式場から車を借りて和香子が運転席に座ると、助手席には孝明が乗った。二人も後部座席に乗り込み、孝明の案内で山小屋を目指す。
「大学の頃、相模先輩がいたサークルとは別のサークルと掛け持ちしていたんだ。その時はコテージを借りていたけど、山小屋はさらに奥にある。まだ道が舗装されていないけど、近くまで車で入れるはずだ」
「ボードゲームのサークルでやってたあのコテージか……なら、こっちの道のほうが早いわね」
和香子はそれを聞いて、カーナビに表示された道順ではなく、整備が整っていない山越えの道を選んだ。「十二月でもまだ雪が降ってなくてよかったわ」と、容赦なくアクセルを踏んでいく和香子に対し、孝明は隣で運転の粗さは大学の頃と変わっていないと呆れた。
一方、後部座席に座る穂香はハラハラした様子で両手を握りしめていた。
半年間も失踪した姉が生きているかもしれないと思うと、冷静でいられるはずがない。
しかし、これもまた憶測にすぎない。
もし小屋にいなかったら?――いや、それよりも小屋で見つかったとき、彼女が無事なのかもわからない。ただでさえ暖房のない山小屋で、今は十二月。無事で済むはずがない。目的地に近付くにつれ、不安はどんどん募っていく。
「藤宮、手」
敷島の声にハッとして目を向ける。握ったときに力んでようで、手の甲に爪痕が食い込むように残っている。敷島がそっと手を重ねた。一回りも大きな彼の手は、あっという間に穂香の手を包んでしまう。
「小屋に着いてもお前は車の中で待ってろ。記憶を思い出したばかりだし、また倒れたりしたら……」
「ありがとう、でも大丈夫。……信じるって決めたから」
過去の記憶にも、最悪な結果でも目を背けない。――穂香が握り返すと、敷島は小さく頷いた。
山道を越え、整備された道に出る。孝明の話によると、事件から五年後に車道の整備が入ったという。窓の外には葉の落ちた木々が生い茂り、前のめりに枝垂れるその姿は、山へ入ってくる人間を誘い込んでいるようだ。
「……真っ暗で、怖かっただろうな」
穂香の頭には、一緒に誘拐されたもうひとりの子どものことだった。
同じ年で、髪が長くて女の子らしい外見をしていたような気がする。穂香が発熱した夜、助けを求めるためにひとりで誘拐犯たちの目を盗み、倉庫から脱走した。真っ暗な暗闇に包まれて、冷たい風が吹く山を下るにはかなりの覚悟が必要だったはずだ。意識が薄れていたとはいえ、穂香はなんて無茶なことをさせてしまったのだろうと後悔する。
「怖かったと思う。真っ暗で寒くて、どこを走っているかもわからなかったんじゃねぇかな」
答えるかのように、敷島は窓の外を見ながら呟く。
「でも半分に欠けた月がずっと、頭の上にあった。枯れた幹が伸びた木々をすり抜けて地上に届かないくらい弱い光だったけど、山を下りるまでずっと見守っていてくれた」
「……敷島くん、それって――」
「……って、前に迷子になったガキが言ってた。大方、頭の中は恐怖でいっぱいで走り回っていたんだろ」
言いかけた言葉に覆い被せるように、敷島は鼻で嗤った。答える気はないらしい。