さっきまでずっと怖いと思っていた晴樹君の瞳。
その瞳が、今は少しだけ優しく見える。
この人なら、きっと大丈夫。
話しても、大丈夫だ。
安心の保証はないけど、なんとなく安心感を感じる瞳。
その真っ黒な瞳を見つめて、私は口を開く。
「面白いというより、尊敬......に近いのかもしれないです。
文体も、タイトルも、内容も、語彙力も、構成も。全部が私にとって新しくて。
そんな風に小説を書けるのって、本当にすごいと思うんです。
発想も、全部が私にはないから。
とにかく、『少年の終末。』はすごいんです。上手に言えないけど。」
上手に伝えられないけど。
伝わるかはわからないけど。
私は、私の言葉で。
晴樹君の瞳が見開かれる。
一瞬の優しい瞳。
少し緩む口元。
優しく、笑っている。
「ありがと」
さっきとは別人のような柔らかい表情の晴樹君。
口からこぼれたのは感謝の言葉。
感謝されるようなことは全くしていない。
いつもだったら全然、なんて言っていただろう。
その言葉は私の口からは出なかった。
多分、口に出すのは間違いだから。
あまりにも、晴樹君の顔が優しいから。
「この小説が、そんな風に思われていたんだって知って、嬉しくなった。」
さっきまで捨てようとしていら小説を優しくなでる晴樹君の指先。
宝物を撫でるように優しく、いとおしそうな指先。
穏やかな、晴樹君の顔を包み込むような優しい影。
美しい横顔。
絵になるほど、本当に美しい。
『少年の終末。』の“少年”はこんな表情だったのだろうか。
美しいの一言に尽きる。
「僕はさ、この小説を僕がここにいた証拠にしようと思って書いた。
自己満足の塊なんだ。
だけど、好きって言ってもらえて本当に嬉しい。ありがとう」
「え、っと晴樹君が、この本を......?」
あっ、というように瞳を見開いて少し笑う。
深海のような青色の本を顔の高さにあげて。
くすっと笑う彼はさっきとは別人のようだった。
「僕が、水無月です」