「わたしは暗いし、皆ともうまく喋れない。
 他人と話すこと、子供の頃から苦手だった。
 その場しのぎはできるけど、元々こんな性格だから根本的には変わらなくて。
 他人と無理に話そうとしてたことも少しだけある。
 でもそうやって嘘の自分でいればいるほど、シールを剥がそうとして必死になればなるほど、自分の大切な何かが削れてくのが分かった。
 わたし、いつまでも変わることのできない自分が嫌になるんだ」
「そう、なんだ……」
「あ、けど今は普通に話せてた……何だろう、やっぱり誰かに話してみたくていつも考えてたからかな、シールのことは」
 自分でも驚いたように言う松野の声は、シールの話に答えを出そうと必死に考えていた僕の耳からは流れていった。
 無口な彼女がその小さな背中にいつも抱えていた悩み。
 僕はどうしても何かを言いたかったが、うまくまとまりそうにない。
 何か松野を励ます言葉を。けど、そうして考えている間にも沈黙が続く。耐えかねて、僕は適当に話題を変えた。
「――松野さ、進路はどうするの?」
 ややためらうようにしてから、松野は答えた。
「……今は、大学に入って児童心理学を勉強したいと思ってる」
「そうだったんだ……」
 児童心理学と言うと、松野が目指しているのは学校の先生やカウンセラーだろうか。
 それから彼女は思い出したように僕の手元、クレープの包みを見る。
「話はまた戻るけど、加澤くんはどうしてあずきチョコを選ぼうと思ったの?」
「ああ、それは――、」
 単純に美味しそうだと思ったから、と言った僕に、松野はぽつりと答える。
「わたし、それが加澤くんの自分らしさなんだと思う」
「僕らしさ?」
「加澤くんは、その素直な気持ちや感覚をこれからも大事にしたほうがいいと思う。クレープに限らずに、色んなことを。……なんだか偉そうにごめんね」
「――うん」
「って、なんでクレープの味の話からこんなに盛り上がってるんだろう、わたし」
 松野は自分のクレープのことも忘れていたのか、頬に垂れた横髪をよけると、ようやく包みを開けて一口かじる。
 僕は彼女にならってクレープを口に運ぶ。
 あずきチョコがなんだかほろ苦く感じたのは、使われていたのがビターチョコだったせい、だけじゃなかったと思う。
 僕たちはたくさん話した。主に学校のことについて。
 内容の割には、お互いどこかぎこちない会話だったが、それでも、松野とこんなに話せたなんて、すごく驚いた。
 僕は最初はデートだなんて喜んでいたけど、松野はクレープよりも、純粋に、誰かに自分の気持ちを話してみたかったように思えた。
 やがて、僕たちの不思議な時間にも終わりが来る。
「またね」
「――加澤くん」
「うん?」
「……じゃあね」
 去り際、松野は何か言いたげだったけど、小さく手を振っただけだった。どこか言葉の端に引っ掛かりを残して。
 そう、書店で話したあの時のように。