あの日から後の記憶は、まったくと言っていいほどない。
何も考えずにベットで天井を見上げる日々。
配信授業がただただたまっていくだけの。
後味が悪い、そんな別れ方。
何日たったかは覚えていない。
時計も、スマホも。
何も見ていないから。
視界は薄暗い部屋の天井の白。
ずっと、晴樹君に連絡しようと思っているのに。
なかなかできない、体がいうことを聞いてくれない。
心と体が、別々の場所にあるみたいだ。
つながらずに抜け落ちた心と、空っぽにかなった体。
何の意味もない時間がまたすぎて。
行動のできない今日がまたつぶれていく。
指一本動かすだけでも、脳の消費が激しい。
何のやる気も起きない、何も、できない。
何日続いていて、これから何日続くかもわからない今日をまた一つ潰して。
自分を嫌いになって。
大好きな小説を読むことも、書くこともできなくなった。
そんな今日を抜け出したのは、一つの絶望の通知だった。
ブーブーとスマホが震える。
あの日と同じく、晴樹 棗の文字。
トーク画面をタップして、新しいメッセージを表示させる。
衝撃と絶望とそのほかの知らない感情が、あふれてこぼれだす。
『紡さん
初めまして、棗の母です。突然のご連絡をお許しください。
本日午前3時32分、棗は空へ還りました。
葬式日程 ――――――
――――
――――
入院中、棗から何度も紡さんの話を聞いていました。
最期に息子と友達になってくれて本当にありがとう。
息子から紡さんへ渡すものを預かっております。
ご都合の良い日がありましたら、受け取りに来てくださると嬉しいです。
本当に、ありがとう。』
一回目、理解できなくて、
二回目、事実を知って、
三回目、ぼろぼろと涙をこぼす。
晴樹君が、晴樹 棗が、水無月が。
死んだ。
この世にいなくなった。
その事実を理解した瞬間、晴樹君の声が脳内で再生される。
『僕は僕のために書いてる。僕を満たすために、僕が生きたことを証明するために。』
ああ、そういうことか。
晴樹君は知っていたんだ。
自分が死ぬことも、全部。
だから小説を書いた。
自分のために、自分を満たすために、生きたことを、証明するために。