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「たかがタンバリンだろ」

綺麗に9個並べられたタンバリンを眺めながらそう言い放った男の前で音代は顔を顰めた。

「タンバリンとは、元々」

「いい分かった黙れ音代」

音代の蘊蓄話に飽き飽きしている男は、流れるように言葉を吐き音代を黙らせた後、ため息をついて並べられているタンバリンの膜の部分を人差し指で軽く弾く。

「そもそも校長に話しているのか、俺がここに来ていること」

「いや話していない」

「呆れた」と自分の無精髭を撫でたあと、腕を組んで座っている音代と目線を合わせるように椅子に座る。しようもないことで呼び出されたことへの呆れと怒りで立ち上がったままだったが、音代はこうだと思ったことを曲げない性格なのは知っているので、話をきくことにした。
それに、男はタンバリンよりも重要なことを音代に話すつもりだった。

「先にそっちに相談だろ。しかも生徒に話す前に警察を呼ぶなんて何考えてんだ。せめて犯人に目星ついてから連絡してこい」

「先に警察に相談した事実があった方が、びびって名乗り出るだろ」

「たかがタンバリンごときで」

「おい」

1つのタンバリンを手に取り、男の前に突き出した音代。シャラン、と雰囲気とは真逆な軽快な音が鳴った。

「その、『たかが』ってのやめろじじい」

「悪かったよ、お前がその形相でもつと楽器で殺されるんじゃないかと思うわ。
そんでいい加減『じじい』呼びやめろ
まだ50代だ」

男は神城(かみしろ)栄二(えいじ)。刑事である。
そして、音代の父の古くからの友人でもある。
音代から学校で窃盗が起きたと電話をうけはるばる晴葉高校音楽室までやってきた。
ちょうど音代に用事があった神城は普通であれば断るが、今回は『タンバリンごとき』で動いたのだ。

「犯人は生徒なのか」

「先ほどまで2年1組の授業だった。おそらく2年1組の誰かだ」

「薄っぺらい情報だな、いつ無くなったか分かってんのか?」

「授業の後だ。しかも授業中、俺は一度資料をとりに職員室に戻った。その時にとられたとしか考えられない」

「なんでその時にとられたと断言できる。授業でタンバリンを使ったのか?」

「使っていないが、俺はここにある楽器の場所と数は把握している。授業が始まる前は10個あったんだ」

自信があった。楽器がどこに保管されておりいくつあるのかすべて把握し、毎日確認している。
分からないことといえばタンバリンだけを盗んだ理由だ。決して高値で売れるものでなく鞄に入れるにしても音がなるそれは密かに持ち運ぶにも面倒なもの。

「なぜ、タンバリンなんだろうか」

「今の若いやつらの考えることなんて分からんな。若い奴らの中にはお前も含まれるぞ音代」

「うるせえ髭面じじい」

「シンプルな暴言はやめろ
音楽の先生なんだからもっとおしとやかになれよ」

音楽の先生なんだから。その言葉がどうもひっかかる。
音代はその色眼鏡の視線に嫌気がさしている。音楽教諭としてここにきてから、「音楽の先生のくせに仏頂面」や「ピアノを弾いている時もただ弾きこなしているだけで楽しさが伝わってこない」など。それは音代と音楽との雰囲気の違和感による周りの人たちの思いであり、それは音代自身も気づいている。
音代なりに音楽の楽しさについて伝えるつもりだった。

「さんはい」と音代が歌う合図を出せば生徒たちの出だしはつまずく。音楽の知識と実力は自信があったはずなのに。
「人に教えること」の難しさを現在つきつけられている最中の音代は、八つ当たりするように神城を睨みつける。

「タンバリン窃盗で生徒を警察に突き出すなんてしてみろ お前もっと生徒から距離をおかれるぞ」

「分かっている そもそも、窃盗で警察に相談したという事実をつくりたかっただけだ どうせびびってすぐに名乗り出る」

「生徒を脅すために俺を使うなよクソガキ」

はあ、とため息をついた神城はポケットに入れたスマホを取り出し立ち上がった。
「不満に思ってるならなぜ来てくれたんだ」と音代が顔顰めているのを横目に目の前に並べられているタンバリンを端によけ、スマホの画面を少しの間触った。

「なんだじじい」

「俺がタンバリン窃盗ごときでお前のために動くかよ」

そういった後音代の前にスマホを置いた。
そしてしばらくしてギターの音と女の歌声が聞こえてくる。

「なんだこれ」

音代がその画面に目をやると、顔から下を映しておりギターを抱えた女が歌っている映像だった。

「今、話題になっている曲だよ」

「きいたことない」

「話題になってるっていっても、SNS上でだ。しかも最悪の意味で」

「最悪?どういうことだ」

神城は少し考えるように黙ったあと、
音代をまっすぐ見つめた。
女の歌声が音代の耳に入ってくる。
少しハスキーで、それを活かした曲調。
そして、泣きそうに、何かを吐き出すように。
『誰か わたしを 希望に染めて』そう、女が歌った瞬間。

「“自殺の曲”だと騒ぎになっている」

どういうことだと音代が眉を顰めた。
その動画は1分ほどで終わり、神城がスマホを再びいじる。
音代に相談したかったのはこのことだった。

「お前、音楽で人を殺せると思うか」

その問いに音代は喉がぎゅっと閉まる感覚に襲われる。
神城がどういう意図でそんなことを言っているのか考えを巡らせ、答えを見つけ出そうとする。
こいつは、刑事であり今流した音楽は何かしらの事件に巻き込まれた被害者。
いや、
ーーー音楽で人を殺せると思うか
加害者か。


「言葉を変えれば、『自殺を促す曲』だな ここ最近自殺した若者たちの手元にはスマホがあって、この映像が流れた形跡があるんだ

そしてSNSの怖いところでな、こういうのは連鎖する」

「この曲が犯罪になるっていうのか」

刑事である神城が動いたということが音代はひっかかった。
音楽が直接的な原因ではない。根本的原因は必ず別にあるはずだ。

「ならないから困ってんだよ」

「なら、なぜ俺に相談する」

「この曲を歌っているのは、この学校の生徒だから」

目を見開いた音代に、再びスマホの画面を音代に見せた。

「動画の端に小さく映っているこのリボンはこの高校の制服のリボンだ」

「なぜ分かる」

「よく見ろ、高校名までは見えないがここに漢字で刺繍が入っている」

ーーー高校。と紺色のリボンのタレの部分に確かに刺繍が入っている。
校章が刺繍で入っているのはよくみるが漢字で堂々と刺繍が入っているのは確かに珍しい。音代も最初にここに赴任してきた際最初に目に入ったのはそこだった。

「リボンの色からしてもこの学校の可能性が高い」

なるほど、と音代は頷く。だがなぜこの話を神城が自分にしてきたのか。
まさか。

「探せと?」

音代がそう言えば神城はその言葉を待っていたかのように大きく頷いた。これが言いたかったのかと音代は顔を歪ませた。タンバリンなど神城にしてみれば本当に「たかが」だったのだろうと音代は納得のいかない気持ちになる。まあ確かに生徒たちをびびらす中で既成事実をつくるためのものだったに過ぎないのだが。

「探してどうする気だ」

「もちろん、この動画を消してもらう」

「彼女自身がこの曲を「自殺を促す曲」としてここにあげているのか」

「それは本人に聞いてみないと分からない」

ということは、本人は動画内でこれをそういった曲としてだしたとは明言していない。
音代は、神城が差し出した動画をもう一度みた。確かになにも文面は書かれておらず動画があがっているだけだ。

「こういうものはどうやって広まっていくんだ?」

SNSが疎い音代にとってどういう仕組みでこの部屋の片隅で歌っているものが広まっていくのかいまいち理解が追いつかない。

「まあ、コメントや共有ボタン?か何かで誰かに送れたりするらしい、俺も詳しくは知らん」

50代のおじさん神城にとってもこの手のものは苦手分野であった。だが、昔からあったそういうものは形を変えて今も根強く残る。
誰かが誰かに伝え、歪になっていつしか人を飲み込んでいく。

「噂が噂を呼んで、この曲が「自殺の曲」だと広まっていった可能性がある」

「なら歌っている本人は悪くないだろ」

「お前は自分の作った曲が「自殺の曲」だと言われて、実際に自殺者がでている現状で動画を残すか?」

音代はその神城の言葉に何も言えなくなってしまった。確かに、そういった曲であるにしろないにしろ自分の曲で死人が出れば取り下げるかもしれない。
ーーーが、有名になってしまったら後には引けない気持ちもなんとなく分かる。

「ひとまず探してみてくれ 歌声も少し特徴的だし、お前の耳なら見つけ出せるだろ」

肩に手を置かれ音代はため息をついた。
正直音代に自信はない。
その生徒が音楽の授業をとっているかも分からない。そして今のところその歌声をきいたことがなかったからだ。

「分かった」

絞り出すような返事で頷いた音代に、じゃあなと音代の頭をなでた神城はその綺麗な黒髪をぐしゃぐしゃに乱した後満足そうに笑った。

「いい加減子供扱いやめろじじい 俺はもう27だ」

「大人ならいい加減自分の父親の墓参りくらいいけよ」

そう吐き捨てられ、何か言い返す前に神城は音楽室を出て行ってしまった。
音代は1人になったそこで大きめの机の端におしやられたタンバリンを1つ手に取る。
しゃらん、と音を立てて軽快な音なはずなのに少し寂しげにそこに響いた。