「陽介」

 ざわざわとした喧騒の中で呼ばれて陽介は、読んでいたテキストから顔をあげた。ほぼ満席の喫茶店のテーブルの間を、諒が軽く手をあげて近づいて来る。



「久しぶり」

「おう。あいかわらず、難しそうなの読んでるな」

 諒は、陽介の開いていたテキストに目を落とす。 

「来週発表があるんだ」

 テキストとノートを閉じてリュックの中にしまうと、陽介は冷めたコーヒーカップを持ち上げた。

「そっか。忙しい所、呼び出して悪かったな」

「いや全然。なんだよ、急に直接会いたいなんて」

「あー、うん」

 諒は、アイスコーヒーを頼むとあらためて陽介に向き直る。

「実はさ」

「うん」

 だが、そう言ったまま、諒はしばらくあちらこちらに視線をさまよわせる。なにか話しにくいことなのかと、陽介は口をはさまず諒の言葉を待っていた。



 ふう、と大きな息をついて、諒は覚悟を決めたように言った。

「俺、皐月が好きなんだ」

「へ?」

 思わぬことを聞いて、陽介は口が丸くなる。

「皐月?」

「ああ」

「え?! いつから? つきあってんのか?」

 思わず身を乗り出した陽介に、諒は照れくさそうに笑う。