「…………」


 封筒の中には、何枚かの手紙が入っていた。

 彼女が握りしめていたおかげで皺くちゃになってしまった手紙の内容を読む。

 そこには……。


「っ」


 妹のことを頼む。

 元婚約者のことを頼む。

 姫様のことをお願いします。

 そして、娘のことをよろしくお願いいたします。

 そんな言葉の数々で溢れ返っていた。


(元、婚約者……)


 詳細が書かれてある手紙はなかった。

 ただ、姫の幸せを願う言葉の数々が手紙に並べられていた。


(婚約破棄をされたか、婚約破棄をした上で、ここまでやって来た……)


 誰もが、姫と王子の婚約を祝福したはず。

 誰もが、姫と王子の幸せを願っていたはず。


「っ、なんで……」


 それだけ、愛される素質を持った女の子だと思っていた。

 誰からも愛される優しさを持った女の子だと思っていた。

 だから、彼女のことを好きになった。

 どんなときも自分の傍にいてくれた彼女のことを、愛してしまった。


「なんで……」


 幼いながらに抱いた恋心は、あの日を最後に終わらせるはずだった。


「ん……」

 
 一国の姫に呪いをかけた自分が、誰からも咎められないなんて許されないと思った。

 そんな優しい世界を描いた物語の登場人物に、自分は相応しくない。


「魔法司書、さ……ま……」


 そう思ったから、彼女の元を離れた。

 そう思ったから、彼女の手を離したのに……。


「リザベッド……クレマリー……と……申します……」


 大きな瞳が開かれて、懐かしい空色の瞳と再会する。

 2度と会うことが許されないと思っていた彼女が、僕の世界に色を添えるために現れた。現れてくれた。


「魔法図書館の……古書探索のアルバイト……に……」


 このあとリザベッドはもちろん、僕が幼い頃に一緒に同じ時を過ごした魔法使いだということを分かっていなかった。

 名前を教えずに去ったのは僕で、10年近くの空白期間は僕たちに成長という時間を与えた。

 顔を見ても、誰だか分からないくらいに成長したのはお互い様。


「これから……よろしくお願いしま……す……」


 そして、もうしばらく彼女は僕の正体に気づかない。

 僕も僕で、彼女に自分の正体を言うタイミングを失ってしまった。

 それで、この恋物語はとんでもなく拗れて……すれ違っていくことになる。