やがて電車が僕たちの最寄り駅に到着した。

 小さな無人駅の改札を抜けると、一面に広がるのは、どこまでも続く水田。少し先には、ぽつぽつと民家が建っていて、その中に僕の家もある。
 遠くに赤い鳥居と、散りかけた桜並木が見えた。あれは、この何もない地域で、数少ない“特徴”と呼べる場所――古びた神社と、その正面にある池だ。

「いっなかー!」

「まったくだよ」

 水田の間を伸びるアスファルトの道を、二人で歩く。結夏はふと僕に尋ねた。

「ねえ、私の質問のこと、覚えてる?」

「ああ、そういえば今日はその話で本屋に行ったんだったね」

 “読んだ小説を、人生に生かせるか”。――彼女が僕に投げかけた、あの問い。

 足元を見つめながら、結夏がぽつりとつぶやく。

「……私、このままずっと小説を読んでていいのかなって思う時があるんだ。ただ楽しいだけで十分なはずなのに、本だけは、ときどき“それだけでいいの?”って気持ちになる。
 じゃあ、何かを得られるとしたら――私は、その本から何かを、自分の中に生かせているのかな。最近そんなことを考えちゃって、自信がなくなってた」

 彼女はうつむきかけた顔をあげて、ふわっと笑った。

「でも、今日はありがとう。話せて、少しだけすっきりした」

「……いや、僕は本を一冊選んだだけだよ。『せつなさのシーグラス』がたまたま目に入って、君ならどう読むんだろうって思っただけだったし……それが、少しでも役に立てたなら、よかったけど」

「うん、じゅうぶん。すごく嬉しかったよ」

 彼女はにこっと笑ったけど、その意図はよくわからなかった。

「そういえばさ……さっきも思ったんだけど、私の小説の読み方って、ちょっと変かな?」

「うん、まぁ。正直言って、かなり変わってると思うよ」

 僕は素直にうなずいた。
 娯楽のための小説を、まるで国語の問題でも解くみたいに、細かく読み込んでいく。そんな彼女の姿勢は、少し息が詰まりそうにも思える。

 けれど、彼女は僕の内心を見透かしたように、言葉を続けた。

「私ね、小説を読むと、いつもたくさんの発見があって、それを見過ごすのがもったいなくて。でもたぶんそれは、“その物語を自分のものにしたい”って思ってるからなんだと思う」

 そう言って、結夏は肩にかけた通学かばんを、軽くぽんぽんと叩いた。

「今日の本だってそう。橋場くんが選んでくれたからって理由だけじゃなくて、自分のものにしたいと思ってる。本を読むって、私にとってそういうことなんだ」

 結夏の瞳が、どこかうるんでいるように見えた。寝不足か、それとも本の読みすぎのせいかもしれない。
 けれど、その視線はどこか遠くを見つめているようで、でも確かに僕の方へ向けられていた。

「――ねぇ、橋場くんは。どうして、本を読むの?」