やっと涙が枯れたころに一つのことを思いつく。
手紙を書こう。
届くわけなんてないけれど。
ここにいない晴樹君に、晴樹君のためだけに手紙を書こう。
時間を忘れて、拝啓から始まる手紙を書き続けて。
何通にもなって。
でも、届くわけなんてなくて。
返事の来ない手紙には拝啓ではなく再啓を書くといっていたような気がする。
だけど、再啓を書いてしまったら本当に、本当に晴樹君が死んだことを認めているみたいで。
どうしても、再啓だけは書けなかった。
必要最低限の生活を送るために少しだけリビングに行くと、いつもと変わらない母の姿。
それが辛かった。
晴樹君が死んでも、いつもの日常は変わらなくて。
周りはいつも通りの今日を送っていて。
変わらずに毎日が進んでいって。
それが怖くて、毎日、毎日。
何日も、何日も。
何通も何通も手紙を書いた。
拝啓から始まる、届くことのない手紙の数々。
ピンポン、とチャイムが鳴る。
今は母が家にいないから私が出るしかない。
重い腰を上げて、玄関の扉を開けて荷物を受け取る。
本当に珍しい、驚くほど珍しい。
その荷物は私あてだった。
晴樹君のお母さんから。
中に入っていたのは、真っ白な封筒と二つの小説。
『少年の終末。』と『醜い透明な藍に溺れる』の二つ。
『少年の終末。』の表紙には多分世界に一つしかないであろう、水無月のサインが入っている。
サインといっても、黒いマジックペンで達筆に水無月、と書いてあるものだけれど。
荷物の上に載っていた小さなピンク色のメモは晴樹君のお母さんから。
『葬式の日に渡しそびれてしまってごめんね。棗から渡してくれと頼まれていたものです。何度伝えても足りないくらい、ありがとう。 晴樹 由香利』
やっぱり親子だ、字が似ている。
三つの中でもひときわ存在感を放つ白い封筒を手に取り、中の便せんを取り出す。