僕がその手の話題にいまいちピンと来なかったのがいけなかったのか、山本さんは不服そうに、あるいは呆れたようにつぶやいた。
「はぁ~~、まったく。いったいどういう関係なのさ君たち」
「…………」
 僕が黙っていると、山本さんは何かを思い出すように結夏のいない席に視線を投げかけた。
「でもアタシ、結夏と最近初めて話した気がしないんだよね」
「と、言うと?」
「なんかさぁ。少し声を聞いただけであの子の存在がすぐ心に溶け込んでくるみたいでさ。それまで話したことなかったのに、気づいたら結夏と簡単に打ち解けられてたの。不思議だよね」
 たしかに結夏にはそんな魅力があるな、と僕は心の中で首肯した。
「だけどね。変なのはここからなんだ。アタシ、ずっとモヤモヤしてて」
 山本さんは額に片手を当ててうなった。
「結夏ってさ、どういうわけか影が薄いんだよね」
「影が薄いって……」
 それは、結夏には最も似つかわしくない表現だった。
「うん。別に足下の影が薄いとかじゃなくって。存在感のはなしだよ。念のため」
「わかってるよ。でも、どうしてそう思うの?」
「というのも、実際におかしなことがあったんだよね。アタシ、結夏と最初に話したすぐ後に、他の子らも一緒で、合計4人で遊びに行ったんだけど……結夏が1人だけ忘れられてたっていうか」
 山本さんは教室の後ろにいる2人組の女子のほうにちらりと視線をやって小声で続けた。
「遊ぶ当日になって、ふたりとも結夏を見て、アタシに『あの子誰?』、って遠慮がちにボソッと訊いてきたの。前の日まで結夏も混ざって4人で一緒に仲良く話してたんだよ? おかしくない?」
「それはもう、影が薄いとかいう話とは違うような」
 僕が指摘すると、山本さんは教室をぐるりと見回した。
「いじめとか嫌がらせとか、そんな可能性は考えたくないし違う気がする。はっしーもそう思うでしょ」
「どうかな。僕はあまりクラスのことは分からないし」
結夏の読書傾向とかを知ったからと言って、彼女以外の、クラス全体のことが分かる訳もない。
「アタシだって後であの子らに聞いてみたよ。そしたらすごく申し訳なさそうにしてて、本当に、遊びの日に結夏と初めて話したみたいに、話が食い違ってた」
 山本さんが口を閉じたので、僕が代わりに訊く。
「それで……どうなったの? その後の、仲、とか」
「…………」
 山本さんはためらいがちに再び口を開く。
「クラスの皆と話してて、アタシが結夏のこと話題に出した時。皆の様子を注意深く見てるんだけど、明らかにそういういじめとかとは違うんだ。もっと、根っこのほうから、話が噛み合わないんだ」
「……と、言うと?」
「だって、絶対おかしいじゃん。はっしーもそう思わない?」
 ちょうど皆が喋らないのが同時に重なったタイミングなのか、教室が一瞬しんと静かになった。山本さんはその間を気にするように口をつぐんだ。
 小学生の頃、うるさい教室がふと、何のきっかけもないのに急に静まり返った時に、幽霊の通り道になったからだとか言って皆を怖がらせてる奴がいたっけ。僕は子供の頃からもう人に興味がなかったのか、言った奴の顔も名前も思い出せないけど。あるいは、そいつ自身がクラス名簿には載っていない幽霊だったんだろうか。
 そんな記憶がふと頭をよぎってから、教室は再びざわめきを取り戻した。山本さんはまたゆっくりと口を開く。
「――なんで、誰も彼も、結夏にぜんぜん興味を示さないの?」
 山本さんの言葉は、僕と彼女の間の空気だけをピタリと止めたようだった。
 そうだ。皆、びっくりするくらい水野結夏という人間に興味がない。
 それは、僕が結夏と出会ってからずっと感じていた違和感だった。
「――あの2人、結夏と遊んだこと、もう覚えてないみたいなの」
 ホームルーム前の教室は相変わらず、ここにはいない結夏を置き去りにしてざわざわと賑わっていた。