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いつも通り。なに一つ事件が起きない、平和な日々。
そんな中でも、知らない間にストレスというものは溜まっていくようで。
今日の私は、家に帰る気力がなかった。
塾からの帰り、途中にあるコンビニに立ち寄る。
中に入ったところで買いたいものなんてないから、静かに外に出る。
暖かい飲み物くらい、買えばよかった。
そんなことを思いながら、お店のそばにある手すりのようなものに腰かける。
オリオン座だ。
あれは満月では、ないか。
ぼんやりと夜空を見上げ、白い息を吐く。
「お姉さん、一人?」
声が聞こえてきて視線を下ろすと、知らない男性が二人、私を見ていた。
どうやら私に声をかけてきたらしい。
「え……」
状況が飲み込めず、困惑した声が出る。
「こんな時間にここに一人でいるなんて危ないよ」
さっきまではそんなこと、一ミリも考えていなかったけど、今、こうして声をかけられたことで、危険性を感じた。
どうやって対処しようか考えているうちに、男性が近寄ってくる。
店内に逃げ込む。
それが最善だということはわかっている。
でも、恐怖心のせいで、身体が動かなかった。
「……なにしてんの」
新たな声が聞こえ、私は声がしたほうを見る。
私はその顔を知っていた。
佐神結人。
うちのクラスの問題児だ。
佐神君は、呆れたような、軽蔑したような目で、私たちの状況を見ている。
「委員長ともあろう人が……」
「ちがっ……」
自分でも、こんな助けを求めるような声が出るとは思っていなかった。
佐神君は小さくため息をつく。
私たちに近付いてくると、ジャンパーのポケットに入れていた手を出し、私の右手首を掴んだ。
「残念ながら、この人、あんたたちの期待に応えられるような人種じゃないから」
そして佐神君は私を引っ張る。
こわばっていた身体は無理やり動かされ、私はこけそうになりながら、足を動かす。
少しずつ冷静になっていく頭で、私は、助けを求めてはいけない人に助けられたのではないのかと思った。
「適当に歩いてきたけど、問題なかった?」
無人の公園に着くと、佐神君は足を止めて言った。
それまで離す気配のなかった手も、離された。
「……大丈夫。あの……ありがとう」
これ以上は、踏み込んでこないで。
そんな願いを込めて、お礼を言う。
「家まで送ろうか?」
予想外の発言に、私は思わず顔を上げた。
佐神君は心配そうに私を見ている。
「どうして……」
「だって、手。震えてるから」
言われて見ると、確かに震えている。
私は慌てて背中に隠す。
「これは……寒くて」
「へえ」
まったく信じていないような声。
だけど、佐神君は私に背を向け、私は勝手に安心する。
そして離れていったと思えば、自販機で飲み物を買い始めた。
「はい」
戻ってくると、私に缶のココアを差し出した。
「これ持ってれば、少しは寒さも解消されるでしょ」
受け取ろうとしない私のコートのポケットに缶を突っ込むと、佐神君はそのまま帰って行った。
少しだけ重くなった、右ポケット。
手を入れてみると、じんわりとぬくもりが伝わってくる。
それは私の冷え切った指先だけでなく、不思議と心にまで沁みた。
鼻が痛いのは寒いからなのか、泣きたくなったからなのか。
自分のことなのに、わからなかった。
だけど、家に帰りたくないという気持ちが薄らいでいるのは、確かだ。
ホットココアをカイロ替わりにして、私は帰路に着いた。
いつも通り。なに一つ事件が起きない、平和な日々。
そんな中でも、知らない間にストレスというものは溜まっていくようで。
今日の私は、家に帰る気力がなかった。
塾からの帰り、途中にあるコンビニに立ち寄る。
中に入ったところで買いたいものなんてないから、静かに外に出る。
暖かい飲み物くらい、買えばよかった。
そんなことを思いながら、お店のそばにある手すりのようなものに腰かける。
オリオン座だ。
あれは満月では、ないか。
ぼんやりと夜空を見上げ、白い息を吐く。
「お姉さん、一人?」
声が聞こえてきて視線を下ろすと、知らない男性が二人、私を見ていた。
どうやら私に声をかけてきたらしい。
「え……」
状況が飲み込めず、困惑した声が出る。
「こんな時間にここに一人でいるなんて危ないよ」
さっきまではそんなこと、一ミリも考えていなかったけど、今、こうして声をかけられたことで、危険性を感じた。
どうやって対処しようか考えているうちに、男性が近寄ってくる。
店内に逃げ込む。
それが最善だということはわかっている。
でも、恐怖心のせいで、身体が動かなかった。
「……なにしてんの」
新たな声が聞こえ、私は声がしたほうを見る。
私はその顔を知っていた。
佐神結人。
うちのクラスの問題児だ。
佐神君は、呆れたような、軽蔑したような目で、私たちの状況を見ている。
「委員長ともあろう人が……」
「ちがっ……」
自分でも、こんな助けを求めるような声が出るとは思っていなかった。
佐神君は小さくため息をつく。
私たちに近付いてくると、ジャンパーのポケットに入れていた手を出し、私の右手首を掴んだ。
「残念ながら、この人、あんたたちの期待に応えられるような人種じゃないから」
そして佐神君は私を引っ張る。
こわばっていた身体は無理やり動かされ、私はこけそうになりながら、足を動かす。
少しずつ冷静になっていく頭で、私は、助けを求めてはいけない人に助けられたのではないのかと思った。
「適当に歩いてきたけど、問題なかった?」
無人の公園に着くと、佐神君は足を止めて言った。
それまで離す気配のなかった手も、離された。
「……大丈夫。あの……ありがとう」
これ以上は、踏み込んでこないで。
そんな願いを込めて、お礼を言う。
「家まで送ろうか?」
予想外の発言に、私は思わず顔を上げた。
佐神君は心配そうに私を見ている。
「どうして……」
「だって、手。震えてるから」
言われて見ると、確かに震えている。
私は慌てて背中に隠す。
「これは……寒くて」
「へえ」
まったく信じていないような声。
だけど、佐神君は私に背を向け、私は勝手に安心する。
そして離れていったと思えば、自販機で飲み物を買い始めた。
「はい」
戻ってくると、私に缶のココアを差し出した。
「これ持ってれば、少しは寒さも解消されるでしょ」
受け取ろうとしない私のコートのポケットに缶を突っ込むと、佐神君はそのまま帰って行った。
少しだけ重くなった、右ポケット。
手を入れてみると、じんわりとぬくもりが伝わってくる。
それは私の冷え切った指先だけでなく、不思議と心にまで沁みた。
鼻が痛いのは寒いからなのか、泣きたくなったからなのか。
自分のことなのに、わからなかった。
だけど、家に帰りたくないという気持ちが薄らいでいるのは、確かだ。
ホットココアをカイロ替わりにして、私は帰路に着いた。