煽った。
正直見ている方は気が気じゃなかったが当の本人はやる気満々である。
「どう?美味しい?」
「……まずい」
「そりゃそうでしょ……。なんでそんなことしたの……」
「ドリンクバーってこうするのがお決まりでしょ!」
「それで美味しいものが出来た試しは?」
「……ないけど」
「学びなって」
「でもさ〜。今回は行ける気がしたんだよ」
采音は天を仰ぎ足をバタバタと動かしてまるで駄々をこねる子供のようだ。
「前回もそれ言ってたよね?いい加減にしとけって」
「ごめんなさい晴慈ママ〜」
「誰がママだ……」
飲んでと言わんばかりにグラスをこっちに寄せてくる采音に一発デコピンを入れてからグラスの中の液体を飲み干した。
……ちなみにホントにすごい味がした。
それはもう……。ホントに……。
「それで今日は晴慈ママプレゼンツだけどこれから何するの」
まだそのネタ引きずるんだ……。
ツッコミを放棄して僕はスマホの画面を采音に向ける。
「今日からイルミネーションが始まるらしいから。それを見に行こうかなって」
「あ〜!これ去年私が行きたいって言ってたけど入院してて行けれなかったやつだ。覚えててくれたんだ」
「開始時間まで少し時間があるからそれまではここで時間を潰そうかなって」
「なるほど。晴慈にしてはいい案出すじゃん」
「僕にしてはってなにさ」
失礼な。僕だってやる時はやるぞ。
「ごめんって。しっかし、このイルミネーション今日からだったんだ。やっぱり私たち……」
「「運がいいね」」
お互い顔を見合わせて笑った。
「采音よくこの言葉を言うよね。なんか思い入れがあったりするの?」
「うん。ほら私たちって昔から『可哀想な子供』だったじゃん。でもさ、病気のことだけに絶望して、全てのものに不幸を感じるようになったらそれこそ本当の地獄でしょ?だから、私は小さな幸せを大切にしたい。小さな幸運を見逃さないようにしたいって思ってるから」
別に意識的に使ってるつもりは無いんだけどなぁ。
と、最後に一言付け足して飲み物を取りに行ってしまった。
……正直僕は采音に会う前はずっとこの世の終わりみたいな顔をして過ごしてたと思う。
いっその事すぐに死んでしまおうかと思ってしまうほど。
いつ発作が起こってしまうのか分からない恐怖と日々一緒に生きてきた。
だけど、僕と同じような境遇で前向きに生きてる采音と過ごすようになってだんだん影響され始めた。
采音のその小さな幸せを噛み締めるところとか。
病気を理由に物事を諦めようとしないところとか。
そういうところに僕は憧れて、いつの間にか采音の背中を追いかけてたのかもしれない。
実際に今、こうやって外に出ているのも、少しでも長く生きたいと思えているのも采音のおかげだと思う。
きっと昔のままの僕なら病室のベットで死んだような目をしながら同じ日の繰り返しのような日々を消化し続けていたと思う。
「ただいま〜。今回はちゃんとしたやつにしてきたよ」
「……ありがとう。采音」
「え?どした?私なんかしたっけ?」
「ううん。ただ言ってみたかっただけ」
「そう?なら言えるうちに全部言っといた方がいいよ。私たちに『次』があるのは絶対じゃないからね」
「……うん。そうだね。その通りだ」
今日、采音に集合時間を伝え忘れたから言いに行かないとと思って采音の病室に行った時に見ちゃったんだ。僕。
先生と采音が真剣に話し合ってるのを。
もしかしたら采音の体は限界に近いんじゃないか。
背筋がゾッと凍る感覚を思い出してしまった。
「このポテト食べ終わったらそろそろお店出る?」
「うん。いい時間だしね。あと、采音。食べながら喋らない」
「は〜い。ママ」
「ママじゃない!」
※
「うぅ……寒い……」
「なんか雪降ってない日の方が寒い気がする時あるよね……大丈夫采音?」
手袋越しに親指を突き立てているがその姿はどう見ても大丈夫じゃないの人のそれである。
「結構着込んでるはずなんだけどなぁ……。冬をちょっと舐めてたね」
「僕たちの場合は脂肪も筋肉もついてないのが痛いね」
「やめてよ。ちょっと気にしてるんだから」
手をハァーと吐いた白い息で温めているけど本当に凍ってしまいそう。
「あれ?晴慈手袋は?」
「病院に忘れちゃった……」
「馬鹿じゃないの?!本当に凍っちゃうよ」
「今からでもそこのコンビニかどこかで買ってきた方がいいかな?」
当たりを見回してて近場で売ってそうなところを探して見るけどどう頑張っても開始時間には間に合いそうにない。
「もう、しょうがないなぁ。私の左手側あげるからつけときな」
「え、いいの?そしたら采音は左手どうするのさ?」
采音から左手側の手袋を申し無さげに貰ったはいいものの寒すぎるので速攻で着用する。
「こうすればいい!」
僕は右手をギュッとしっかり采音に握られて少しドキッする。
「晴慈の手の方が冷たいじゃん」
「さっきから何もつけてないからね」
僕だけ照れるのもなんか癪だなぁと思っていたが、采音も何やら僕から顔を背けていて耳は真っ赤だ。
「……采音さん耳赤くないですか?」
「うるさい。寒いだけだし」
脇腹を小突かれて采音は顔をいつも着ていた茶色のマフラーに埋めてしまった。
そんなやり取りをしているとアナウンスが聞こえてくる。
『只今より本日のライトアップを開始します』
バチッという音ともにみんなが取り囲んでいた大きなツリーやオブジェクトがいろんな色で光り輝き出す。
「わぁ、すごい綺麗」
「うん。本当に綺麗だ」
采音はツリーを見たまましばらく動かなかった。
僕も隣でじっと明るいツリーを見つめる。
時々、繋がった手から力が伝わって来て、独りじゃないことへの安心がやってくる。
「ねぇ、写真撮ろうよ」
ライトアップが開始されてから少しした頃。ツリーをじっと見つめていた采音は僕の目を見て言った。
「じゃあ……って周りの人は自分達に夢中だよね。頼める人いないや」
「じゃあ、今日はタイマーで撮ってみようよ」
近くにあった花壇の段差にカメラを置いてタイマーをセットする。
この前タイマーの設定に手こずったからやり方を確認しておいて良かった。
タイマーを10秒にセットしたのを確認してツリーの前に待機していた采音の方に走る。
「10秒後にシャッター切られるから」
そう言うと采音は僕の右手にもう1度指を絡めた。
「え?采音さん……?」
「……このままがいい。今日はこのままが」
困惑しているとカメラからパシャと音が聞こえて2人して「あっ」と声が漏れる。
確認してみるとやっぱり目線はしっかりお互いに向いていた。
まるで映画やドラマのキスシーンの手前みたいでなんだか見ているだけで体温が上がっていくのを感じる。
「取り直す?」
「いいや。これでいい。これがいいよ」
「そっか。采音がそう言うならこれでいっか」
采音はカメラを真剣な目つきでにじっと見つめていた。采音の口角は少しだけ上がっていてそれにつられて僕も頬が緩む。
采音は今はカメラの画面に夢中だ。
だからそっとバレないように采音のカバンからカメラを拝借してチェキでこの采音を撮影した。
出てきたフィルムは僕が持っていても良かったけど何となくカメラと一緒に采音のカバンにそっと返しておいた。
采音からカメラを受け取り首にかけると今度はどちらからと言わずに手を繋ぐ。
「少し回ったら今日は帰ろっか」
「寒いからね。どこかの誰かさんが手袋忘れたせいで」
僕達はツリーの周辺を少し回ったらそのまま帰路に着いた。
その途中に会話はなかったけど、繋がった手から温かさを感じることができて帰る途中には今日の不安が薄まった気がした。
だけど、それは一夜にしてひっくり返ることとなった。
今日も椿は残ってる。
落ちた椿は清掃されてしまったみたいでただ花の数が減った椿の木が寂しそうに佇んでいる。
今日も采音も僕も生きている。
大丈夫。
そう自分に言い聞かせるように何度も何度もその言葉を口の中で反芻した。
※
「検査お疲れ様〜!」
「そっちもお疲れ様」
僕らはグラスで乾杯をした。
今居るのは駅前のファミレス。
今日は午前と午後前半に検査があったのでそれからの集まりとなった。
「晴慈は何飲んでるの?」
「マスカット。采音は……すごい色だけどほんとに何飲んでるの?」
采音が持ってきたクラスの中には茶色?いや、黒?とにかくすごい色の液体が並々に注がれていた。
昔からトライ精神のすごいやつだったけどこういう方面では本当に働いて欲しくない……。
「えっとね。コーラとぶどうジュースとジンジャーエールと……」
「わかった。もういい。十分ゲテモノだってことがわかった」
「ゲテモノってなによ。もしかしたらすごい化学反応的な何かが起こって美味しくなってるかもしれないじゃない」
「じゃあ、1口どうぞ」
采音は躊躇うことなくクビっとグラスを煽った。
正直見ている方は気が気じゃなかったが当の本人はやる気満々である。
「どう?美味しい?」
「……まずい」
「そりゃそうでしょ……。なんでそんなことしたの……」
「ドリンクバーってこうするのがお決まりでしょ!」
「それで美味しいものが出来た試しは?」
「……ないけど」
「学びなって」
「でもさ〜。今回は行ける気がしたんだよ」
采音は天を仰ぎ足をバタバタと動かしてまるで駄々をこねる子供のようだ。
「前回もそれ言ってたよね?いい加減にしとけって」
「ごめんなさい晴慈ママ〜」
「誰がママだ……」
飲んでと言わんばかりにグラスをこっちに寄せてくる采音に一発デコピンを入れてからグラスの中の液体を飲み干した。
……ちなみにホントにすごい味がした。
それはもう……。ホントに……。
「それで今日は晴慈ママプレゼンツだけどこれから何するの」
まだそのネタ引きずるんだ……。
ツッコミを放棄して僕はスマホの画面を采音に向ける。
「今日からイルミネーションが始まるらしいから。それを見に行こうかなって」
「あ〜!これ去年私が行きたいって言ってたけど入院してて行けれなかったやつだ。覚えててくれたんだ」
「開始時間まで少し時間があるからそれまではここで時間を潰そうかなって」
「なるほど。晴慈にしてはいい案出すじゃん」
「僕にしてはってなにさ」
失礼な。僕だってやる時はやるぞ。
「ごめんって。しっかし、このイルミネーション今日からだったんだ。やっぱり私たち……」
「「運がいいね」」
お互い顔を見合わせて笑った。
「采音よくこの言葉を言うよね。なんか思い入れがあったりするの?」
「うん。ほら私たちって昔から『可哀想な子供』だったじゃん。でもさ、病気のことだけに絶望して、全てのものに不幸を感じるようになったらそれこそ本当の地獄でしょ?だから、私は小さな幸せを大切にしたい。小さな幸運を見逃さないようにしたいって思ってるから」
別に意識的に使ってるつもりは無いんだけどなぁ。
と、最後に一言付け足して飲み物を取りに行ってしまった。
……正直僕は采音に会う前はずっとこの世の終わりみたいな顔をして過ごしてたと思う。
いっその事すぐに死んでしまおうかと思ってしまうほど。
いつ発作が起こってしまうのか分からない恐怖と日々一緒に生きてきた。
だけど、僕と同じような境遇で前向きに生きてる采音と過ごすようになってだんだん影響され始めた。
采音のその小さな幸せを噛み締めるところとか。
病気を理由に物事を諦めようとしないところとか。
そういうところに僕は憧れて、いつの間にか采音の背中を追いかけてたのかもしれない。
実際に今、こうやって外に出ているのも、少しでも長く生きたいと思えているのも采音のおかげだと思う。
きっと昔のままの僕なら病室のベットで死んだような目をしながら同じ日の繰り返しのような日々を消化し続けていたと思う。
「ただいま〜。今回はちゃんとしたやつにしてきたよ」
「……ありがとう。采音」
「え?どした?私なんかしたっけ?」
「ううん。ただ言ってみたかっただけ」
「そう?なら言えるうちに全部言っといた方がいいよ。私たちに『次』があるのは絶対じゃないからね」
「……うん。そうだね。その通りだ」
今日、采音に集合時間を伝え忘れたから言いに行かないとと思って采音の病室に行った時に見ちゃったんだ。僕。
先生と采音が真剣に話し合ってるのを。
もしかしたら采音の体は限界に近いんじゃないか。
背筋がゾッと凍る感覚を思い出してしまった。
「このポテト食べ終わったらそろそろお店出る?」
「うん。いい時間だしね。あと、采音。食べながら喋らない」
「は〜い。ママ」
「ママじゃない!」
※
「うぅ……寒い……」
「なんか雪降ってない日の方が寒い気がする時あるよね……大丈夫采音?」
手袋越しに親指を突き立てているがその姿はどう見ても大丈夫じゃないの人のそれである。
「結構着込んでるはずなんだけどなぁ……。冬をちょっと舐めてたね」
「僕たちの場合は脂肪も筋肉もついてないのが痛いね」
「やめてよ。ちょっと気にしてるんだから」
手をハァーと吐いた白い息で温めているけど本当に凍ってしまいそう。
「あれ?晴慈手袋は?」
「病院に忘れちゃった……」
「馬鹿じゃないの?!本当に凍っちゃうよ」
「今からでもそこのコンビニかどこかで買ってきた方がいいかな?」
当たりを見回してて近場で売ってそうなところを探して見るけどどう頑張っても開始時間には間に合いそうにない。
「もう、しょうがないなぁ。私の左手側あげるからつけときな」
「え、いいの?そしたら采音は左手どうするのさ?」
采音から左手側の手袋を申し無さげに貰ったはいいものの寒すぎるので速攻で着用する。
「こうすればいい!」
僕は右手をギュッとしっかり采音に握られて少しドキッする。
「晴慈の手の方が冷たいじゃん」
「さっきから何もつけてないからね」
僕だけ照れるのもなんか癪だなぁと思っていたが、采音も何やら僕から顔を背けていて耳は真っ赤だ。
「……采音さん耳赤くないですか?」
「うるさい。寒いだけだし」
脇腹を小突かれて采音は顔をいつも着ていた茶色のマフラーに埋めてしまった。
そんなやり取りをしているとアナウンスが聞こえてくる。
『只今より本日のライトアップを開始します』
バチッという音ともにみんなが取り囲んでいた大きなツリーやオブジェクトがいろんな色で光り輝き出す。
「わぁ、すごい綺麗」
「うん。本当に綺麗だ」
采音はツリーを見たまましばらく動かなかった。
僕も隣でじっと明るいツリーを見つめる。
時々、繋がった手から力が伝わって来て、独りじゃないことへの安心がやってくる。
「ねぇ、写真撮ろうよ」
ライトアップが開始されてから少しした頃。ツリーをじっと見つめていた采音は僕の目を見て言った。
「じゃあ……って周りの人は自分達に夢中だよね。頼める人いないや」
「じゃあ、今日はタイマーで撮ってみようよ」
近くにあった花壇の段差にカメラを置いてタイマーをセットする。
この前タイマーの設定に手こずったからやり方を確認しておいて良かった。
タイマーを10秒にセットしたのを確認してツリーの前に待機していた采音の方に走る。
「10秒後にシャッター切られるから」
そう言うと采音は僕の右手にもう1度指を絡めた。
「え?采音さん……?」
「……このままがいい。今日はこのままが」
困惑しているとカメラからパシャと音が聞こえて2人して「あっ」と声が漏れる。
確認してみるとやっぱり目線はしっかりお互いに向いていた。
まるで映画やドラマのキスシーンの手前みたいでなんだか見ているだけで体温が上がっていくのを感じる。
「取り直す?」
「いいや。これでいい。これがいいよ」
「そっか。采音がそう言うならこれでいっか」
采音はカメラを真剣な目つきでにじっと見つめていた。采音の口角は少しだけ上がっていてそれにつられて僕も頬が緩む。
采音は今はカメラの画面に夢中だ。
だからそっとバレないように采音のカバンからカメラを拝借してチェキでこの采音を撮影した。
出てきたフィルムは僕が持っていても良かったけど何となくカメラと一緒に采音のカバンにそっと返しておいた。
采音からカメラを受け取り首にかけると今度はどちらからと言わずに手を繋ぐ。
「少し回ったら今日は帰ろっか」
「寒いからね。どこかの誰かさんが手袋忘れたせいで」
僕達はツリーの周辺を少し回ったらそのまま帰路に着いた。
その途中に会話はなかったけど、繋がった手から温かさを感じることができて帰る途中には今日の不安が薄まった気がした。
だけど、それは一夜にしてひっくり返ることとなった。