その夜、わたしは友恵と電話で話した。日曜日に瑞己くんとカフェに行くことを、友恵にだけは伝えてあったんだ。
〈今日どうだったの?〉
友恵からハートドキドキの絵文字がついたメッセージが来たとき、わたしは冷静に文章で返せる状態じゃなくて、思わず通話アイコンをタップした。
わたしの声が沈んでいることに友恵はすぐ気づいて、「何でも聞くよ」と言ってくれた。
友恵は聞き上手なんだ。わたしが悩んでいるときや、脚本や演出のアイディアを詰めたいとき、じっくり聞いてくれる。わたしの考えや思いを否定せずに、あいづちを打ちながら、わたしの言葉が尽きるまで待ってくれる。
今日もそうだった。わたしが瑞己くんのカップを割ってしまったことと、瑞己くんの優しさが逆に苦しかったこと。話の順番もぐちゃぐちゃなまま伝えるのを、友恵は静かに聞いてくれた。
「カップは金継ぎで直せるって言ってくれたんだけど、わたし、本当に申し訳なくて」
うーん、と友恵は電波の向こう側でうなった。
「その金継ぎっていう工作? 相馬のほうから言い出したんでしょ? やってみたかったって」
「うん」
「それ、本心だと思うよ。そよちゃんや詩乃ちゃんって子のために無理したってわけじゃなくて」
「かもしれないけど……」
友恵の声が少し笑み交じりのものになった。
「そよちゃん、ミュージカルで一緒だった泰造って子、覚えてる? あたしと同い年で、小学校の五、六年の頃、参加してた子」
唐突な話題にちょっと驚きながら、わたしは「うん」と答えた。
「覚えてるよ。友恵や登志也くん並みにアクションが得意だったよね?」
「そう、そいつ。実は今、同じクラスなんだ。泰造はクラスでも一目置かれてるタイプなんだけどさ、その泰造が相馬と仲いいんだよね。登志也くんに『瑞己のことをよろしく』って頼まれたんだって」
「登志也くん、そんな根回しをしてたんだ。さすがガキ大将」
「だけど、泰造が言うには、相馬がおもしろいやつだから一緒にいて楽しいんだって。登志也くんに頼まれるまでもないってさ」
「純粋に友達になってるってこと? 四月のうちは、教室での瑞己くんは震える子犬みたいだって、友恵も言ってたけど、今はそうじゃないの?」
わたしの問いに、友恵はキッパリ答えた。
「もう震えてないよ。緊張してるときがあったり、元気ないなっていうときもあったりするけど、自分の体質と上手に付き合ってるみたいだし、心配ないと思う」
「そっか」
「そよちゃん、相馬って、本当に手先が器用なんだね。泰造のリュックのジッパーが壊れかけてたのを、あっという間に直してた。カッターシャツのボタンをつけるとか、こんがらがったイヤフォンのコードをほどくとか、手先を使う作業、何でも得意みたい」
「だよね。わたしも、いろいろ直してもらった」
瑞己くんは、もう使えないと思っていたペンをよみがえらせてくれた。傘の修理だって、本当にきれいにやってくれた。カフェひよりの看板も瑞己くんが作ったって、楓子ちゃんが言っていた。
「聞いて想像してた以上だよ。縫い物、めちゃめちゃ速かったんだから。それでね、泰造を筆頭に、うちのクラスの男子が相馬のことをありがたがったり、おもしろがったりして、どんどん話しかけるようになって。そしたら、相馬もちゃんと話せるんじゃん」
「クラスでは、そんな感じなんだ」
「相変わらず女子とは直接しゃべりたがらないけどね。でも、女子に頼まれた修理の仕事も、分けへだてなくきちんとやってる。ほら、女子はリュックにぬいぐるみをつけてたりするでしょ。ああいうのって、金具が壊れやすいよね。で、壊れたらすぐ相馬が直してくれるの」
腑に落ちた。
「そっか。わたしだけ特別ってこと、ないんだね」
嬉しい、と感じた。瑞己くんがいい人なのは、わたしの前だけじゃないんだ。
「そよちゃん、何か喜んでない?」
「喜んでるよ。自分だけが特別扱いされてるわけじゃないってわかって、ほっとした」
「何で? 相馬がほかの人にも親切にしてて、嫉妬しない?」
「しないよ。嫉妬なんてするような立場でもないし。そもそも、誰かに特別扱いされること自体、心苦しいんだ、わたし」
「心苦しい?」
「そんな特別な存在でもないのに、扱いだけ特別って、落ち着かない」
友恵はちょっとの間、沈黙していた。それから、言葉を選ぶようにして言った。
「あたしにとって、そよちゃんは特別だよ」
「知ってる。ありがと」
「あたしからの特別扱いはいいの?」
「うん。いいの」
「どうして?」
「さあ? 違いはどこにあるんだろ。自分でもよくわからないんだけどね。でも、わたしは自分のこと、特別だなんて思えない。中途半端な人間だなって思ってるから」
「中途半端?」
わたしはうなずいた。一回ではうなずき足りなくて、何回もうなずきながら、言葉を紡いだ。
「ちょっと変わってるよねって言われることはあるよ。それはちゃんと自覚してる。演劇が好きで、舞台という面倒くさくて大変なものをつくり上げるのが好きっていうのは、やっぱり変わってるんだよね」
「まあね。何万字っていう長さの台本を書くって、普通はなかなかできないことだし。そよちゃんのそういう力はすごいよ」
「すごいのかなぁ? わたし、長い文章を書けるだけで、作文や感想文で賞をとったことはないよ」
「それは審査員の見る目がないだけ」
ズバッと切り捨てる友恵の言葉に、つい笑ってしまう。
でも、笑うってエネルギーを使うことだ。もともとエネルギー不足だったから、わたしの笑い声は、あっけなくしおれてしまった。
「わたしって、変わってるけど、とがってるほどではないんだよね。友恵は空手の大会で優勝したことあるでしょ? スタイルがよくて、モデルの経験もあるし」
「モデルったって、アマチュアもいいとこだよ。街角スナップと、そのついでに単発の仕事をもらったことが何回かあるだけ」
「普通、それもないってば」
「空手もなぁ……今は古武術のほうが楽しくて、そっちを習ってるし。世界大会を目指すみたいなのって興味ないし。それこそ中途半端だよ、あたし」
「どこが?」
「そよちゃん、それはね、隣の芝生は青いってやつだよ」
冷静なツッコミが飛んできた。
でも、わたしはやっぱり、自分のところの芝生はちっとも青く見えないのが苦しいんだ。
「友恵は、わたしから見たらまぶしいよ。登志也くんと真次郎くんもすごい。とがってるなあって思う。それに比べたら、わたしなんて本当に中途半端」
我らが演劇部のイケメンコンビは、すごすぎて意味がわからない。登志也くんは運動神経抜群な上に医学部志望でA判定。真次郎くんは登志也くん以上の偏差値を叩き出していて、化学オリンピックの優勝経験者でもある。
完全無欠かっていうと、そんなことはなく、二人とも癖の強い性格ではあるんだけど。わたしも何度も驚かされたし、腹が立ったこともある。告白したり付き合ったりした女の子たちは、さんざん振り回されて、かなりひどい目にあったらしい。
でも、そういうところもひっくるめて、登志也くんも真次郎くんも、おもしろい人たちだ。あの二人のほかにも、市民ミュージカルで知り合った演劇人の多くは、とがっててカッコよかった。
たった一回会うだけで、忘れられなくなる。それくらい強烈な人がまわりにいるせいもあって、わたしは自分のあいまいさが苦しい。
……というようなことを、つらつらと、ぐだぐだと、語ってしまった。
そっかぁ、と友恵が言った。しみじみとして、何となく嬉しそうな響きだった。
「そよちゃんにも、ちゃんと、人生の悩みがあったんだねぇ」
「何それ? わたしが悩まないと思ってた?」
「思ってた」
「ちょっとそれ、ひどくない?」
友恵はころころと笑った。
「だって、そよちゃんが『悩んでるんだけど』っていう前置きで話しだすのは、舞台のことばっかりなんだもん。台詞の言い回しとか、演出とか、小道具や衣装の値段とかさ。そよちゃんの口から人生の悩みを聞かされたの、初めてじゃない?」
不意を打たれた気分だった。
でも、言われてみたら、確かに。自分の悩みに言葉を与えたのは、今回が初めてかもしれない。
「本当はわたし、いつも不安なんだ。自信なんて全然ない。あのね、台本を書いてると、怖くなるんだよ。自分のいちばん奥にある思いと向き合って、さらけ出さなきゃいけない。でも、暴いてほしくない自分もいる。自分と自分がケンカして、わからなくなる」
台本を書くとき、すべての登場人物がわたしなんだ。わたしが全員を演じて、全員の心を表に引っ張り出して、文字で表していく。その作業をする間、楽しい。でも、苦しい。
そして、むき出しの自分だらけの台本を初めて座組のみんなに見せるとき、恥ずかしくて怖くて、震えが止まらない。
怖いんだ。
「わたしの中身、空っぽかもしれない。どろどろで、汚らしいかもしれない。そういうのを思い知らされるから、書くのが怖い。いつもその怖さを抱えながら書いてる」
あいづちを打ちながら聞いていた友恵は、最後に一つだけ、わたしの言葉を否定した。
「でも、そよちゃんがさらけ出してくれるもの、そよちゃんが書く台本、あたしは好きだよ。そよちゃんにとって嫌なものかもしれないけど、みにくくても汚くても、理屈抜きで好きだし、いいなって思うよ」
わたしは、とっさに「どうして?」と訊いてしまった。
友恵は笑って答えた。
「だから、理屈抜きなんだってば。友情だろうがファン心理だろうが恋愛感情だろうが、好きって気持ちや好きになったきっかけに、理屈はないんじゃない?」
「理屈はない……」
「何となく好きとか、そんなんでもよくない? とがってなくて、モヤッとしててもさ、別にいいって思う」
「うん……」
友恵はさらりと爆弾を投げてきた。
「相馬にも同じこと相談してみなよ」
「えっ、相談なんて無理だよ! ただでさえ迷惑かけっぱなしなのに!」
「大丈夫だってば。相馬は器が大きいよ。全部受け止めてくれるって」
友恵はくすくす笑って、「それじゃあね」と通話を切った。
充電がすっかり減ったスマホを手に、わたしはしばらくぼんやりしていた。
「悩んでたんだな、わたし……」
うまく言葉にできなくて、モヤモヤしていた。中途半端であいまいな自分のことが好きじゃないくせに、じゃあ突き詰めて本音を見つけようという勇気もなかった。
瑞己くんに相談、か。
どうなのかな……気を遣わせるだけじゃないかな……。
ふと、スマホが震えた。メッセージ受信の通知だ。
ディスプレイに目を落として、ドキッとする。瑞己くんの名前がポップアップされていた。逸る指で通知をタップすると、瑞己くんとのトークルームが開かれる。
〈カップの修理開始です!〉
メッセージには画像が添付されていて、わたしは思わず息を呑んだ。
バラバラのかけらを接着剤でつなぎ合わせたらしく、カップがもとの形に戻っている。もちろん継ぎ目がくっきりで、割れた形跡がわかってしまうから、何だか痛々しい様子だった。
どう返信したらいいんだろう?
と迷っていたら、瑞己くんからもう一通、メッセージが飛んできた。
〈あ、こんな夜遅くに連絡してすみません。おやすみなさい!〉
気を遣わせてしまったみたい。わたしは心苦しくなって、一言だけ。
〈おやすみなさい〉
そう返信して、瑞己くんとのトークルームを閉じた。
***
〈今日どうだったの?〉
友恵からハートドキドキの絵文字がついたメッセージが来たとき、わたしは冷静に文章で返せる状態じゃなくて、思わず通話アイコンをタップした。
わたしの声が沈んでいることに友恵はすぐ気づいて、「何でも聞くよ」と言ってくれた。
友恵は聞き上手なんだ。わたしが悩んでいるときや、脚本や演出のアイディアを詰めたいとき、じっくり聞いてくれる。わたしの考えや思いを否定せずに、あいづちを打ちながら、わたしの言葉が尽きるまで待ってくれる。
今日もそうだった。わたしが瑞己くんのカップを割ってしまったことと、瑞己くんの優しさが逆に苦しかったこと。話の順番もぐちゃぐちゃなまま伝えるのを、友恵は静かに聞いてくれた。
「カップは金継ぎで直せるって言ってくれたんだけど、わたし、本当に申し訳なくて」
うーん、と友恵は電波の向こう側でうなった。
「その金継ぎっていう工作? 相馬のほうから言い出したんでしょ? やってみたかったって」
「うん」
「それ、本心だと思うよ。そよちゃんや詩乃ちゃんって子のために無理したってわけじゃなくて」
「かもしれないけど……」
友恵の声が少し笑み交じりのものになった。
「そよちゃん、ミュージカルで一緒だった泰造って子、覚えてる? あたしと同い年で、小学校の五、六年の頃、参加してた子」
唐突な話題にちょっと驚きながら、わたしは「うん」と答えた。
「覚えてるよ。友恵や登志也くん並みにアクションが得意だったよね?」
「そう、そいつ。実は今、同じクラスなんだ。泰造はクラスでも一目置かれてるタイプなんだけどさ、その泰造が相馬と仲いいんだよね。登志也くんに『瑞己のことをよろしく』って頼まれたんだって」
「登志也くん、そんな根回しをしてたんだ。さすがガキ大将」
「だけど、泰造が言うには、相馬がおもしろいやつだから一緒にいて楽しいんだって。登志也くんに頼まれるまでもないってさ」
「純粋に友達になってるってこと? 四月のうちは、教室での瑞己くんは震える子犬みたいだって、友恵も言ってたけど、今はそうじゃないの?」
わたしの問いに、友恵はキッパリ答えた。
「もう震えてないよ。緊張してるときがあったり、元気ないなっていうときもあったりするけど、自分の体質と上手に付き合ってるみたいだし、心配ないと思う」
「そっか」
「そよちゃん、相馬って、本当に手先が器用なんだね。泰造のリュックのジッパーが壊れかけてたのを、あっという間に直してた。カッターシャツのボタンをつけるとか、こんがらがったイヤフォンのコードをほどくとか、手先を使う作業、何でも得意みたい」
「だよね。わたしも、いろいろ直してもらった」
瑞己くんは、もう使えないと思っていたペンをよみがえらせてくれた。傘の修理だって、本当にきれいにやってくれた。カフェひよりの看板も瑞己くんが作ったって、楓子ちゃんが言っていた。
「聞いて想像してた以上だよ。縫い物、めちゃめちゃ速かったんだから。それでね、泰造を筆頭に、うちのクラスの男子が相馬のことをありがたがったり、おもしろがったりして、どんどん話しかけるようになって。そしたら、相馬もちゃんと話せるんじゃん」
「クラスでは、そんな感じなんだ」
「相変わらず女子とは直接しゃべりたがらないけどね。でも、女子に頼まれた修理の仕事も、分けへだてなくきちんとやってる。ほら、女子はリュックにぬいぐるみをつけてたりするでしょ。ああいうのって、金具が壊れやすいよね。で、壊れたらすぐ相馬が直してくれるの」
腑に落ちた。
「そっか。わたしだけ特別ってこと、ないんだね」
嬉しい、と感じた。瑞己くんがいい人なのは、わたしの前だけじゃないんだ。
「そよちゃん、何か喜んでない?」
「喜んでるよ。自分だけが特別扱いされてるわけじゃないってわかって、ほっとした」
「何で? 相馬がほかの人にも親切にしてて、嫉妬しない?」
「しないよ。嫉妬なんてするような立場でもないし。そもそも、誰かに特別扱いされること自体、心苦しいんだ、わたし」
「心苦しい?」
「そんな特別な存在でもないのに、扱いだけ特別って、落ち着かない」
友恵はちょっとの間、沈黙していた。それから、言葉を選ぶようにして言った。
「あたしにとって、そよちゃんは特別だよ」
「知ってる。ありがと」
「あたしからの特別扱いはいいの?」
「うん。いいの」
「どうして?」
「さあ? 違いはどこにあるんだろ。自分でもよくわからないんだけどね。でも、わたしは自分のこと、特別だなんて思えない。中途半端な人間だなって思ってるから」
「中途半端?」
わたしはうなずいた。一回ではうなずき足りなくて、何回もうなずきながら、言葉を紡いだ。
「ちょっと変わってるよねって言われることはあるよ。それはちゃんと自覚してる。演劇が好きで、舞台という面倒くさくて大変なものをつくり上げるのが好きっていうのは、やっぱり変わってるんだよね」
「まあね。何万字っていう長さの台本を書くって、普通はなかなかできないことだし。そよちゃんのそういう力はすごいよ」
「すごいのかなぁ? わたし、長い文章を書けるだけで、作文や感想文で賞をとったことはないよ」
「それは審査員の見る目がないだけ」
ズバッと切り捨てる友恵の言葉に、つい笑ってしまう。
でも、笑うってエネルギーを使うことだ。もともとエネルギー不足だったから、わたしの笑い声は、あっけなくしおれてしまった。
「わたしって、変わってるけど、とがってるほどではないんだよね。友恵は空手の大会で優勝したことあるでしょ? スタイルがよくて、モデルの経験もあるし」
「モデルったって、アマチュアもいいとこだよ。街角スナップと、そのついでに単発の仕事をもらったことが何回かあるだけ」
「普通、それもないってば」
「空手もなぁ……今は古武術のほうが楽しくて、そっちを習ってるし。世界大会を目指すみたいなのって興味ないし。それこそ中途半端だよ、あたし」
「どこが?」
「そよちゃん、それはね、隣の芝生は青いってやつだよ」
冷静なツッコミが飛んできた。
でも、わたしはやっぱり、自分のところの芝生はちっとも青く見えないのが苦しいんだ。
「友恵は、わたしから見たらまぶしいよ。登志也くんと真次郎くんもすごい。とがってるなあって思う。それに比べたら、わたしなんて本当に中途半端」
我らが演劇部のイケメンコンビは、すごすぎて意味がわからない。登志也くんは運動神経抜群な上に医学部志望でA判定。真次郎くんは登志也くん以上の偏差値を叩き出していて、化学オリンピックの優勝経験者でもある。
完全無欠かっていうと、そんなことはなく、二人とも癖の強い性格ではあるんだけど。わたしも何度も驚かされたし、腹が立ったこともある。告白したり付き合ったりした女の子たちは、さんざん振り回されて、かなりひどい目にあったらしい。
でも、そういうところもひっくるめて、登志也くんも真次郎くんも、おもしろい人たちだ。あの二人のほかにも、市民ミュージカルで知り合った演劇人の多くは、とがっててカッコよかった。
たった一回会うだけで、忘れられなくなる。それくらい強烈な人がまわりにいるせいもあって、わたしは自分のあいまいさが苦しい。
……というようなことを、つらつらと、ぐだぐだと、語ってしまった。
そっかぁ、と友恵が言った。しみじみとして、何となく嬉しそうな響きだった。
「そよちゃんにも、ちゃんと、人生の悩みがあったんだねぇ」
「何それ? わたしが悩まないと思ってた?」
「思ってた」
「ちょっとそれ、ひどくない?」
友恵はころころと笑った。
「だって、そよちゃんが『悩んでるんだけど』っていう前置きで話しだすのは、舞台のことばっかりなんだもん。台詞の言い回しとか、演出とか、小道具や衣装の値段とかさ。そよちゃんの口から人生の悩みを聞かされたの、初めてじゃない?」
不意を打たれた気分だった。
でも、言われてみたら、確かに。自分の悩みに言葉を与えたのは、今回が初めてかもしれない。
「本当はわたし、いつも不安なんだ。自信なんて全然ない。あのね、台本を書いてると、怖くなるんだよ。自分のいちばん奥にある思いと向き合って、さらけ出さなきゃいけない。でも、暴いてほしくない自分もいる。自分と自分がケンカして、わからなくなる」
台本を書くとき、すべての登場人物がわたしなんだ。わたしが全員を演じて、全員の心を表に引っ張り出して、文字で表していく。その作業をする間、楽しい。でも、苦しい。
そして、むき出しの自分だらけの台本を初めて座組のみんなに見せるとき、恥ずかしくて怖くて、震えが止まらない。
怖いんだ。
「わたしの中身、空っぽかもしれない。どろどろで、汚らしいかもしれない。そういうのを思い知らされるから、書くのが怖い。いつもその怖さを抱えながら書いてる」
あいづちを打ちながら聞いていた友恵は、最後に一つだけ、わたしの言葉を否定した。
「でも、そよちゃんがさらけ出してくれるもの、そよちゃんが書く台本、あたしは好きだよ。そよちゃんにとって嫌なものかもしれないけど、みにくくても汚くても、理屈抜きで好きだし、いいなって思うよ」
わたしは、とっさに「どうして?」と訊いてしまった。
友恵は笑って答えた。
「だから、理屈抜きなんだってば。友情だろうがファン心理だろうが恋愛感情だろうが、好きって気持ちや好きになったきっかけに、理屈はないんじゃない?」
「理屈はない……」
「何となく好きとか、そんなんでもよくない? とがってなくて、モヤッとしててもさ、別にいいって思う」
「うん……」
友恵はさらりと爆弾を投げてきた。
「相馬にも同じこと相談してみなよ」
「えっ、相談なんて無理だよ! ただでさえ迷惑かけっぱなしなのに!」
「大丈夫だってば。相馬は器が大きいよ。全部受け止めてくれるって」
友恵はくすくす笑って、「それじゃあね」と通話を切った。
充電がすっかり減ったスマホを手に、わたしはしばらくぼんやりしていた。
「悩んでたんだな、わたし……」
うまく言葉にできなくて、モヤモヤしていた。中途半端であいまいな自分のことが好きじゃないくせに、じゃあ突き詰めて本音を見つけようという勇気もなかった。
瑞己くんに相談、か。
どうなのかな……気を遣わせるだけじゃないかな……。
ふと、スマホが震えた。メッセージ受信の通知だ。
ディスプレイに目を落として、ドキッとする。瑞己くんの名前がポップアップされていた。逸る指で通知をタップすると、瑞己くんとのトークルームが開かれる。
〈カップの修理開始です!〉
メッセージには画像が添付されていて、わたしは思わず息を呑んだ。
バラバラのかけらを接着剤でつなぎ合わせたらしく、カップがもとの形に戻っている。もちろん継ぎ目がくっきりで、割れた形跡がわかってしまうから、何だか痛々しい様子だった。
どう返信したらいいんだろう?
と迷っていたら、瑞己くんからもう一通、メッセージが飛んできた。
〈あ、こんな夜遅くに連絡してすみません。おやすみなさい!〉
気を遣わせてしまったみたい。わたしは心苦しくなって、一言だけ。
〈おやすみなさい〉
そう返信して、瑞己くんとのトークルームを閉じた。
***