「そんなもの、医者になったら当たり前にできるようになる。なんのためにお前に金をかけてきたと思っているんだ。今までの投資を無駄にする気か」

「勉強させてくれたことは、とても感謝している。でも俺は」

「いいんじゃないの?」

 突然、横から声がした。二人で振り向くと、キッチンから香織がトレーにカップを二つのせて入ってきた。



「香織」

「好きなようにやらせてみれば? 私はなりたくて医者を選んだけど、陽介はそうじゃないんでしょ? 兄貴も医者なんだし、いまさら一人くらい家で医者じゃないのがいたっていいじゃない」

 香織は、秀孝と陽介の前にそれぞれコーヒーのカップを置きながら言った。

「だいたい、ろくにやる気もない人間に医学部にこられてもメーワク。こっちは真剣に命を預かる仕事よ? 嫌々医師になったって、そんな気持ちじゃどうせろくな医者にはなれないし、なってほしくないわ」

「だが、我が家の人間が愚にもつかない研究をしてるなど、恥さらしもいいところだ。人に聞かれてなんて答える? どうせくだらないと嘲笑されるに決まっている」

「そうやって、宇都木家をブランド化してることの方が恥ずかしいんじゃない?」

「お前、親に向かってなんてことを」

 香織の言葉に声をあげかけた秀孝に、陽介は冷静に言った。