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昨日と同じく、塾で自習をして、家に帰る。
今日は昨日ほど憂鬱ではなかった。
解決はしなくとも、誰かに悩みを話すだけで、だいぶ気分は変わるらしい。
たとえそれが、どれだけバカバカしく、小さな悩みだとしても。
「こんな成績だと、葉月みたいになるよ!」
「うるさいな、わかってるって!」
「希沙!」
玄関のドアを開けた途端、帰ってこなければよかったと後悔するには十分すぎるほどの、親子喧嘩が聞こえてきた。
締めくくりは、希沙が階段を上っていく足音。それだけでも、希沙が苛立っているのがわかる。
希沙は約一ヶ月後に高校入試を控えていて、ここ最近は毎日のようにこんなやり取りを聞かされている。
ああ、入りたくない。
受験に対して神経質になっている希沙のことも、勉強量が足りていないことに対して不安、不満を抱くお母さんのことも、どちらも理解できる。
ただ問題は、お母さんの注意の仕方だ。
いちいち私を引き合いに出すのは、やめてほしい。
お母さんの期待に応えられなかった私が悪いのはわかってる。
けど、もう二年経って、大学受験に向けて頑張ろうという時期にまだそれを言われる私の身にもなってほしい。
溜息をつきながら、靴を脱ぐ。
「……ただいま」
「おかえり」
手を洗ってからリビングに入ると、当然、空気は重かった。
お母さんの様子を伺い、言葉を探す。
「……着替えてくるね」
お母さんがなにか言う前に、私はその場を離れる。
階段を上りながら、ようやく息ができた気がした。
すると、ちょうど希沙がトイレから出てきた。
しまった。
妹と顔を合わせて、私はそんなことを思った。
「帰ってたんだ」
敵意むき出しの視線とその圧に、思わず目を逸らしてしまう。
「こんな時間に帰ってくるとか、ズルくない? 私だって家以外で勉強してきたいのにさ。私、お姉ちゃんのせいで、お母さんにいろいろ言われてるんだよ? その被害者みたいな顔、本当キライ」
希沙は言いたいことを言うだけ言って、部屋に戻っていった。
目を閉じて、ゆっくりと息を吸う。そして、全部吐き出した。
大丈夫、落ち着いて。
必死に自分に言い聞かせて、身体を動かした。
制服から部屋着に着替えると、一階に戻る。
食卓の上に並ぶ一人分の料理が、寂しく見える。
一人での食事は、慣れてしまった。
いや、最近はむしろ、一人のほうが安心して食べられるかもしれない。
だけど今日は、お母さんがコーヒーを飲んでいる。
緊張感のある時間になりそうだ。
心の中で気合いを入れ、席につく。
「葉月、最近帰りが遅いみたいだけど」
手を合わせて「いただきます」と言うのと同時に、厳しい声で言われた。
「塾が閉まるギリギリまで勉強してて。あと、先生にも質問することが増えてきたの」
なんとも言い訳じみた言葉だ。
でも、これは事実だ。
ウソではないのだから、堂々としていればいい。
そんなことを思いながらご飯を食べ始めると、お母さんのため息が聞こえてきた。
やめて。言わないで。
「努力が足りないんじゃない?」
私の些細な願いは、届かなかった。
これにどう返すのが正解なんだろう。
私なりに頑張ってて、それでも足りないだなんて。
これ以上、なにを頑張ればいいの。
「次は失敗しないように、しっかり頑張るのよ? そのために塾に行かせてるんだから」
お母さんはそれを言うためだけに待っていたようで、席を立った。
「……はい」
かなり遅れて、お母さんに聞こえるかどうかもわからない声で、返事をする。
やっぱりここは、居心地が悪くて、息が詰まりそうだ。
『委員長は十分頑張ってるよ』
ふと、昼間の佐神君の言葉を思い出した。
あのときは素直に受け止められなかったのに、今になって、その言葉が染みてくる。
私は涙を堪えながら、一人、夕飯を食べ進めた。
昨日と同じく、塾で自習をして、家に帰る。
今日は昨日ほど憂鬱ではなかった。
解決はしなくとも、誰かに悩みを話すだけで、だいぶ気分は変わるらしい。
たとえそれが、どれだけバカバカしく、小さな悩みだとしても。
「こんな成績だと、葉月みたいになるよ!」
「うるさいな、わかってるって!」
「希沙!」
玄関のドアを開けた途端、帰ってこなければよかったと後悔するには十分すぎるほどの、親子喧嘩が聞こえてきた。
締めくくりは、希沙が階段を上っていく足音。それだけでも、希沙が苛立っているのがわかる。
希沙は約一ヶ月後に高校入試を控えていて、ここ最近は毎日のようにこんなやり取りを聞かされている。
ああ、入りたくない。
受験に対して神経質になっている希沙のことも、勉強量が足りていないことに対して不安、不満を抱くお母さんのことも、どちらも理解できる。
ただ問題は、お母さんの注意の仕方だ。
いちいち私を引き合いに出すのは、やめてほしい。
お母さんの期待に応えられなかった私が悪いのはわかってる。
けど、もう二年経って、大学受験に向けて頑張ろうという時期にまだそれを言われる私の身にもなってほしい。
溜息をつきながら、靴を脱ぐ。
「……ただいま」
「おかえり」
手を洗ってからリビングに入ると、当然、空気は重かった。
お母さんの様子を伺い、言葉を探す。
「……着替えてくるね」
お母さんがなにか言う前に、私はその場を離れる。
階段を上りながら、ようやく息ができた気がした。
すると、ちょうど希沙がトイレから出てきた。
しまった。
妹と顔を合わせて、私はそんなことを思った。
「帰ってたんだ」
敵意むき出しの視線とその圧に、思わず目を逸らしてしまう。
「こんな時間に帰ってくるとか、ズルくない? 私だって家以外で勉強してきたいのにさ。私、お姉ちゃんのせいで、お母さんにいろいろ言われてるんだよ? その被害者みたいな顔、本当キライ」
希沙は言いたいことを言うだけ言って、部屋に戻っていった。
目を閉じて、ゆっくりと息を吸う。そして、全部吐き出した。
大丈夫、落ち着いて。
必死に自分に言い聞かせて、身体を動かした。
制服から部屋着に着替えると、一階に戻る。
食卓の上に並ぶ一人分の料理が、寂しく見える。
一人での食事は、慣れてしまった。
いや、最近はむしろ、一人のほうが安心して食べられるかもしれない。
だけど今日は、お母さんがコーヒーを飲んでいる。
緊張感のある時間になりそうだ。
心の中で気合いを入れ、席につく。
「葉月、最近帰りが遅いみたいだけど」
手を合わせて「いただきます」と言うのと同時に、厳しい声で言われた。
「塾が閉まるギリギリまで勉強してて。あと、先生にも質問することが増えてきたの」
なんとも言い訳じみた言葉だ。
でも、これは事実だ。
ウソではないのだから、堂々としていればいい。
そんなことを思いながらご飯を食べ始めると、お母さんのため息が聞こえてきた。
やめて。言わないで。
「努力が足りないんじゃない?」
私の些細な願いは、届かなかった。
これにどう返すのが正解なんだろう。
私なりに頑張ってて、それでも足りないだなんて。
これ以上、なにを頑張ればいいの。
「次は失敗しないように、しっかり頑張るのよ? そのために塾に行かせてるんだから」
お母さんはそれを言うためだけに待っていたようで、席を立った。
「……はい」
かなり遅れて、お母さんに聞こえるかどうかもわからない声で、返事をする。
やっぱりここは、居心地が悪くて、息が詰まりそうだ。
『委員長は十分頑張ってるよ』
ふと、昼間の佐神君の言葉を思い出した。
あのときは素直に受け止められなかったのに、今になって、その言葉が染みてくる。
私は涙を堪えながら、一人、夕飯を食べ進めた。