2
翌日、佐神君はいつも通りだった。
いつも通り、遅刻ギリギリに登校して、午前中すべての授業を寝て、昼休みは教室にはいなかった。
いつもと違うのは、私のほう。
教室から姿を消した佐神君を探して、校内を歩き回る。
「……冬に日向ぼっこ?」
佐神君は、校舎裏にあるベンチに横たわっていた。
今日は暖かい方だけど、外で寝るには寒いに決まっている。
「悪い?」
佐神君は目を瞑ったまま応えた。
そしてゆっくりと目を開くと、欠伸をしながら体を起こす。
「なにか用?」
私は無言で、さっき自販機で買ったココアを差し出す。
「昨日のお礼」
「俺、甘いの苦手なんだけど」
文句を言いつつも、佐神君は受け取った。
苦手と言うから、飲む気なんてないのかと思ったのに、そのまま開けて口をつけた。
冷たい空気に乗って、ほんのりと甘い匂いが鼻に届く。
「甘……」
少し不服そうにする。
その感情は、知っている。
昨日の夜、すっかり冷めてしまったココアを飲んだとき、私もそう思ったから。
「……私も、甘いのは苦手なの」
佐神君は鼻で笑った。
「じゃあこれはお礼じゃなくて、仕返しかな?」
「私に聞かないでココアを買ったから、てっきり、佐神君の好みなのかと思っただけ」
親切心を嫌がらせのように受け取られてしまい、みっともなく不機嫌そうに言ってしまった。
佐神君は小さな声で納得の声をこぼし、もう一度、ココアを喉に通す。
「昨日は助けてくれて、ありがとう」
改めて言うと、佐神君は目を丸めた。そしてすぐに表情を和らげる。
「……なに」
笑われるところではないからこそ、私は面白くなかった。
「いや? 真面目だなと思って」
真面目。
この高校に通って、何度も言われてきた言葉。
もはや、私を表す代名詞と思ってしまうほど、言われた。
そしてそれは、褒め言葉として使われないことのほうが多かった。
だから私は、その単語が嫌いだった。
「委員長ってさ……もしかして察してちゃん?」
「は?」
聞き馴染みのないワードに、思わず態度が悪くなってしまった。
「だって、あからさまに様子がおかしいし。それなのに、話すつもりはなさそうだし。だから、他人から『どうしたの?』って言われるのを待ってるのかなって」
なにも、言い返せなかった。
なにか言葉を返したくても、出てこない。
「……まあ、座りなよ」
申し訳なく感じたのか、佐神君は左手でベンチを軽く叩いた。
私は戸惑いつつ、隣に座る。
佐神君から話題を振ってくれるのかと思ったのに、佐神君は静かに苦手なココアを飲み進めている。
話したければ話せばいい。
そんな空気感だった。
白い雲が流れていく様を見つめながら、無言の時を過ごす。
「……私、高校受験、失敗してて」
私のどうでもいいカミングアウトに、佐神君はやっぱり興味なさそうな反応を示す。
誰かに聞いてほしいだけの私には、ちょうどよかった。
「それからずっと、家の居心地が悪くて。でも、だからといって頑張らない選択肢はなかった。頑張らないと、居場所がなくなる気がして。だからここでいい成績を残して、クラス委員とか積極的に参加したものの、それはそれで周りに言われて」
知らない間に溜まっていたストレス。
言葉にしてみれば、大したことないと、自分でも思った。
それに気付いた途端、恥ずかしいことを言ってしまった気がした。
「……ごめん、聞かなかったことにして。私より頑張ってる人もいるのに、弱音吐くとか」
「いや、それは違うでしょ」
佐神君は私の言葉を遮った。
からかう様子もなく、真っ直ぐに私を見つめる。
「努力量は他人と比べるものじゃない。他人と比べ始めた時点で、委員長は十分頑張ってるよ。そこからさらに頑張ろうとするのは、俺はお勧めしない。限界を超えると、身体も心も教えてくれなくなるんだ。もうムリだ、休みなって」
自由気ままな問題児のアンタに、なにがわかる。
そう言ってやりたかったのに、言えなかった。
佐神君の切なそうな横顔を見ると、思いつきで言っているわけではないのかもしれないと、感じてしまったから。
「てか、委員長って」
佐神君は私の顔を見て、咳払いをする。
なぜそんなことをしたのか、理解できない。
「依田は他人の期待に応えるためだけに、日々過ごしてるの?」
「そんなことは……」
ないと言い切れなかった。
「そんな時間の使い方、人間関係はやめたほうがいい」
佐神君は正しい。
正しいけれど、こんな、今までの私を全否定されるような言葉は、受け止めきれなかった。
「……佐神君に、私のなにがわかるの」
堪えたはずの言葉が零れる。
小さな声には、怒りが込められていた。
「依田のことはわかんないよ。わかんないけど、そうやって頑張りすぎて、倒れた人なら見たことあるから」
ふと、理解した。
さっきの横顔は、その人のことを思い出していた顔なのだと。
「まあ、それでも他人のために頑張りたいって言うなら、勝手にすれば? 俺には関係ないし」
佐神君は冷たい言葉を残して、立ち去った。
“結人”という名は、ウソなのではないか。そう思ってしまうほどの態度だった。
翌日、佐神君はいつも通りだった。
いつも通り、遅刻ギリギリに登校して、午前中すべての授業を寝て、昼休みは教室にはいなかった。
いつもと違うのは、私のほう。
教室から姿を消した佐神君を探して、校内を歩き回る。
「……冬に日向ぼっこ?」
佐神君は、校舎裏にあるベンチに横たわっていた。
今日は暖かい方だけど、外で寝るには寒いに決まっている。
「悪い?」
佐神君は目を瞑ったまま応えた。
そしてゆっくりと目を開くと、欠伸をしながら体を起こす。
「なにか用?」
私は無言で、さっき自販機で買ったココアを差し出す。
「昨日のお礼」
「俺、甘いの苦手なんだけど」
文句を言いつつも、佐神君は受け取った。
苦手と言うから、飲む気なんてないのかと思ったのに、そのまま開けて口をつけた。
冷たい空気に乗って、ほんのりと甘い匂いが鼻に届く。
「甘……」
少し不服そうにする。
その感情は、知っている。
昨日の夜、すっかり冷めてしまったココアを飲んだとき、私もそう思ったから。
「……私も、甘いのは苦手なの」
佐神君は鼻で笑った。
「じゃあこれはお礼じゃなくて、仕返しかな?」
「私に聞かないでココアを買ったから、てっきり、佐神君の好みなのかと思っただけ」
親切心を嫌がらせのように受け取られてしまい、みっともなく不機嫌そうに言ってしまった。
佐神君は小さな声で納得の声をこぼし、もう一度、ココアを喉に通す。
「昨日は助けてくれて、ありがとう」
改めて言うと、佐神君は目を丸めた。そしてすぐに表情を和らげる。
「……なに」
笑われるところではないからこそ、私は面白くなかった。
「いや? 真面目だなと思って」
真面目。
この高校に通って、何度も言われてきた言葉。
もはや、私を表す代名詞と思ってしまうほど、言われた。
そしてそれは、褒め言葉として使われないことのほうが多かった。
だから私は、その単語が嫌いだった。
「委員長ってさ……もしかして察してちゃん?」
「は?」
聞き馴染みのないワードに、思わず態度が悪くなってしまった。
「だって、あからさまに様子がおかしいし。それなのに、話すつもりはなさそうだし。だから、他人から『どうしたの?』って言われるのを待ってるのかなって」
なにも、言い返せなかった。
なにか言葉を返したくても、出てこない。
「……まあ、座りなよ」
申し訳なく感じたのか、佐神君は左手でベンチを軽く叩いた。
私は戸惑いつつ、隣に座る。
佐神君から話題を振ってくれるのかと思ったのに、佐神君は静かに苦手なココアを飲み進めている。
話したければ話せばいい。
そんな空気感だった。
白い雲が流れていく様を見つめながら、無言の時を過ごす。
「……私、高校受験、失敗してて」
私のどうでもいいカミングアウトに、佐神君はやっぱり興味なさそうな反応を示す。
誰かに聞いてほしいだけの私には、ちょうどよかった。
「それからずっと、家の居心地が悪くて。でも、だからといって頑張らない選択肢はなかった。頑張らないと、居場所がなくなる気がして。だからここでいい成績を残して、クラス委員とか積極的に参加したものの、それはそれで周りに言われて」
知らない間に溜まっていたストレス。
言葉にしてみれば、大したことないと、自分でも思った。
それに気付いた途端、恥ずかしいことを言ってしまった気がした。
「……ごめん、聞かなかったことにして。私より頑張ってる人もいるのに、弱音吐くとか」
「いや、それは違うでしょ」
佐神君は私の言葉を遮った。
からかう様子もなく、真っ直ぐに私を見つめる。
「努力量は他人と比べるものじゃない。他人と比べ始めた時点で、委員長は十分頑張ってるよ。そこからさらに頑張ろうとするのは、俺はお勧めしない。限界を超えると、身体も心も教えてくれなくなるんだ。もうムリだ、休みなって」
自由気ままな問題児のアンタに、なにがわかる。
そう言ってやりたかったのに、言えなかった。
佐神君の切なそうな横顔を見ると、思いつきで言っているわけではないのかもしれないと、感じてしまったから。
「てか、委員長って」
佐神君は私の顔を見て、咳払いをする。
なぜそんなことをしたのか、理解できない。
「依田は他人の期待に応えるためだけに、日々過ごしてるの?」
「そんなことは……」
ないと言い切れなかった。
「そんな時間の使い方、人間関係はやめたほうがいい」
佐神君は正しい。
正しいけれど、こんな、今までの私を全否定されるような言葉は、受け止めきれなかった。
「……佐神君に、私のなにがわかるの」
堪えたはずの言葉が零れる。
小さな声には、怒りが込められていた。
「依田のことはわかんないよ。わかんないけど、そうやって頑張りすぎて、倒れた人なら見たことあるから」
ふと、理解した。
さっきの横顔は、その人のことを思い出していた顔なのだと。
「まあ、それでも他人のために頑張りたいって言うなら、勝手にすれば? 俺には関係ないし」
佐神君は冷たい言葉を残して、立ち去った。
“結人”という名は、ウソなのではないか。そう思ってしまうほどの態度だった。