核心をついたつもりだった。

 ついに言ってやった!!って感じだった。


 怯えるような目をしていた水谷くんの目がわずかに見開かれ、それからゆるゆると気が抜けたように緩む。


 その顔は呆れの色を含んでいて、予想外の反応に少しだけ困惑してしまった。


 先程まで満ち溢れていた自信がしゅるしゅると萎んでいく。



「違うよ」



……違ったらしい。


 とんでもない早とちりだった。


 やはりこんな身近に作者がいるわけない。夢とアニメの見過ぎだ。


 二次元とリアルを切り離せなくなったら、もう救いようがない。

 それはなんとしてでも阻止しなければ。



「だよね……変なこときいてごめん」



 ふわふわしていたところから、現実に引き戻されてしまった。


 わりといい線までいっていたはずなのに、ただの勘違いで終わってしまった。


 まあよくよく考えてみれば、本を読むのも書くのもしなさそうだし。


 彼は完全に理系だ。なんとなく。



「水谷くんは、何の話だったの? ごめんね、遮っちゃって」

「あ、いや……俺の勘違いだったらしい」

「え、どういうこと?」

「朝乃じゃ、なかった……」


 なにやらブツブツ呟きながら、安堵とも落胆ともとれない複雑な表情を浮かべている水谷くん。



「じゃあ、部活頑張ってね」



 目の前で気まずそうに視線を彷徨わせる水谷くんにエールを送り、くるりと身を翻す。


 ずしりと重い荷物を背負って、教室から出ようとした時だった。




「────好きだよ」



 まっすぐ背中にかかった声に、ピタリと足が止まる。


 くるりと振り返った先、真っ赤な顔で私を見つめる水谷くんがいた。


「え?」


 窓から入ってくるあたたかい風が、優しく髪を揺らす。


 ふわ、と静かな音を立てて踊る髪を梳く。


 これはもしや、これまで幾度となく見てきた……いや読んできた、『告白』というやつではないか。


 放課後の教室に二人きり、窓からの風に揺れる髪、少しだけミステリアスな男の子。


 うん。要素は十分にある。


 ただ、大事な主人公というのが私というのは読者に申し訳ないけれど。



 でもまあ、私もぶっちゃけ自分は可愛い類の顔だと思うし、水谷くんに想いを寄せられるというのも納得できるわけで。


 あまりに突然だったから、まったく準備はできていなかったけれど。


 えっと、こういうときはどう言うんだっけ。


「少し、考えるじか────」

「名高先生の作品、俺も好き」

「……は?」



 その言葉の意味を理解した瞬間、私は二つの感情に襲われた。


 同士を見つけた喜びと、『告白』ではなかった落胆。


 これを同時に味わう私って、いったいなんなんだ。



 でも私にとっては、圧倒的に前者が勝った。



「まっ……ままままじで? ほんとのほんとに、名高先生!?」

「『狸顔の俺が、世界を救う理由』でデビューが決まって、今ちょうど新連載始まってる」



 言葉には表せないような「うへっ」「おほっ」みたいな、なんとも変な声が出た。


 同担を見つけたときのオタクはこんなものだろう。


 同担拒否ではなく、しかもわりとマイナーなもの(ケータイ小説界隈で先生は全然マイナーではない、むしろ超人気有名作家だけど!!)を知っている人がいたときの感動は、簡単には形容できない。



「いつからっ、いつから推してるの……!?」

「お嬢様作品あたりかな。それからずっと追ってる」

「せ、先輩じゃないですかぁ……!!」



 私よりもはるかに古参な彼は、少しだけ誇らしげに鼻を鳴らす。



「もしかして、先生が限定公開してくださった『桃色の絆。 -恋物語編-』とか読んだことない感じ?」

「ないない、なにそれ恋物語編なんてあるんですか…!?」

「今は非公開だけどね」

「え、どうして水谷くん知ってるの?」

「そこ聞く? 聞いちゃう?」


 にやっと笑った水谷くんは、「実は」と天を見ながらため息を吐いた。


「ファンになりたてのころに、どうしても読みたいですってお願いしたんだよ。そしたらなんと、年末までの特別公開をしてもらった」

「……え? はっ、ちょ」

「感想ノートではあまり騒げなくて黙ってたけどさ、どー考えても俺のためだと思うんだよあれ。確定ファンサもらってると思うんだよ」

「え、それさ……完全認知って、やつじゃないの?」

「そうなんだよね、実は。いやあ、実はね」


 なんだよそれ!
 ずるいじゃないか!!


 という心の叫びはなんとか堪えて、「どんなストーリーでしたか……?」と問いかけてみる。



「言っちゃっていいの? 先生の美しい描写あってのものだと思うんだけど。俺の言葉じゃ、あの良さは全て伝えきれないけど、それでもいーの?」

「だめっ! だけど知りたいよぉぉ」



 名高先生の言葉は本当に繊細で、心に溶けゆき、じんわり染み込んでいくような、そんな美しいものだ。


 素晴らしいストーリー性と表現力が合わさるからこそ、胸をうつ作品が生まれるのだ。



 それは分かっているけど、知りたい。


 だけどいちばんはこの目で実際に読みたいのだ。