――そして、計画が実行された。
 十二月の夕方、和香子はフジミヤの家へ、孝明は後任の男性の家に向かい、相模が事前に調べ上げた家族の一番下の子どもたちを誘拐し、車に乗り込んだ。
 山奥には相模が所有している山小屋があり、その倉庫へ連れて行く。目隠しと拘束を外した子どもたちは泣き叫ぶ余裕すらなく、ただ体を震わせ寄り添っていた。その日の雨が降る夜に、様子を見に来た和香子を見て少女が泣き出した。
 今思えば、小屋に入れられて初めて声を聞いたかもしれない。真っ黒な服装と明かりの少ない部屋のせいで、お化けにでも見えたのだろう。泣きわめく少女をあやす間、和香子は心が痛んだ。
 一方、相模は二家族と元同僚に連絡を入れた。
『お子さんはこちらでお預かりしています。返してほしければ、今●●社と進めている商品開発を断ってください。そして身代金ですが――』
『あなたの上司の■■さんに身代金を全額出させてください。そして謝罪してください。ある男性社員から資料を奪い、不当解雇に追いやったその謝罪を』
『こちらには証拠がすべてそろっています。でも意地汚いあなたのことだ。認めるわけがない。忘れたなら思い出してください。あなたの汚い手で掴んだ金を、人のために使ってください』
 家族は必死に子どもの声を聞かせてほしいと訴える。泣き叫ぶ声を電話越しで聞いても、相模は一切取り合わなかった。
 そして誘拐から三日目の夜。食事を持って倉庫にやってきた孝明が、少女が発熱していることに気付いた。気が動転した孝明は交渉中だと忘れたまま、相模のいる山小屋に駆け込んだ。
『大変だ! 子どもが熱を出してる!』
『バカ! 交渉中に出てくんじゃねえよコーメイ‼』
 慌てた相模は急いで電話を切り、物置小屋に駆け込む。そこには発熱で朦朧としている少女だけがぐったりと横になっていた。もうひとりの子どもはいない。孝明が離れたときにドアが開けっぱなしになっていたのをいいことに脱走したらしい。
 いくら山奥だからとはいえ、山の麓に住む住宅が数軒ある。もし脱走した子どもが住宅に逃げ込んで助けを求められたりでもしたら、計画がおじゃんになってしまう。
 これは不味いと思った相模は、和香子と孝明に痕跡を消して逃げるように指示を出した。三人は急いで山を下り、しばらく県外に出て息をひそめることにした。
 しかし、和香子と孝明には仕事と大学があるため、長期で休んでしまうと目を付けられてしまうため、最後まで頑なに一緒に居ると言い張ったが、最終的には普段の生活へ戻っていった。
 その間の相模はネットニュースで、山小屋から子どもが無事保護されたことを知る。
 自分で計画したくせに、なぜか罪悪感に襲われた。
『相模透一さん。児童誘拐、監禁と恐喝の疑いで逮捕します』
 警察がやってきたのはその二ヵ月後だった。なんでも山小屋を徹底的に調べたところ、最近吸われたたばこが見つかった。検査の結果、相模のDNAと一致したことから逮捕に至ったという。
『そうだよ、全部俺がやったんだ。コーヘイ? なんじゃそりゃ。ノイズが交じって聞き間違えたんじゃねーの?』
『こんなふざけた人間が、事件を起こしたっていう事実を世間に知ってほしかったんだ。高く評価してくれるといいなぁ』
 逮捕されてからの相模はずっと、壊れたように嗤っていた。

 相模が留置所で亡くなったのは、それから五年後のことだった。
 余命宣告された五年から二年も長く生きた男は、世間の目から遠く離れた場所で、静かに人生の幕を下ろした。