駅から徒歩15分ほどの場所に、目当ての書店はある。
適当にぶらぶらと歩いて少し遠回りなんかもしながら書店へ足を踏み入れると、心地よいクーラーの風が私を撫でた。
レジの目の前、カラフルなポップに囲まれた新刊の数々。
その中にたった一つだけ。
私の目を奪う深海の表紙。
『少年の終末。』
積みあがった深海だけを見つめて、私の足はゆっくりと動く。
積みあがった深海以外は何も見えていない、はずだった。
一つ、光を放っていたそれに伸ばされた手。
真っ白で細長い指がその深海を手に取った、迷うことなく。
あらすじも、最初の文も、ポップにも目を向けず、レジへ歩いていく背中。
その背中は、私の記憶に深く、深く焼き付いた。
直感だった、その背中には大きな孤独が隠されている。
深海の本が放つあの孤独と一緒。
彼を、知りたい。
面識なんてないけれど、その背中を、孤独を持つ彼のことを知りたかった。
ただそれだけ。
同じ本について、話してみたい。
この本について、彼が感じたことを、思ったことを、知りたい。
彼の言葉を、小説にしたい。
我ながら、おかしな考えが浮かんだなと脳の冷静な部分で考える。
それでも、止められなかった。
私の衝動は、きっとだれにも止められない。
速足で深海に近づいて。
深海をすくってレジへ向かう。
書店の店員によって、深海のそれは紙のカバーで覆われた。
青いビニール袋がかさかさと音を立て、紙のカバーがかかった深海を飲み込む。
少しだけお辞儀をしてレジを離れ、孤独の背中を持つ彼を追いかけた。