軽く息を切らせている陽介を見あげて、その女性は無表情のまま言った。

「ほっといて」

「そういうわけにはいかないよ。もし一人なら、危ないから一緒に」

「あれ」

 彼女は振り返ると、置き去りにされた陽介の望遠鏡を指さした。

「置いといていいの?」

「え、いや」

 大枚はたいて購入した望遠鏡だ。誰かがくる可能性は限りなく低いが、絶対に来ないとは言い切れない。

「あっ、ちょ……!」

 陽介がためらっているうちに、その女性はさっさと行ってしまった。

「木ノ芽……だよなあ」

 思わず名前を呼んでしまったが、もしかして人違いだっただろうか。第一、陽介の知っている木ノ芽藍とは、あまりに様子が違いすぎる。

(まあ、あの格好なら出会った方がビビるか)

 陽介は、せめて見えなくなるまで、と、望遠鏡を気にしながらその背を見送った。