「ねぇ、晴慈。最後に私たちの思い出を作ろう。盛大にね」
余命1週間の彼女は余命2週間の僕にそう言った。

1日目(土曜日)……

「おまたせ、晴慈。待たせちゃってごめんね」
「全然大丈夫。それより体は大丈夫?」
「うん!あと1週間しか生きられないのを疑うくらいには」

そういった後にはゴホッゴホッと咳をしていたがもう僕は何も言わなかった。

「晴慈も大丈夫?無理しなくてもいいからね?」
「大丈夫だよ。さぁ、行こうか」

お父さんから貰った一眼レフのカメラを掲げて僕達は病院の窓口に行く。

鈴宮(すずみや)晴慈(せいじ)くんと花音(はなね)采音(あやね)さんね。外出許可確認しました。気をつけて行ってらっしゃい」

行ってきま〜す!と采音はカウンターに向かって手を振ると僕らは久々に病院の外に出た。

外は肌を突き刺すように寒く、吐いた息は白く煙となり昇っていく。

「やっぱり外の空気は美味しいね」
「病室だとやっぱり消毒液の匂いが強いからね……もう慣れて感じなくなったけど」
「ほんとそれ!私たち病室でどれだけすごしたのって感じ」

小さい頃から心臓が悪かった僕はずっと入退院を繰り返していた。

小学校の頃はまだ良かったものの、本格的に心臓の病気が悪化して中学校の三年間は半分以上を病室で過ごした。高校も通うことが出来ず退学する始末。

采音も肺が悪く僕と同じような生活を送っていた。

小さい頃からよく病院内で会い、歳も同じだったからか意気投合し今では検査と夜以外はずっと一緒に過ごしている。

そんな僕らだが二人揃ってこの前ついに余命宣告を受けてしまった。

症状が悪化したようだ。采音は余命1週間を宣告され、僕は2週間。
僕の方はドナーさえ見つかればと先生がこぼしていたがこの数年待ってみて見つからなかった時点でお察しである。

覚悟を決めた僕達は今までの病室ライフで失った時間を取り戻すように思い出作りに色んな場所で2人の写真を撮ることにした。

外に出て。自分の足で歩いて。写真を撮ろうと。

なんで写真かと言うと采音の提案だった。

写真で私たちが生きたことを証に残そうとの事だ。

「うわっ!何すんだよ!」
「これ?チェキだよ。私もカメラ持ちたくて……それとはまた違っていいと思わない?」
と采音は僕の首からぶら下がるカメラを指さして言った。

「ちなみに今のは病院を出た記念ね」
「フィルムが足りなくなっちゃうよ」
「大丈夫!この日のためにいっぱい買ってもらったんだから」
と、采音はドヤ顔である。

「ねぇ、これからどこに行く?」
「それは私もう決めてあるの!久しぶりにあそこに行こ!始まるよ。私たちの最期の旅が!」



采音に連れられやってきたのはとある商店街。
ここには小学校の頃に采音と一緒に来たことがあった。

僕達と同様、お母さん達も意気投合し、病院を出た足でここに家族で一度だけ来たことがある。

「やっぱり色々変わってるね〜」

ここに来たのはその時に1度だけ、それ以降は僕も采音も来ていない。
休日で人は多いと言えどお店は変わり、2、3店舗に1店舗はシャッターが閉まっていた。

それでもまだこの場所は活気溢れると言って差支えのない熱気と盛り上がりを保持している。

「歩いてみようか。体調は大丈夫?」
「うん!大丈夫。ただ、せっかくだからここで写真を撮ろうよ。今度は晴慈のカメラで」
「じゃあ、今度は僕が撮るよ」
「ううん。2人で撮りたい」
「えっと、じゃあカメラのタイマー機能って……」
「あ、すみませ〜ん」

慣れないカメラの操作に手間取っている間に采音は商店街に入るところだった夫婦に声をかけシャッターを切ってもらうように頼んでいた。

そうして、商店街の入口の看板とその後ろのドームの天井のテラスから入ってくる虹色の光を背景に2人で1枚の写真を撮った。

「「ありがとうございました」」

2人で夫婦にお礼を言うと
「私たちの息子もこれくらい素直だったらねぇ」と軽口をたたいて人混みの中へと消えていった。

「うん。よく撮れてるね」
「あの人たちに頼んで正解だったね」
「タイマーだったらどうしても地面にカメラ置いてとるしかなかったからね……」

撮ってもらった写真を確認していざゆかんと商店街へと2人で歩いていく。

要所要所では撮影タイムを挟みつつ一眼レフでも采音のチェキでも途中写真を撮った。途中、撮るのが楽しくなってきてお互い撮った枚数を競うように撮り合った。

今日は僕の調子はいい一方で采音は所々で咳き込んでおりこまめに休憩を挟んみながら進む。

「大丈夫?」とは言わない。もちろん本当に危なそうなら即刻は病院に帰ると2人で約束している。

そうでないのはお互いに『可哀想』という目を向けないため。

小学校の頃からずっと僕達は『可哀想な子』で『憐れな子』だった。

それが、僕たちには耐え難いほどの苦痛だった。
普通の子達と同じように接して欲しくても、みんなどこか僕たちを腫れ物のよう丁重に扱おうとする。

それが僕たちには辛かった。

だから、僕たちの間ではそれはなし。
互いに同じ境遇であるが故にできた暗黙の了解。

無責任な『大丈夫?』は言わない。

したいことをすると言うのを否定するんじゃなくて一緒にどうやったら実現できるか必死こいて考える。

僕たちはそれを徹底していた。大人たちや健康な人達は体調第一、また次やろうなんて言うがそれは健康な人だから言えることだ。

僕達には『次』があるかなんて分からない。

明日は絶対に存在するものでは無い。

それを僕らは昔から知っている。

このルールは僕たちにしか共有できない思いからなのである。

「学校ほんとにつまんない〜」
「それなー。明日から学校サボってやろうかな」

座って休憩している僕らの隣を制服姿の女子高生が通り過ぎて行った。

あの制服はここから徒歩数十分のところにある高校のもので手にはクレープが握られていた。青のネクタイにはラインが二本引かれてありそれは僕らと同い年であることを示していた。

「ねぇ、晴慈。私達にもこういう未来があったのかな……」

どこか遠い目で彼女らを見つめる采音に耐え難い苦しみを覚えた。

僕らだって病気になんかならなければ、あぁやって学校に通えていたのに。

病気になんてならなかったら友達だってできたのに。

病気なんてならなかったら……

「あるに決まってる。采音が授業中に寝て注意されるところまで見えたね」

あるに決まってるんだ。そうじゃないとこの世はあまりにも理不尽が多すぎる。

「ありがとう晴慈……。もう大丈夫。行こっか」
「うん」

そう言って僕らはまた何事も無かったかのように歩き始める。

僕より采音の方が宣告された余命が短いというのはきっと単に采音の方が容態が悪いから。
今日のでそう思った。

一応室内とはいえ極寒の冬の中。
正直病人が歩いていたら体に触るだろう(それは僕もだが)。
でも、采音はそんなとこ感じさせないような天真爛漫さで僕の手を引いていく。

「ねぇ、次は……」
「どうしたの采音?」
「なんかすごくいい匂いがしない?」
「確かに……」

当たりを見回してみるとその匂いの正体は……

「コロッケだ〜!懐かしい」
「そういえば前もここで食べたね。コロッケ」

前来た時は確か采音が欲しいとねだって采音ちゃんが食べるならあんたも一緒に。と立ち寄ったお店がここ。

「残ってたんだね」
「美味しかった覚えがあるから良かったよ」

彩音はそのお店に駆け寄ってメニューを一瞥した後昔食べたものと同じものを注文し、僕も同じものを頼んだ。

「へいよ!お待ち」
「わぁ〜あったかーい」
「ホクホクだね」
「そりゃ今揚げたばっかだからな」

ハッハッハッと豪快に笑う店主。
少しお腹が出てるけどがっちりとした体格にスキンヘッドでタオルを巻いている店主は前見た時よりも大分老けていたが元気は昔通りのようだ。

「ラッキー!運がいいね私たち」と采音。

お店の横で店主と話しながらコロッケを食べたが昔と味は変わっておらず、余生が残り僅かなせいか懐かしさをしみじみと感じていた。

「ねぇ、写真撮ってもいいかな?」
「いいね!店主〜!これシャッター切ってもらってもいい?」
「作業の手が止まっちまうからな……」
「今お客さん来てないから大丈夫だよ?」
「おい!悲しくなるだろ!」

結局、采音との押し問答の末店主は店から出てきてくれて僕らがコロッケを2人で食べている写真を撮ってくれた。

「ご馳走様でした」
「ごちそうさまでした〜美味しかったです!」
「おう!にしても兄ちゃんら仲の良いカップルだね。そういう相手は大切にしなよ」
「ほんとですか!ありがとうございます」

そう言って僕らは店を後にした。

「否定しなくて良かったの?」

後になって彼女に聞いてみる。

「うん。ああいうのは素直にお礼言っとくのがいいんだよ。そんなだからモテないんだよ」
「余計なお世話な……」
「でも、私。晴慈とならそうなっても良かったかもって思ってるよ」
「……でも、それは───」

『次は○○高校吹奏楽の演奏です』
次の瞬間、軽快なトランペットの音が聞こえそれに続いて打楽器、金管、木管と最近流行りのポップスが流れ始め、あっという間に僕の声はかき消されてしまった。

「ねぇ、演奏だって!いこ!」

采音は僕の手を引っ張って人混みに向かって駆け足に歩いていく。

人混みの最後尾からでは音は聞こえても演奏者の姿はなかなか見えなかったが、采音は見ようとして必死に背伸びをしていた。それがなんだかおもしろくて、可愛くて。

こっそり頑張って背伸びしている采音を後ろから一枚写真を撮っておいた。

吹奏楽部の演奏をその演奏を含めて3曲とアンコールを演奏し、そのコンサートは終演した。

「吹奏楽なんて久しぶりに聞いたけどあんなに迫力あるんだね」
「あそこの高校は吹奏楽部が強いらしいよ。ほら」

采音に見せたスマホにはさっきの演奏者達と同じ服を着た人達が演奏している姿と一緒に『全国大会金賞』とテロップに書かれた動画が。

「僕達はいい時の来たみたい」
「やっぱり私達は運がいいね」

そんな小さな幸運を噛み締め、病院に帰ってからもソファに座って2人で今日の事を語り合っていた。

「そうだ晴慈。今日撮った写真私にもちょうだい」
「データでもいい?」
「うん大丈夫。私の方で印刷しておくから」
「写真現像するの?」
「うん。アルバムとか作ってみようかなって思って」

正直僕としては写真を撮ることはあくまで思い出作りの過程とか記録であってそれをどうこうしようと思っていたわけではなかったので正直驚いた。

「アルバムできたら晴慈にあげるよ」
「いいの?貰っても」
「うん。私が死んだ後にそれを見て私のことを思い出してね」
「……僕もすぐにそっちに行くことになるよ」

はははっ。そっか。
そう無理やり笑うようにした彼女を見て僕はまた胸が締め付けられた。

やっぱりまだ死にたくない。

まだ、采音と2人で生きていたいって。

僕には。いや、僕だけじゃないはず。

采音だってきっと本当の意味で死を受け入れることなんてできてないはず。

窓の外では風が強くなり中庭の植物たちを大きく揺らしている。

「そうだね。少なくともあの椿の花が全部落ちるまでは生きていたいな」
采音は病院の中庭にある椿の木の花を指差した。

「……采音ってそんなロマンチックなこと言えたんだ」
「私をなんだと思ってるの?!」
「猪突猛進天真爛漫ガール」
「ちょとつ……え?なんて?」

ゴーン。ゴーン。───

そこで消灯時間を告げるチャイムが鳴り、僕達は席を立ちそれぞれの部屋へ向かう。

「じゃあ、また明日!晴慈」
「うん。おやすみ」

采音が女子の部屋がある階の階段を登っていくのを見えなくなるまで手を振って見送った後、僕はダッシュでトイレに向かい思いっきり吐いた。

胃の中のもの全てを出したみたいな感じがした。

吐いたものの中には血のような深い赤色が混じっていた。

いくら調子がいいと言っても長い病室生活に残り少ない余命。

無茶は出来ない。

采音と一緒に生きるために一秒でも長く生きてやる。
そのとき改めて腹を括った。