「広まり方がなんか変だよな」

「お前もそう思うか」

なんてことない。ただ少女が薄暗い部屋でギターを抱えて歌っているだけだ。

「俺、音楽のことあんまよく分かんねえけど最初曲だけ聴いた時、歌詞とかそういう曲にきこえないっつーか まあ、こういうのも捉え方なんだろうけど」

こういうことはSNSに強い若者に相談した方がいいと思った音代は、この少女がこの学校にいるかもしれないということは伏せた状態で、ただ“自殺を促す曲“が広まっており、実際に行動にうつしてしまう者がいるという説明を九条にしたのだ。

「この女の子はさ、普通に歌ってるように見えるんだけどよ、ほら見てこれ」

そう言って開かれたのは、その動画のコメント欄である。音代の眉間にシワがよる。
そこには、

『これを聞いて死ぬ勇気がもてました』

『死ぬことはこわいことじゃないよね』

『死んだら天国でこの曲をみんなで歌おう』

など、到底共感しがたい文が並んでいる。

「俺的に思ったのは、ここにあるコメントとか、共有された時のコメントとか、諸々見たあとに曲聴くと確かにそういう曲に聴こえんだよな」

九条の言葉に音代は顎に手を添え、小さく唸る。
視覚的に得た情報で一種のマインドコントールをさせたあと曲を聴かせる。
そして完全にその解釈しかさせないようにもっていっているその異常さは、偶然か否か。

「これ、投稿者が意図的にそういう風にもっていってんのかな」

「だが、そういう曲だと大々的に言っているわけではないんだろう」

「まあ、確かに投稿者本人のアカウントにそんなこと一言も書いてないし、なんならこの人これしかあげてない」

「名前しか分からないか」

「この、『Remi』て名前も本名なんかな」

音代はその九条の質問に口をつぐんだ。
おそらく本名ではない。
この動画を神城に見せられたあとに音代が調べたかぎり、この学校に“れみ”という名前はいなかった。
だが、そもそもこの学校のリボンが画面の端に小さく写っているだけで生徒だと決めつけるのもおかしな話だ。
この学校の生徒じゃなければ、神城に協力する意義もないわけだが、音楽で人が死ぬのは音代の理念に引っかかるところである。

「こんな広まり方して、動画も消さねえって投稿者もこの最悪な状況楽しんでんだろ、イカれてるよな。最初はいい声してんなって思ったのに」

「お前は大丈夫なのか、この曲聴いて」

「ありえねえだろ、音楽聴いて自殺なんて」

「いや、あるにはある」

「嘘だろ」

スマホに瞳を落としていた九条が驚いたように顔をあげ音代をみた。

「過去に、聴いたら自殺をしてしまうという曲が騒動になった」

「いやいやいや、ありえねえだろ」

「実際に自殺者もでたし、その時代にはに流すのもタブーになった」

「それ今スマホで聴けるかな、調べてみ、あ」

再びスマホに目を向け調べようとする九条を音代は制止した。
音代は九条の手からスマホを抜き取り、ため息をつく。

「実際は、戦争や世界情勢により人々が疲弊した時に流れていた音楽だったからだ。音楽のせいにして楽になってんだよ。その曲も被害者だ」

そう言った音代に九条は「ふーん」とあまり納得のいっていない声で口を尖らせる。

「お前、俺がこの説明をした後にその曲を調べてみろ、怖くなるぞ、その曲がそういう曲にしか聴こえなくなるからな」

九条は、しばらく考え込むように地面に視線を向け「確かに」と小さく呟いた。
つまり、だ。

「この動画の曲も、そういうことだろうな」

「え?」

「お前ら若者が抱えているものが、このSNSに注ぎ込まれてるわけだろ?
人の視覚と聴覚に訴えかけて、支配してるすべての根源だな」

お昼休みの廊下を音代はふと見渡す。
メッセージのやりとりや何かの共有。承認欲求のためにカメラにうつる者。
すべてがつまっている。

「難しいことは分かんねえけど、つまりさ、この曲がそういう目的で意図的に流れてるってのは確定だろ」

「いや、それも断言できない。先ほどの事例みたいに曲が被害にあってるって可能性もある」

「だったら、消すと思うけどなあ」

「そもそもそれを管理してるのが本人じゃない可能性もあるだろ」

「なんでこの人をそんな庇ってんだよ、先生知り合い?」

授業が始まる5分前の予鈴が鳴った。
生徒たちが廊下を走りながら教室に入っていく。
九条は音代に問いかけながら、音代の手におさまっている自らのスマホを抜き取った。

「俺はいつだって、音楽の味方だよ」

「またよく分かんないこと言ってらあ

ま、いいや。先生SNS苦手だろうしまたなんか分かったことあったら言うわ」

そう言って軽く手を振り、音代に背を向けた九条に遅れて「ああ」と返事をした音代。
ふう、と息を吐いて窓の外を眺める。
夏に向かう生ぬるい風が音代の頬を掠めた。