6

 あれから一年の月日が過ぎた。
 気付けば今日は卒業式。
 あのメッセージを送ってから、何度か佐神君に声をかけられたけど、私は一貫して佐神君を突き放した。
 最初は素直に反応しようとする自分を必死に抑えた。
 だけど、佐神君から声をかけられる期間が開いていったように、私の心も、佐神君に助けを求めないようになっていた。
 それは心が死んでいったわけではない。
『周りは頑張ってる。で、私も頑張ってる』
 佐神君のその言葉が心の支えになって、上手く息抜きをすることを覚えただけ。
 といっても、希沙が受験に合格したのが大きいのかもしれないけれど。
 卒業式が終わってからの教室の雰囲気に馴染めなかった私は、早々に教室を抜ける。
 このまま帰ってしまってもよかったけど、やっぱり、このままだと後悔してしまいそうだった。
 どこに向かうのが正解なのかはわからない。
 でも、自販機でホットココアを購入して、自然と足は校舎裏に向かっていた。
 そこには先客がいた。
「甘いのは苦手なんじゃなかった?」
 ベンチに腰を掛ける佐神君の隣には、私が買ったのと同じ、ホットココアが置かれている。
「そっちこそ」
 佐神君は私を一瞥すると、青空に視線を移した。
「県外に進学するんだって?」
「うん。もうあの家にいるのはやめようと思って」
「そっか」
 佐神君から話題を振ったくせに、興味なさそうに見えるのは、気のせいだろうか。
「……怒ってる?」
「別に」
 嘘つき。
 態度を見て言おうとしたけど、どの口が言うのかと思えば、言えなかった。
「これ、お礼」
 私は手元にあるココアを差し出す。
「去年、佐神君と話せてよかった」
 もっと言いたいことはあるはずなのに、言葉が出てこなかった。
「……あと、ごめんね。バイバイ」
 涙を見られる前に去ってしまおう。
 そう思って背を向けたのに、佐神君に腕を掴まれた。
「嘘つき」
 佐神君が怒っているような気がして、振り返れなかった。
「……俺も、依田が強がりだって知ってたのに、諦めてごめん」
 佐神君に掴まれた右手が、ほんのりと温かくなる。
「これ、依田のだから」
 優しくて温かい、ホットココア。
 あの日から苦手ではなくなった、私のお気に入り。
 私はゆっくりと身体の向きを変える。
「ありがとう……」
 そして佐神君にもらったココアを、大切に握りしめた。